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黒猫ツバキと戦慄のお昼御飯

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 ここは、ボロノナーレ王国。
 魔女コンデッサ(20代)と彼女の使い魔である黒猫ツバキは、小旅行を楽しんでいた。

 街道をノンビリ歩いているコンデッサに、ツバキが語りかけてくる。

「ご主人様、ご主人様。アタシ、お腹が空いたのニャ。どこかで、美味しいランチが食べたいニャン!」

 久々の遠出に、ツバキは少々興奮気味だ。

「ハッハッハ。ツバキの腹時計は正確だな。丁度、お昼時だ」
「あそこに、食堂が2軒あるにゃ」

 街道の左沿いに外食店舗が2軒並んでいた。1軒は繁盛しているらしく豪勢な店構えで、もう1軒は見るからに寂れている。コンデッサは当然ながら、活気のある店のほうへ入ろうとした。
 ところが、ツバキがそれに待ったを掛ける。

「ご主人様。こっちのお店に入るニャン」
「どうしてだ? ツバキ。こちらの店舗は、明らかに客が入ってない雰囲気だ。多分、料理の味も期待できないぞ」
「好調なお店はもうかってるから、アタシたちが入らなくても大丈夫にゃ。でも、このビンボーなお店は、アタシらが入ってあげなきゃ今日の売上げが半減してしまいそうな感じなのニャン。なんか、入ってあげたい気分なのニャ」
「お前、時々訳の分からん義務感に駆られるよな。まぁ、良いけど」

 コンデッサとツバキは、ボロい食堂の戸を開けた。看板はすすけていて、店名は読めない。

 店の中に入ると、予想通り、客は人っ子一人居ない。
 けれど、黒髪の可愛い少女が迎えてくれた。歳は10代半ば、ウェイトレスのようである。

「いらっしゃいませ。《入ったら2度と出られない料理店》へ、ようこそ」
「……なんだ、その物騒ぶっそうな店名は?」
「『1度食べたら居ついちゃいたくなるほど、美味しい料理をお出しする店』という趣旨を表現しているんです。私が命名したんですよ」

 少女が胸を張る。何故か、自慢げだ。

「それ、やめたほうがイイにゃ。お客のメンタルが、マイナス100ポイントにゃ」
「そうですか。やっぱり《 一度ひとたび食せば、顔がモゲる料理店》のほうが良かったかな?」
「怖すぎるニャン! ホラーだニャ!」
「え~! 『ホッペタが落ちそうなくらい美味しい料理をお出しする店』という意味なのに!」

 ウェイトレスがブーブー文句を言う。不満そうだ。

 店内は閑散としているが、清潔で居心地は悪くない。厨房ちゅうぼうからは、美味しそうな匂いが漂ってくる。

「お父さんが作る料理はどれも絶品なのに、不思議とお客様が来てくれないんですよ」

 少女がションボリする。

(それは、店名が原因なんじゃ……)と考えつつ、コンデッサは別の可能性も指摘した。

「料理の価格設定が高すぎるとか?」
「そんなはずは、ありません! どのメニューも、1000ポコポ程度です」
「それなら、通常だな」

 ちなみに〝ポコポ〟は、ボロノナーレ王国の通貨単位である。

「ともかく、メニュー表を見せてくれ」
「こちらです」

 少女が差し出したメニュー表を、コンデッサとツバキは覗き込んだ。

『魔女の火炙ひあぶり  1000ポコポ
 絶命寸前の黒猫 1000ポコポ
 騎士の断末魔  1000ポコポ
 灼熱の溶岩流  1200ポコポ

 皿上さらじょうの海の惨劇 2500ポコポ

 我が身を焦がす炎(by魚) 800ポコポ
 我が身を焦がす炎(by肉) 800ポコポ

 親と子を同時に食すなんて残酷すぎて言葉になりません 600ポコポ

 着飾った衣装にだまされた 1400ポコポ

 カガワケンミンの主食 600ポコポ
 叩かれてノばされてコマギレにされる悲劇 600ポコポ

 破滅へ向けて時計の針は止まりません 300ポコポ(夏限定)
 熾烈しれつなる主役争い 100ポコポ(一品ごと・冬限定)』

「…………なんだこれ」
「…………ニャんだこれ」

「スマン。ちょっと質問したいんだが、《魔女の火炙り》ってのは……」
「鶏肉を、こんがり時間を掛けて焼くんです。その様相ようそうが、まるで魔女様を火と煙でいぶしているようで……」
「それ、ただの《照り焼きチキン》で良くない?」

「こ、こっちにょ《絶命寸前の黒猫》というのは、なんなのニャン?」
「肉じゃがなんですけど、玉葱たまねぎが入ってるので、猫さんに注意を促そうと思って」
「《肉じゃが》って書いてくれれば、それで良いのニャ!」

「……《騎士の断末魔》とは?」
「ハンバーグを作るとき肉をミンチにしてこねくり回すのって、騎士様の肉体をいたぶってるみたいで興奮しますよね!」
「なんで、素直に《ハンバーグ定食》と表記しないのかな!?」

 少女の説明によると、《灼熱の溶岩流》は《麻婆豆腐マーボードウフ》、《皿上の海の惨劇》は《刺身定食》のことらしい。

「海で自由に泳いでいたお魚さんたちの生身を切り刻んで、お皿に盛りつける。その惨状に涙が止まりません」
「ワサビが効き過ぎているだけニャン」

 メニュー表を作成したのは、この自称《看板娘》だったのだ。
 看板娘が、店の看板に泥を塗っている。

「少女よ。君の言語感覚は理解した。つまり続いて記名されている料理は、《焼き魚定食》《焼き肉定食》《親子丼》となる訳だ」

 親子丼の名称が酷すぎる。

「その通りです、お客様。それから《天ぷら定食》《うどん》《そば》《かき氷》《おでん》となります」
「確かに、天ぷらはころもの厚さに毎度毎度騙されるニャン。『おっきい天ぷらニャ!』と思ったら、中身はポッチリなんてこと、良くあるのニャ」

「手打ち蕎麦そばの作業手順は、叩いてノばして細切れにするので間違いは無いが……カガワケンミンというのは?」
「ボロノナーレ王国から遠く離れたシコク国に住む少数民族です。うどんを主食にしている、珍しい民族なんですよ」
「破滅へ進む時計にょ針……かき氷は、早く食べにゃきゃ溶けちゃうのニャ。ゆっくり食べていると、ビチョビチョの滅亡状態になってしまうニャン。目の付けどころが良いネーミングにゃ」

「う~ん。だが、おでんの名付け方がオカしい。おでんの主役は、卵に決まっている」
「アタシは、大根だと思うのにゃ」
「私は、がんもどきを推したいのですが」
 少女が主張する。

 やはり、おでんの主役争いは熾烈しれつなようである。

「取りあえず、注文してみよう。私は《灼熱の溶岩流》を」
「アタシは《海の惨劇》にゃん」
「おい、ツバキ。なに、しれっと刺身をオーダーしてんだよ。《我が身を焦がす炎(by魚)》で充分だろ」
「イヤだニャン。アタシは、《海の惨劇》を体験したいのニャ」
「この駄猫。《地上の惨劇》を体験させてやろうか」

 料理は、とても美味しかった。コンデッサは、厨房から顔をのぞかせた料理人に話しかける。

「親父さん。店が流行らない原因、アンタはとっくに分かってるはずだ」
「……娘が、俺の料理にオリジナルネームを付けてくれる。父として、これほどの喜びがあろうか」
「この親子、ダメだニャン」

 コンデッサは娘に「親父さんの料理を、もっと沢山の人たちに食べて欲しいと思わないか?」と言い含めて、メニュー表を無難な内容に書き改めさせた。そして支払いを割引してもらう代わりに、《新装開店魔法》を掛けてやる。
 親子の店は、ピカピカの新店に生まれ変わった。

「10日くらい、半額でメニューを提供するんだね。親父さんの料理はうまいんだから、すぐに常連が出来るよ」

 コンデッサとツバキは、親子に見送られながら店を後にした。



 後日、コンデッサのもとへ娘より礼状が届く。

『ありがとうございました。魔女様のアドバイスのおかげで、店は大盛況です。感謝のしるしとして、店名を《魔女コンデッサの「食べちゃイヤン♡」》に改めさせて頂きました』

 メンタルに大ダメージを受けたコンデッサは3日間寝込んでしまい、ツバキは看病に大わらわとなった。
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