3 / 5
少女の危機(イラストあり)
しおりを挟む
『……………………』
黙り込んでしまい、妙に落ち込んでいる様子のクトゥルフ。
鈴木が疑問を口する。
「でも回転寿司はコンベア上の皿を取らなくても、職人に直接注文することも出来るよな?」
『……ああ。そこの眷属になったヤツも含めて、3人の客は我が輩に寿司を握るように求めてきたぞ』
「クトゥルフに直に『寿司を握って』と頼むなんて……度胸があるのか、何も考えていなかったのか、どちらなのかしら?」
「少なくとも、田中は何も考えていなかっただろうな……」
「酷いよ、鈴木くん。確かにその通りだけど」
「けど結局、田中くん以外の2人の方は、アナタが握ったお寿司を食べなかったのよね?」
『うむ。その2人は我が輩が作ることの出来る寿司の種類を聞くと、『だったら、要らん』と言って帰ってしまった』
「え? クトゥルフ……アナタ、どんなお寿司を握れるの?」
「当然、ネタにはマグロやタイやヒラメを用いるんだよな?」
鈴木が確認の意味を込めて尋ねると、クトゥルフはいきなりキレた。
『馬鹿者、我が輩はクトゥルフだぞ! そのような残酷な真似をするわけ無かろう!』
「心優しいが俺が、わざわざタコやイカを除外して言ってやったというのに……魚介類全般、ダメなのか?」
「当たり前でしょ、鈴木くん。クトゥルフは、タコ型異星神なのよ。それに地球においても海や水と縁が深いし……クトゥルフにとってはタコやイカに限らず、魚や貝もお友達なのよ」
『小娘の言いようには引っ掛かるが……まぁ、妥当な見解ではある』
「しかし、それならクトゥルフは何をネタにして寿司を握るんだ?」
改めて訊く鈴木へ、クトゥルフは端的に返答した。
『キュウリ』
「キュウリは納得だな」と鈴木。
『ナス』
「ナスのお寿司も美味しいわよね」と美代。
『タケノコ』
「タケノコのお寿司、僕は好き」と田中。
『ゴボウ』
「ゴボウも、まぁまぁ……って野菜ばっかりだな」
「健康に良いよね」
「でも、少し味気ない気もするわ」
3人が、ガヤガヤ言い合う。
『レタス』
「は? レタス?」
「レタス巻きなら、良いと思うけど……握り寿司のネタにレタスは無いわね」
レタス寿司を否定する鈴木と美代に、田中が反論する。
「そんなこと無いよ。シャリにレタスを載せて、マヨネーズを掛けたら、美味しいよ!」
『さすが、我が輩の眷属。寿司の真髄が分かっておるようだな』
田中の応援を受けて、満足そうな雰囲気を漂わせるクトゥルフ。
それとは対照的に、鈴木と美代は嘆く。
「寿司ネタにマヨネーズをつけるのは邪道だぞ、田中」
「……ううう。田中くんは、既に身も心も邪な生物になってしまったのね。手遅れなのね」
「そんな! 鈴木くん、美代ちゃん。全国のマヨラーの皆様に謝ってよ!」
「お前、そのレタス寿司を食ったから半漁人になっちまったんだろ!?」
「これは、一種の天罰ね。田中くんはこれから〝インスマレタス・田中くん〟として生きていくしかないわ」
「うわ~ん。〝インスマス・田中〟より、酷い!」
鈴木・美代と、田中の仲に亀裂が入る。このまま彼らはケンカ別れをしてしまうのか!?
3人の対立を心地よさそうに眺めつつ、クトゥルフが自慢げに述べる。
『フッフッフ。他には寿司ネタとして、トマトもあるぞ』
「トマトは……ありか」と鈴木。
「〝ベジタリアン寿司〟って聞いたことがあるわね」と美代。
「だったら、レタスも許容してよ……」と田中。
クトゥルフは更に言いつのる。
『それから、イチゴも良いぞ!』
「イチゴ……ギリギリか」と鈴木。
「彩りはキレイよね」と美代。
「お願いだから、レタスも認めてよ。マヨネーズなしでも、けっこう美味しいよ……」と田中。
クトゥルフは、調子に乗った。
『そして、ドリアン!』
「ドリアンとか、あり得ん」と鈴木。
「クトゥルフ、最低ね」と美代。
「僕も、ドリアンは弁護できません」と田中。
3人の心は一致した。尊い、友情。
『何だと、ドリアン寿司を否定するのか!? ドリアンは〝果実の王様〟だぞ』
クトゥルフは憤慨し、抗議する。
「味はクリーミーだが、ニオイが強烈すぎる! 寿司ネタにしようとか、どう考えても正気じゃ無い!」と鈴木。
「やっぱり狂気の邪神なのね……」と美代。
「あの腐ったタマネギのようなニオイ……半漁人になった僕でも耐えられません!」と田中。
「ネタにドリアンを提供しようとするなんて……〝呪いの回転寿司〟としか言いようがないわ。クトゥルフ! これ以上、町の人々に被害を及ぼさないためにも、私はアナタを退治する!」
『フン! 小娘ごときに、何が出来る?』
「私は神社の巫女よ。悪タコ退散!」
美代は叫ぶと、懐からお札を1枚取りだし、クトゥルフの額(みたいなところ)にペタッと貼った。
『ヌオオオ! なんだ、この札は? 苦しい、苦しいぞ!』
「それは、霊験あらたかなウチの神社のお札よ。さぁ、クトゥルフ。田中くんを元の田中くんに戻して、さっさと海底の神殿へ帰りなさい。呪われた回転寿司屋は、新装閉店よ」
『オノレ~。許さん、許さんぞ、小娘!』
クトゥルフの体色が、怒気で真っ赤になる。
鈴木は警戒した。
「クトゥルフが赤信号になったぞ」
「赤信号というより……危険信号なんじゃない? 美代ちゃん、気を付けて!」
田中の忠告を受けつつも、美代は平気な顔をしてクトゥルフと向かい合う。
「どうする気?」
『貴様を呪ってやる。我が輩の眷属、インスマスに変えてやる』
「私はアナタが握ったお寿司なんて、絶対口にしないわよ」
『我が輩が本気になれば、寿司を用いずとも、直接に呪いを掛けられるのだ!』
そう述べると、クトゥルフは6つの眼から赤と黒、まだら模様のビームを発射した。
『喰らえ! エンヴィー・ビーム!』
「きゃ~!」
「わ! 美代ちゃんにビームが当たっちゃった」
「大丈夫か? 山本。〝エンヴィー〟って、確か〝嫉妬〟という意味だったよな」
美代の身体を、赤色と黒色の靄が包む。
「美代ちゃんにまとわりつく、あの赤と黒のガスみたいなのは何なの?」
『我が輩の呪いだ。ヌルヌル表皮の赤は、妬みの赤! 口から吹き出すスミの黒は、恨みの黒!』
「てめー! やっぱり、神じゃ無くて、むしろタコの妖怪だろ?」
「鈴木くん。そんなことより、美代ちゃんが!」
「苦しい……苦しい……」
美代は両の掌で顔を覆いつつ、床へ崩れ落ちた。
「美代ちゃん。シッカリして!」
『フハハハハ! 無駄だ。今、その小娘の心の中には妬みや恨みの感情が渦巻いている。心臓に呪いの印――《✖マーク》が刻まれたのだ』
「そんな、美代ちゃんに限って!」
だが、美代の口から呪いの言葉が漏れる。
「妬ましい……恨めしい……」
「美代ちゃん?」
「山本!」
「鈴木くん、田中くん。本当のことを言うわね。私、実はアナタ達のことを妬んでいたの。恨めしく思っていたの」
「な、何だって!?」
「そんな、美代ちゃん……」
『グフフフ。どのように表面を取り繕っていたところで、人間の心の奥底には他者への嫉妬や猜疑、怨嗟が潜んでいるものだ』
「黙れ! タコ妖怪」
『邪神である』
「美代ちゃん! いったい、僕たちの何を妬んでいたの?」
「ううう……」
「ねぇ、鈴木くん。僕たちに美代ちゃんから妬まれる要素なんて、あるのかな?」
「全然、思い付かん。山本は可愛くてクラスの人気者だし」
「僕たちより、成績だって良いし」
「あああ……」
「俺達のほうが山本を羨ましがることはあっても、その反対は……」
「心当たりなんて無いよ」
「だって……」
「山本?」
「美代ちゃん!」
心中に秘めていた思いを告白しようとする美代に、鈴木と田中は緊張する。仲良しだと思っていた彼女が、自分たちを恨んでいたなど、信じられない。信じたくない。
「だって……だって……だって…………鈴木くんも田中くんも、ワサビ入りのお寿司を食べられるじゃない……」
「へ?」と鈴木。
「は?」と田中。
「私は……私はワサビを抜いたお寿司しか食べられないのに、そんな私の目の前で、2人は堂々とワサビが入ったお寿司をパクパクと……妬ましい……恨めしい……羨ましい……」
「山本……そんなことで、俺たちのことを恨んでいたのか?」
「『そんなこと』じゃ無いわ、鈴木くん! 私、何度もワサビが入ったお寿司を食べようと挑戦して、そのたびに挫折してきたのよ!」
「美代ちゃんは子供舌なんだね」
「鈴木くん……田中くん……私、辛いのが辛いの……」
「そうか。辛いのが辛いのか……山本……」
「違うよ、鈴木くん。美代ちゃんは『辛いのが辛い』って言ってるんだよ」
「ややこしいな」
「ううう……辛い、辛い、辛い。辛い、辛い、辛い。自分の感情が止められない」
美代を包み込む赤と黒の靄。その色が濃くなっていく。
『フハハハハ。小娘の心の中が妬みと恨みの思いで満杯になったとき、その姿は呪いによってインスマスへと変わるだろう』
クトゥルフの高笑いを耳にして、美代は絶望の悲鳴を上げる。
「イヤァァァァ! 田中くんになんか、なりたくない!」
「気を強く持つんだ、山本! 田中になっちゃダメだ!」
『小娘よ。諦めて、田中になってしまえ~』
「美代ちゃんも鈴木くんもクトゥルフも、酷いよ!」
美代へ、クトゥルフが告げる。
『時間が経てば経つほど、貴様の正気は失われ、狂気の渦へと呑み込まれていくのだ。我が輩の力を思い知ったか、小娘』
「うう~」
現在の美代は、まだ〝一時的狂気〟の状態だ。パニックを起こしているが、しばらくすれば収まるだろう。
『ム、まだ耐えるとは……ならば』
クトゥルフはゴソゴソと触手を動かして何かを取り出し、それを美代の鼻先へ持ってくる。
『ホレホレ~。練りワサビだぞ~』
「やめてー」
クトゥルフの悪辣な攻撃により美代の正気は更に削られ、〝不定の狂気〟状態となってしまった。症状から回復するためには、ちゃんとした治療を受けなければならない。自力で治すことは、もはや不可能だ。
美代、大ピンチ!
「美代ちゃん、頑張って! このままじゃ美代ちゃん、〝マックス・クレイジー・美代ちゃん〟になっちゃうよ」
「〝マックス・クレイジー・美代ちゃん〟って、そんな悪役女子プロレスラーみたいなネーミング…………ひょっとして、田中。お前、山本に〝インスマス・田中くん〟呼ばわりされたことを根に持っているのか?」
恐るべき邪神クトゥルフ! その圧倒的な陰険パワーの前では、人間はなす術も無く、ひれ伏すしかないのか?
クトゥルフは、美代にトドメを刺そうとする。
『小娘よ、ダメ押しの生ワサビだ。たった今、すり下ろした』
「いや~!」
『クックック。観念し、〝永久的狂気〟を受け入れよ。二度と正気には戻れぬ悪夢の中で、我が輩とともにドリアン寿司を食すのだ~』
「ワサビが入ったドリアンのお寿司を食べるなんて、地獄そのものよ~。絶対、イヤー!!!」
苦しみ悶える、美代。そんな彼女へ、田中は必死のアドバイスを送る。
「そうだ! 美代ちゃんは神社の巫女さん。実家の神社でお祭りしている神様に助けを求めたらどうかな?」
「良いアイデアだ。そう言えば山本の家の神社の祭神は女神だったはず。山本、そうしろよ! 『困ったときの神頼み』さ」
「わ……分かったわ。インスマス・田中くんになった挙げ句にドリアンのお寿司を口に入れちゃうとか、破滅人生まっしぐら確定、最低・最悪・最凶の事態だもの。なにがなんでも回避しなくちゃ。……お願い、女神様。私を助けて! クトゥルフの魔の手から、私を救ってください!」
美代は大きな声で訴えたが……
シーン。
「何も起きないな」と鈴木。
「何も起きないね」と田中。
『フハハハハ! 我が輩に対抗できる神など、居るわけが無い』とクトゥルフ。
「お願い、優しい女神様。私を助けて!」
シ――ン。
「やっぱり、何も起きないな」
「女神様、寝てるのかな?」
『フハハハハ! きっと、我が輩の力を知り、怖じ気づいてしまったのだろう』
「お願い! 賢くて優しくて人気者の女神様。私を助けて!」
シ――――ン。
「全然、何も起きないな」
「女神様、どこかへ出掛けてるのかな?」
『フハハハハ! 小娘よ。敗北を認め、我が輩の眷属――インスマスとなれ。ドリアン寿司は、美味いぞ~』
「――っ。お願いします! とびきり美しくて賢くて優しくて皆に大人気でキャーキャーされまくりの素晴らしい至上の女神様。私を助けて!」
「…………」と鈴木。
「…………」と田中。
『…………』とクトゥルフ。
「次よりは、お供え物のグレードを1割増しにしますから~!」
美代がそう叫ぶや、いきなり店内にピカー! と一筋の光が走った。
♢
※注 「一時的狂気」「不定の狂気」「永久的狂気」はクトゥルフ神話TRPG(テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム)における、狂気の状態を示す用語です。「永久的狂気」となってしまったプレイヤーは、基本的にゲームオーバーということになります(二度と正気には戻れないので)。…………美代、ピ~ンチ!
挿絵は、あっきコタロウ様のフリーイラストを使わせていただきました。
黙り込んでしまい、妙に落ち込んでいる様子のクトゥルフ。
鈴木が疑問を口する。
「でも回転寿司はコンベア上の皿を取らなくても、職人に直接注文することも出来るよな?」
『……ああ。そこの眷属になったヤツも含めて、3人の客は我が輩に寿司を握るように求めてきたぞ』
「クトゥルフに直に『寿司を握って』と頼むなんて……度胸があるのか、何も考えていなかったのか、どちらなのかしら?」
「少なくとも、田中は何も考えていなかっただろうな……」
「酷いよ、鈴木くん。確かにその通りだけど」
「けど結局、田中くん以外の2人の方は、アナタが握ったお寿司を食べなかったのよね?」
『うむ。その2人は我が輩が作ることの出来る寿司の種類を聞くと、『だったら、要らん』と言って帰ってしまった』
「え? クトゥルフ……アナタ、どんなお寿司を握れるの?」
「当然、ネタにはマグロやタイやヒラメを用いるんだよな?」
鈴木が確認の意味を込めて尋ねると、クトゥルフはいきなりキレた。
『馬鹿者、我が輩はクトゥルフだぞ! そのような残酷な真似をするわけ無かろう!』
「心優しいが俺が、わざわざタコやイカを除外して言ってやったというのに……魚介類全般、ダメなのか?」
「当たり前でしょ、鈴木くん。クトゥルフは、タコ型異星神なのよ。それに地球においても海や水と縁が深いし……クトゥルフにとってはタコやイカに限らず、魚や貝もお友達なのよ」
『小娘の言いようには引っ掛かるが……まぁ、妥当な見解ではある』
「しかし、それならクトゥルフは何をネタにして寿司を握るんだ?」
改めて訊く鈴木へ、クトゥルフは端的に返答した。
『キュウリ』
「キュウリは納得だな」と鈴木。
『ナス』
「ナスのお寿司も美味しいわよね」と美代。
『タケノコ』
「タケノコのお寿司、僕は好き」と田中。
『ゴボウ』
「ゴボウも、まぁまぁ……って野菜ばっかりだな」
「健康に良いよね」
「でも、少し味気ない気もするわ」
3人が、ガヤガヤ言い合う。
『レタス』
「は? レタス?」
「レタス巻きなら、良いと思うけど……握り寿司のネタにレタスは無いわね」
レタス寿司を否定する鈴木と美代に、田中が反論する。
「そんなこと無いよ。シャリにレタスを載せて、マヨネーズを掛けたら、美味しいよ!」
『さすが、我が輩の眷属。寿司の真髄が分かっておるようだな』
田中の応援を受けて、満足そうな雰囲気を漂わせるクトゥルフ。
それとは対照的に、鈴木と美代は嘆く。
「寿司ネタにマヨネーズをつけるのは邪道だぞ、田中」
「……ううう。田中くんは、既に身も心も邪な生物になってしまったのね。手遅れなのね」
「そんな! 鈴木くん、美代ちゃん。全国のマヨラーの皆様に謝ってよ!」
「お前、そのレタス寿司を食ったから半漁人になっちまったんだろ!?」
「これは、一種の天罰ね。田中くんはこれから〝インスマレタス・田中くん〟として生きていくしかないわ」
「うわ~ん。〝インスマス・田中〟より、酷い!」
鈴木・美代と、田中の仲に亀裂が入る。このまま彼らはケンカ別れをしてしまうのか!?
3人の対立を心地よさそうに眺めつつ、クトゥルフが自慢げに述べる。
『フッフッフ。他には寿司ネタとして、トマトもあるぞ』
「トマトは……ありか」と鈴木。
「〝ベジタリアン寿司〟って聞いたことがあるわね」と美代。
「だったら、レタスも許容してよ……」と田中。
クトゥルフは更に言いつのる。
『それから、イチゴも良いぞ!』
「イチゴ……ギリギリか」と鈴木。
「彩りはキレイよね」と美代。
「お願いだから、レタスも認めてよ。マヨネーズなしでも、けっこう美味しいよ……」と田中。
クトゥルフは、調子に乗った。
『そして、ドリアン!』
「ドリアンとか、あり得ん」と鈴木。
「クトゥルフ、最低ね」と美代。
「僕も、ドリアンは弁護できません」と田中。
3人の心は一致した。尊い、友情。
『何だと、ドリアン寿司を否定するのか!? ドリアンは〝果実の王様〟だぞ』
クトゥルフは憤慨し、抗議する。
「味はクリーミーだが、ニオイが強烈すぎる! 寿司ネタにしようとか、どう考えても正気じゃ無い!」と鈴木。
「やっぱり狂気の邪神なのね……」と美代。
「あの腐ったタマネギのようなニオイ……半漁人になった僕でも耐えられません!」と田中。
「ネタにドリアンを提供しようとするなんて……〝呪いの回転寿司〟としか言いようがないわ。クトゥルフ! これ以上、町の人々に被害を及ぼさないためにも、私はアナタを退治する!」
『フン! 小娘ごときに、何が出来る?』
「私は神社の巫女よ。悪タコ退散!」
美代は叫ぶと、懐からお札を1枚取りだし、クトゥルフの額(みたいなところ)にペタッと貼った。
『ヌオオオ! なんだ、この札は? 苦しい、苦しいぞ!』
「それは、霊験あらたかなウチの神社のお札よ。さぁ、クトゥルフ。田中くんを元の田中くんに戻して、さっさと海底の神殿へ帰りなさい。呪われた回転寿司屋は、新装閉店よ」
『オノレ~。許さん、許さんぞ、小娘!』
クトゥルフの体色が、怒気で真っ赤になる。
鈴木は警戒した。
「クトゥルフが赤信号になったぞ」
「赤信号というより……危険信号なんじゃない? 美代ちゃん、気を付けて!」
田中の忠告を受けつつも、美代は平気な顔をしてクトゥルフと向かい合う。
「どうする気?」
『貴様を呪ってやる。我が輩の眷属、インスマスに変えてやる』
「私はアナタが握ったお寿司なんて、絶対口にしないわよ」
『我が輩が本気になれば、寿司を用いずとも、直接に呪いを掛けられるのだ!』
そう述べると、クトゥルフは6つの眼から赤と黒、まだら模様のビームを発射した。
『喰らえ! エンヴィー・ビーム!』
「きゃ~!」
「わ! 美代ちゃんにビームが当たっちゃった」
「大丈夫か? 山本。〝エンヴィー〟って、確か〝嫉妬〟という意味だったよな」
美代の身体を、赤色と黒色の靄が包む。
「美代ちゃんにまとわりつく、あの赤と黒のガスみたいなのは何なの?」
『我が輩の呪いだ。ヌルヌル表皮の赤は、妬みの赤! 口から吹き出すスミの黒は、恨みの黒!』
「てめー! やっぱり、神じゃ無くて、むしろタコの妖怪だろ?」
「鈴木くん。そんなことより、美代ちゃんが!」
「苦しい……苦しい……」
美代は両の掌で顔を覆いつつ、床へ崩れ落ちた。
「美代ちゃん。シッカリして!」
『フハハハハ! 無駄だ。今、その小娘の心の中には妬みや恨みの感情が渦巻いている。心臓に呪いの印――《✖マーク》が刻まれたのだ』
「そんな、美代ちゃんに限って!」
だが、美代の口から呪いの言葉が漏れる。
「妬ましい……恨めしい……」
「美代ちゃん?」
「山本!」
「鈴木くん、田中くん。本当のことを言うわね。私、実はアナタ達のことを妬んでいたの。恨めしく思っていたの」
「な、何だって!?」
「そんな、美代ちゃん……」
『グフフフ。どのように表面を取り繕っていたところで、人間の心の奥底には他者への嫉妬や猜疑、怨嗟が潜んでいるものだ』
「黙れ! タコ妖怪」
『邪神である』
「美代ちゃん! いったい、僕たちの何を妬んでいたの?」
「ううう……」
「ねぇ、鈴木くん。僕たちに美代ちゃんから妬まれる要素なんて、あるのかな?」
「全然、思い付かん。山本は可愛くてクラスの人気者だし」
「僕たちより、成績だって良いし」
「あああ……」
「俺達のほうが山本を羨ましがることはあっても、その反対は……」
「心当たりなんて無いよ」
「だって……」
「山本?」
「美代ちゃん!」
心中に秘めていた思いを告白しようとする美代に、鈴木と田中は緊張する。仲良しだと思っていた彼女が、自分たちを恨んでいたなど、信じられない。信じたくない。
「だって……だって……だって…………鈴木くんも田中くんも、ワサビ入りのお寿司を食べられるじゃない……」
「へ?」と鈴木。
「は?」と田中。
「私は……私はワサビを抜いたお寿司しか食べられないのに、そんな私の目の前で、2人は堂々とワサビが入ったお寿司をパクパクと……妬ましい……恨めしい……羨ましい……」
「山本……そんなことで、俺たちのことを恨んでいたのか?」
「『そんなこと』じゃ無いわ、鈴木くん! 私、何度もワサビが入ったお寿司を食べようと挑戦して、そのたびに挫折してきたのよ!」
「美代ちゃんは子供舌なんだね」
「鈴木くん……田中くん……私、辛いのが辛いの……」
「そうか。辛いのが辛いのか……山本……」
「違うよ、鈴木くん。美代ちゃんは『辛いのが辛い』って言ってるんだよ」
「ややこしいな」
「ううう……辛い、辛い、辛い。辛い、辛い、辛い。自分の感情が止められない」
美代を包み込む赤と黒の靄。その色が濃くなっていく。
『フハハハハ。小娘の心の中が妬みと恨みの思いで満杯になったとき、その姿は呪いによってインスマスへと変わるだろう』
クトゥルフの高笑いを耳にして、美代は絶望の悲鳴を上げる。
「イヤァァァァ! 田中くんになんか、なりたくない!」
「気を強く持つんだ、山本! 田中になっちゃダメだ!」
『小娘よ。諦めて、田中になってしまえ~』
「美代ちゃんも鈴木くんもクトゥルフも、酷いよ!」
美代へ、クトゥルフが告げる。
『時間が経てば経つほど、貴様の正気は失われ、狂気の渦へと呑み込まれていくのだ。我が輩の力を思い知ったか、小娘』
「うう~」
現在の美代は、まだ〝一時的狂気〟の状態だ。パニックを起こしているが、しばらくすれば収まるだろう。
『ム、まだ耐えるとは……ならば』
クトゥルフはゴソゴソと触手を動かして何かを取り出し、それを美代の鼻先へ持ってくる。
『ホレホレ~。練りワサビだぞ~』
「やめてー」
クトゥルフの悪辣な攻撃により美代の正気は更に削られ、〝不定の狂気〟状態となってしまった。症状から回復するためには、ちゃんとした治療を受けなければならない。自力で治すことは、もはや不可能だ。
美代、大ピンチ!
「美代ちゃん、頑張って! このままじゃ美代ちゃん、〝マックス・クレイジー・美代ちゃん〟になっちゃうよ」
「〝マックス・クレイジー・美代ちゃん〟って、そんな悪役女子プロレスラーみたいなネーミング…………ひょっとして、田中。お前、山本に〝インスマス・田中くん〟呼ばわりされたことを根に持っているのか?」
恐るべき邪神クトゥルフ! その圧倒的な陰険パワーの前では、人間はなす術も無く、ひれ伏すしかないのか?
クトゥルフは、美代にトドメを刺そうとする。
『小娘よ、ダメ押しの生ワサビだ。たった今、すり下ろした』
「いや~!」
『クックック。観念し、〝永久的狂気〟を受け入れよ。二度と正気には戻れぬ悪夢の中で、我が輩とともにドリアン寿司を食すのだ~』
「ワサビが入ったドリアンのお寿司を食べるなんて、地獄そのものよ~。絶対、イヤー!!!」
苦しみ悶える、美代。そんな彼女へ、田中は必死のアドバイスを送る。
「そうだ! 美代ちゃんは神社の巫女さん。実家の神社でお祭りしている神様に助けを求めたらどうかな?」
「良いアイデアだ。そう言えば山本の家の神社の祭神は女神だったはず。山本、そうしろよ! 『困ったときの神頼み』さ」
「わ……分かったわ。インスマス・田中くんになった挙げ句にドリアンのお寿司を口に入れちゃうとか、破滅人生まっしぐら確定、最低・最悪・最凶の事態だもの。なにがなんでも回避しなくちゃ。……お願い、女神様。私を助けて! クトゥルフの魔の手から、私を救ってください!」
美代は大きな声で訴えたが……
シーン。
「何も起きないな」と鈴木。
「何も起きないね」と田中。
『フハハハハ! 我が輩に対抗できる神など、居るわけが無い』とクトゥルフ。
「お願い、優しい女神様。私を助けて!」
シ――ン。
「やっぱり、何も起きないな」
「女神様、寝てるのかな?」
『フハハハハ! きっと、我が輩の力を知り、怖じ気づいてしまったのだろう』
「お願い! 賢くて優しくて人気者の女神様。私を助けて!」
シ――――ン。
「全然、何も起きないな」
「女神様、どこかへ出掛けてるのかな?」
『フハハハハ! 小娘よ。敗北を認め、我が輩の眷属――インスマスとなれ。ドリアン寿司は、美味いぞ~』
「――っ。お願いします! とびきり美しくて賢くて優しくて皆に大人気でキャーキャーされまくりの素晴らしい至上の女神様。私を助けて!」
「…………」と鈴木。
「…………」と田中。
『…………』とクトゥルフ。
「次よりは、お供え物のグレードを1割増しにしますから~!」
美代がそう叫ぶや、いきなり店内にピカー! と一筋の光が走った。
♢
※注 「一時的狂気」「不定の狂気」「永久的狂気」はクトゥルフ神話TRPG(テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム)における、狂気の状態を示す用語です。「永久的狂気」となってしまったプレイヤーは、基本的にゲームオーバーということになります(二度と正気には戻れないので)。…………美代、ピ~ンチ!
挿絵は、あっきコタロウ様のフリーイラストを使わせていただきました。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる