初恋Chasing

亜双にゃん

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心から愛を込めて

第1話

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 日の落ちた暗いマンション。窓が多く日中は照明なしでも生活できる程明るい部屋は、日が暮れれば流石に暗い。共働きで頑張ってローンの繰り越し返済で晴れて我が家となったこの部屋は、今日から俺だけの住まいとなった。

 リビングにあるソファに背を預け、何枚もある重要書類と呼ばれるそれから視線を外す事も出来ず、俺は後悔と自責の念でずっと動けずにいた。

 何がいけなかったのか、どうしてこうなってしまったのか。

 上手くいっていると思っていたのは自分だけだったのだろうか。

 妻から離婚を切り出されてから何度も繰り返した思考から抜け出せない。

きっかけとなる出来事も特になかった。

いや、彼女にはあったのだ。


『あのね。私のことを1番に愛してくれる人が出来たの。』


 夕飯で向かい合わせに食事をしながらぽつりと呟く様な小さな声で言った妻の言葉。

 一瞬、何を言われているのか分からなくて、それなのに心臓を突かれたような衝撃が走った。

 何を言ってるのかと笑い飛ばそうとしたのに、硬直した顔は頬をピクリとさせただけで。言い訳をしようと咀嚼していたご飯を何とか飲み込み口を開いても、静かな妻の眼差しに喉が急速に渇き、言葉が出て来ない。

『私はあなたの1番じゃないでしょ?それでも結婚して、こうして生活出来ているなら、そのままでいいかとも思っていたんだけど、私もあなたが1番じゃなくなったの。子供が出来ていればまた変わったのかもしれないけど…。』

 目線を下げて淡々と語る妻の言葉は頭を流れていき、1番ではないという言葉に胸が締め付けられた。

 違う。1番は君だ。

 そう言えれば何か変わっただろうか。

『…君のことは、大事な家族だし、大切に、して来たと…。仕事が忙しくて、夜の時間も、まともにないのは、申し訳ないが…』

 うるさい心臓の音を抑え込みながら、誠実に対応してきた筈だと、何とか取り繕う。

『家族として、あなたはいい人だったけど、夫婦としてはどうなんだろうね。私の事を愛してると言っても、それは家族としてであって、どうしようもなく好きだからとか、心から愛してるとか、そういうのじゃないでしょ?』

 どうして分かるんだ、何故そう言い切れるんだ。詰まりながら言葉にすれば、10年も家族してたら分かるわよ。と寂しげに笑う妻を見て、彼女を1番好きな人へと向かう気持ちのストッパーとして利用していたことに気が付いた。

 10年。彼女は待ってくれたのだ。
 俺の中で彼女が1番になる事を。

 それなのに、俺の気持ちは彼女を求める事が出来なかった。

 欲しがっていた子供を作る事もしてやれず、10年もの 年月を自分に縛り付けてしまった。

 諦めようと決めた恋。

 忘れようと決めた恋。


 結婚して彼女と一緒にいれば風化していくだろうと思っていたのに、狂おしい程に燻り続け、未だに切なく疼く。

 その恋。

 初恋を拗らせて、女性の人生で一番いい時期を自分に縛り付けた自分勝手な行動を振り返り、申し訳無さと、自分の傲慢さに自己嫌悪に陥る。

『高齢出産って言われる年になっちゃったし、どうせ産むなら私を本当に愛してくれる人との子供がいいなって。ごめんね。』

 子供を欲しがっていたのは知っていた。結婚した当初はまだ新婚気分で居たいからと、避妊をしていたし、ここ数年では仕事の時間ですれ違いが多くなり、それを理由に避けてもいた。

 淡々と続く生活に、このまま平穏に過ごせればいいという思いと、時折胸を突く焦がれる想いに、心と身体がどうしようもなく悲鳴を上げる事もあった。

 ローテーブルに重ねられた、登記簿や謄本、彼女の種々の変更届を受け付けたという書類を重たく感じる腕を持ち上げて揃える。

 結婚より離婚の方が大変だとは聞いてはいたが、精神的に擦り切れている現状では確かに大変だったとしか言いようがない。

 訴訟もなく円満ですねと担当してくれた司法書士に言われるほど、穏やかに済んだ財産分与も終わり、離婚届も提出した。

『1番の人と幸せになれたらいいね。』

 眉毛を下げた笑顔で元妻となった彼女に、俺も眉毛を下げて笑うしかなかった。


 1番の人は諦めたんだ。

 叶わない恋だから。

 高校の時の先生だから。


 ーーーーー俺と同じ、男だから。



 それなのに、好きという気持ちが消えないんだ。

 会いたくて、一目でもいいから見たくて、仕方がないんだ。

 これ以上彼女を傷つけない様に、言えなかった言葉や気持ちが溢れてくる。

 妻帯者という枷が外れたこの気持ちを俺はどうしたらいいのか。

 自制心の効かない狂ったような荒れる心に蓋をするように、暗闇の中、顔を手のひらで覆った。

 10年共にした妻と別れた所なのに、気持ちは先生へと向かって行く。
 

 ーーーーそんな自分が本当に最低な男だと、妻と離婚の話が出てから初めて泣きそうになった。


 こんな事になるなら、あの時諦めなければよかった。

 せめて告白でもして心に区切りが付いていれば、彼女を苦しめる事なく愛していたかもしれないのに。

 ポロポロの落ちる涙が止まらない。
 
 「会いたい……会いたいよ、先生。」


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