黒猫ツバキと魔女コンデッサ(本編完結済み)

東郷しのぶ

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黒猫ツバキとホレ薬パニック

チリーナ、ホレ薬の真実を知る

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 1日経って。
 チリーナは、海岸に打ちあげられたお魚さんのようになっていた。ピクピクしつつ、悶絶もんぜつしている。

 にもかかわらず、更なる魔法特訓をチリーナへ課そうとしていたコンデッサだが……。どことなくボンヤリしていた魔女の眼差しに、不意に光が宿る。

「どうしたんだ? チリーナ。ボロボロのクタクタじゃないか」
「お姉様のせいですわ! 私は『イヤだ』って言ったのに。『ゴメンナサイ』って謝ったのに。『許してください』って泣いたのに、無理矢理……」
「え!? 私は、お前に何をしたんだ?」
「無理矢理、魔法の特訓を……」
「なんだ。ただの特訓か」
「〝ただの特訓〟ではありませんわ! 苛烈かれつ酷烈こくれつ峻烈しゅんれつなマジック・トレーニングをぶっ続けで20時間以上も強制するなんて、むごすぎます!」

 コンデッサへ涙ながらに訴える、チリーナ。意外に元気だ。

「いやぁ、悪かった。何故か『チリーナを鍛え上げて、一人前の魔女にしてやらなくては!』という謎の使命感が胸中にコンコンと湧き上がってしまってな。〝想い〟は加速するばかりで……我ながら、不思議だ」
「オカしいですわ……。お姉様にはホレ薬を飲んで頂いたのに、どうしてこのような事態に……?」

 しきりに首を傾げるチリーナに、ツバキがささやく。

「チリーニャさん。きっと、ホレ薬の作り方を間違えたのニャ」
「そんなはず、ありません! ちゃんと『乙女ゲーム攻略・オマケ本』に記されているとおりに作りました!」
「それじゃ、何でご主人様は1日中チリーニャさんをシゴきまくっていたニョ?」
「謎ですわ。お姉様は、確かにホレ薬が入った紅茶をお飲みになったのに……」
「ふ~ん、ホレ薬ねぇ……。チリーナ、ツバキ。お前ら、楽しそうな話をしているな」
「お、お姉様!?」
「ご主人様!?」

 コンデッサはチリーナとツバキに拳骨げんこつをくらわせ、どちらも正座させた。

「……つまり、チリーナは私にホレ薬を飲ませ、ツバキもそれに協力したと」
「ご主人様、それは違うのニャ! これはチリーニャさんの単独犯行にゃ! アタシは、巻き添えにされただけなのニャン。アタシは、被害猫ひがいねこにゃ!」
「な! この期に及んで、おのれ1匹だけ逃れようとは卑怯ですわよ、ツバキさん。カツオブシとチーズと鶏肉とマグロの贈り物に目がくらんだアンタも、同罪ですわ! いいえ。考えようによれば、使い魔のくせに主人を売ったアンタのほうが、罪は重いかも」
「共犯より主犯のほうが厳罰に処されるのは、世の常ニャ! チリーニャさんは大人しく逮捕されて、ご主人様の裁きを受けるのが良いニャン。アタシは傍聴猫ぼうちょうねことして、裁判の行方を見守るニャ」
「そこは、せめて弁護猫べんごねこになりなさい――! この犯罪猫はんざいねこ!」
「アタシは犯罪猫じゃ無いニャン。アタシはクロじゃ無くて、シロにゃ!」
「アンタは、黒猫でしょ!!!」

 罪をなすりつけ合う令嬢と猫。見苦しすぎる。

「お前たち、ちょっと黙れ。ともかく、チリーナ。その古代のオーパーツである貴重本とやらを、私に見せてみろ」
「……これです」

 チリーナはホレ薬に関連する品々を、手提てさげ袋に入れて持ってきていた。躊躇ためらいつつも『乙女ゲーム攻略・オマケ本』の原物げんぶつと、その翻訳を記した紙をコンデッサへ差し出す。

 コンデッサは、元の内容とチリーナが訳した文章を見比べた。

「チリーナ……翻訳が、間違っているぞ」
「え!」「にゃ!?」
「お前、ここの文を『この薬を飲ませると、愛の未知ミチなるパワーが100倍になります』と訳しているよな?」
「違うのですか?」
「正確には、『この薬を飲ませると、愛のムチなるパワーが100倍になります』と書かれている」
「愛の鞭……」

 唖然あぜんとし、口をポカンと開けてしまうチリーナ。

「なるほど……それで、薬を飲んだ結果、私はお前を無性むしょうに鍛え上げたくなってしまったんだな」
「ご主人様の、チリーニャさんへ振るう愛の鞭の威力が、100倍になっちゃったのニャ」

 コンデッサとツバキが頷き合う。

「もともと、私とチリーナは師弟の間柄あいだがらだからな。前々から、『チリーナの魔女としての能力を、もっと引き上げてやりたい』と考えてはいたんだよ。そのために必要なのは、容赦ようしゃ無き特訓」
「まさに、〝愛の鞭〟ニャン。良かったのにゃ、チリーニャさん。チリーニャさんは、ご主人様に愛されていたのにゃ」

『愛されていた』とのツバキのセリフにチリーナはピクッと反応したものの、やがてヘナヘナと脱力してしまった。

「お姉様のお心には感謝しますが…………そうは言っても、〝100倍の愛の鞭〟は勘弁ですわ~。それにしても、変ですね……オマケ本には『貴方は嬉し涙・・・を流すでしょう』と書かれていたのに……」
「そこは、正しくは『貴方は苦し涙・・・を流すでしょう』だ。チリーナの《解読魔法》に関するスキルは、まだまだのようだな」
「そ……それじゃ『薬を飲んだ相手は、貴方を愛し・・たくて愛し・・たくてたまらなくなります』というところは……」
「『薬を飲んだ相手は、貴方をシゴき・・・たくてシゴき・・・たくて堪らなくなります』だ」
「そんな馬鹿な……」

 チリーナは、慌てて自分が記した翻訳文をチェックし直す。

「こ、この箇所には『愛の道へ至る、2人きりのラブラブハッピータイム』との記述がありますわ、お姉様!」
「チリーナよ、キチンと解読をやり直せ。そこに記されているのは『愛の鞭がしなる、2人きりのギリギリトレーニングタイム』との文言だ」
「でも、ここに『結婚披露宴ひろうえんSHOWショウ、間違い無し!』って」
「どれどれ……『筋肉疲労ひろう炎症えんしょう、間違い無し!』だな」
「誤読だらけニャン」

 ツバキの指摘を受け、塩を掛けられた菜っ葉のようになってしまうチリーナ。

「だいたい、チリーナ。お前が作ったのは〝ホレ薬〟なんかじゃ無いぞ」
「え!? だ、だって、お姉様、ご覧になってください! オマケ本の表紙には『愛が深まるホレ薬』とのタイトルが記されているではありませんか!」

 コンデッサが、チリーナを哀れみの目で眺める。

「『アイが深まるホレ薬』では無く、『アホが墓穴ぼけつ掘るホル薬』というタイトルだ」
「……………………」
「…………ニャ~」

 地面の上に倒れ伏す、チリーナ。高校生魔女は空虚な瞳で宙を見上げ、乾いた声で笑い出した。

「アハハ……ハハハ……ハ……」
「〝ホレ薬〟じゃ無くて〝ホル薬〟だったのニャ。チリーニャさん、『お姉様を、きっと落としてみせますわ――――!』って言ってたけど、自分で掘った穴にチリーニャさん自身が落ちちゃったのニャン」
「見事なまでの自業自得だな。うかつなチリーナには、良い薬になったことだろう」

 コンデッサがチリーナの側へ寄り、しゃがみ込む。

「まぁ、これにりたら、怪しげな薬で人をどうこうしようなんて考えないようにするんだな」
「分かりました。私、反省いたしました。これからは、心を入れ替えます」
「良い子だ」

 師の魔女は手を伸ばし、弟子の令嬢の頭を撫でてやる。
 チリーナは気持ち良さそうにまぶたを閉じた。そして目を開き、活気に満ちた声で宣言する。

「私は心を入れ替え、正面よりお姉様へアタックすることにいたします!」
「え?」「にゃ?」
「実のところ、古代のオーパーツは他にも入手しておりまして……その1つの貴重本のタイトルが『百合の哲学・ユリストテレス発言集~百合で相手を照れさせろ!~(略称・ユリテレ)』というモノなのです。早速《解読魔法》で翻訳に取り掛かりますわ。何が書いてあるのか、楽しみです!」
「チリーニャさん。全然、反省していないのニャ」



 その日の晩。伯爵家のお屋敷。
 チリーナは自室に積みあげられた、メイドたちの下着の山――〝マウンテン・ランジェリー・オブ・メイド〟をチラチラ視界へ入れつつ溜息をついた。

「うう……なんですの、この有り様……まるで、わたくしの部屋が異次元空間になったような……」

 ドアをノックする音がする。

「お嬢様。私をお呼びになられたと伺いました」
「あ、アルマ。入ってきても宜しくてよ」
「失礼いたします」

 メイド長のアルマは美しい動作で一礼し、チリーナの自室へ足を踏み入れた。

「如何なるご用件でしょうか? お嬢様」
「うん……このメイドの皆が私に渡してきた下着、全部持ち主へ返却しておいてもらえるかしら」
「…………了解しました」
「それで、申し訳無いんだけど……アルマ、貴方の下着は返せないの」
「えええ!?」
「その……個人的な用事で使っちゃったので……」
「お……お嬢様が、私の下着を個人的に使用なされた……」

 アルマは棒立ちになりながらも、全身をプルプル震わせる。器用である。

「ゴメンナサイね」
「いいえ、お嬢様! 謝られる必要など、少しもございません! むしろ、身に余る光栄です」
「そ……そうなの?」
「はい。宜しければ、他の下着も持参いたしましょうか? 当然、私のモノだけです。いえ、なんなら下着の中身も……」

 意気込む、アルマ。上半身が、主人の方向へ微妙に傾いている。
 チリーナは、ちょっと引き気味になった。

「よ……良く分からないけど、取りあえず今は充分よ。気持ちだけ、貰っておくわね」
「そうですか。残念です。しかしながら……〝今〟は充分なのですね、お嬢様?」
「え……ええ、その通りよ」
「〝今〟は充分、〝今〟は充分……うふふふ、ならば〝将来・・〟は……」

 不敵に笑う、メイド長。
 チリーナは、ビクッとしてしまった。何となく、身の危険を感じる。

「ところで、お嬢様。随分とお疲れになっているようですが……昨晩は、コンデッサ様のところにお泊まりになられたのですよね?」
「ええ。でも、コンデッサお姉様が私を眠らせてくれなくて」
「な!」
「昼も夜もお姉様に責め立てられて、私、クタクタになっちゃった」
「なな!」
「お姉様の情熱をぶつけられ、ベッドの上で汗まみれ。意識は朦朧もうろう
「ななな!」
「お姉様の愛(の鞭)によって、幾度も絶頂に挑ませられてしまいましたわ。限界ギリギリ」
「なななな!」
「『イヤだ』って言っても、『ゴメンナサイ』って謝っても、『許してください』って泣いても、お姉様はめてくれなかった……」
「ななななな!」
「お姉様の愛が、重かった」
「なななななな!」
「一歩間違えれば、肉奴隷になっていたところですわ」
「ななななななな!」

 アルマは〝な〟おんを連発する。計28回。本音では『〝な〟28にやってんの、お嬢様!?』と叫びたい模様。

「挙げ句、お姉様ったら『チリーナよ。お前の自業自得だ』なんて仰って……」
「……………………」
「あら、どうしたの? アルマ。黙り込んでしまって」
「いえ、お嬢様。私、片づけなければならない用事を思い出しまして」
「そう」
「あの女狐めぎつね……」

 うつむきつつ、小声で独白するメイド長。

「いくらお嬢様に慕われているからといって、許される振る舞いには限度というモノがあります。もはや、放ってはおけません。まずは、伯爵家のメイドを緊急集結させて……対応策を皆と良く協議しなければ。ともあれ、明日にでも〝きつね狩り〟の実行を……」
「アルマ、何をブツブツ言ってるの?」
「何でもありませんわ、お嬢様。どうぞ、ごゆっくりお眠りになられてください」
「ええ。もう寝るわ。おやすみなさい」



 翌朝。
 コンデッサの家をアルマ率いる伯爵家メイド軍団が急襲し、ドッタンバッタンの大騒動が巻き起こったことは言うまでもない。



 ちなみにチリーナはツバキへ、約束のカツオブシ・チーズ・鶏肉・マグロの刺身をキチンと贈った。偉い。

にゃんで、これっぽっちしか無いニョ!?」
「ちゃんと1年分あるでしょ?」
「これじゃ、すぐに食べ終えちゃうニャン! チリーニャさんは『1年分、上げます』って口にしたにょに!」
「アンタの1年分・・・のお小遣いで買える量を、私はプレゼントいたしましたの」
「にゅにゅにゅ……」
「これからもお姉様を愛する者同士、仲良くしましょうね、ツバキさん」
「チリーニャさんと仲良くするかどうかについては、少し考えさせてもらうニャ」

 チリーナの発言のうち『お姉様コンデッサを愛する者同士』というセリフは否定しない、ツバキであった。



※『黒猫ツバキとホレ薬パニック』のお話は、これで終わりです。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
 次回はオマケ話です。
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