隣に眠る君に情欲

桜坂どら

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1話 情欲の痕

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 ――AM7:00。
 充電器につながれ、ベッドの下に置いてあるスマートフォンから目覚ましのアラームがなる。
 うるさい、でも起きたくない。ここ最近、体がだるくて起きるのが億劫だ。あと10分、10分だけ…。 目を開けないまま佐伯秋良さえきあきらは葛藤する。が、ジリリと不快に響く音にイライラして我慢ができなくなった。まだ目が覚めない頭でベッドから身を乗り出し、うるさく響く音を止めた。
 ぼんやりする目でスマホに映る時間を確認していると、秋良の腰に絡んでいた腕にぐいっと引っ張られベッドに引き戻される。
秋良は横向きに寝た状態で、後ろから男に抱きしめられていた。

「こら。愁一しゅういち…俺を抱き枕にして二度寝しようとすんなって」
「……あと10分」

 後ろから秋良を抱きしめるようにして秋良の肩に顔をうずめて寝ている男、雨宮あまみや愁一。
 まったくこいつは…と毎度のことに憎めなさが混じった苦笑をしながらも、秋良はひじで愁一のみぞおちをこづいてやる。
 うっ、とくぐもった声を出して秋良を包む腕が緩む。
 ぐるりと体勢を変え、愁一と顔を合わせた。
 目の前の男の目がうっすら開く。寝起きの気だるさが残る愁一の顔、相変わらず死ぬほど色男だな。と、毎朝のことながらそんな感想を抱く。

「起きたか? 俺腹減ったから自分ちもどる。お前もいくだろ? 早くしねーと食いそびれる」
「………」

 寝ぼけ眼のまま秋良の顔を見ていたかと思うと、愁一は今度は前からがばっと抱き着いてくる。
 大型犬に覆いかぶさられたような重量感。秋良よりも一回りも大きい体にのしかかられ、身動きが取れない。同じ男としてどうしてこうも違ってしまうのか悔しくなる。

「ちょっ…おい愁一!」
「あと3分だけ…」
「もーだめだって、学校遅刻するから! 聞いてるか? おいってば!」

 がっちり掴まれていて身動きが取れない状態にされる。この野郎…と怒りが湧きつつも、俺を抱きしめて安心したように眠る愁一を見ると。本気で怒るに怒れない。
 それになぜか体全体にどんよりとした倦怠感があってうまく力がでない。秋良は諦めて3分だけ二度寝に付き合うことにした。


 秋良と愁一は、今年で18になる。
 2人は8歳のある時から、こんな毎日を10年続けている。
 毎朝同じベッドで眠り、朝を迎える。
 そこれが2人のだった。


 ***


「お前らほんっと仲いいよなあ」

 授業の合間の昼の10分休憩。
 秋良の前の席に座る犬童佳史いぬどうよしふみが逆向きに椅子に座る形で、チョコ菓子の袋を抱えてもぐもぐ食べながら話しかけてくる。秋良はチョコをひとつもらいながらキョトンとした顔をした。

「雨宮と秋良のことだよ」
「そうか? んーまあずっと一緒だからなあ」
「小学生の時から家が隣通しで、中学も高校も一緒ってすげえよな」
「愁一の親はほとんど海外だからさ。兄弟みたいに育った」
「どっちが兄?」
「も、もちろん俺だよっ」

 1年の時から同じクラスで仲良くなった犬童は話しやすくていいやつだが、こういう人をからかって楽しむところはいただけない。秋良はもう一つチョコを奪ってやった。犬童はにやにやしている。

「今朝のお前らの下駄箱でのやりあい、女子たちが『2人は付き合ってんじゃないか~』って妄想膨らませてたぞ」
「えー?そんな大したやり取りしてないんだけど」

 秋良は今朝のことを思い返してみた。
 愁一の二度寝に付き合って秋良も寝坊してしまい、結局遅刻ギリギリだった。
 朝飯を食べられなくてムッとしながら愁一に接していたと思う。

「あーあ、お腹すいた。愁一のせいだ」

 秋良は下駄箱から上履きを出しながらじろりと愁一を睨んだ。

「秋良が抱き心地がいいのが悪い」
「お前なあっ!」

 悪びれもしない愁一に腹がたって、上履きを履いた足でゲシゲシと愁一の足を蹴った。
 愁一は秋良の攻撃をまったく気にしない様子で微笑みながら、10センチほど下にある秋良の頭をなだめるようにわしゃわしゃとかき乱す。
 これをされると秋良は弱い。自分が大人げなさすぎるんだと思わされる。でも俺、悪くないよな…?とつっこみを入れつつ秋良は大人しくなった。

「秋良、悪かったって。購買のパンおごるから」
「……言ったな! じゃあ焼きそばパンとメロンパン」
「ほんとそれ好きだな」
「うっうるさい…っ! 牛乳もだからな」
「わかったわかった。そんな飲んでも背、伸びないよ?」
「ぐっ…!! くそっでかいお前には俺の悩みはわかんないだろーな」
「秋良はそのままが可愛いのに」

 頬をぷにぷにとつままれ、愁一にやり込められる。
 本当はそんなに怒ってないのを見透かされているのが悔しい。
 女子たちが見たのはあの場面か? どこを誤解したんだろう。秋良が考え込んでいると、犬童がはあと呆れたようにため息をついた。

「幼馴染ってやつはそんな距離感なのかね」
「こんなもんじゃね? まあアイツ、俺がいないとダメだからな。手のかかる弟みたいな感じだ」
「弟っつーより番犬って感じだけどね」
「へ? なんか言ったか?」
「いや、何にも~」

 愁一は登下校と、昼の時間と、家でもほとんど一緒なのに秋良の傍にいたがる。
 いわゆるイケメンの愁一は、体も大きく、顔も整っているのでどこにいても目立つ。
 女子に告白されたりモテまくってるのはこの10年で何度も目にしてきたが、誰とも付き合ったりすることはなく、「興味ない」と秋良の隣から離れることはなかった。
男女ともにめちゃくちゃモテるのに、秋良以外に親しい友人を作っているところも見たことがない。俺以外にも友達作ったら? と何度も口にしたことはあったが、実は愁一が自分にだけ懐いてくれるのを悪くないどころか嬉しく思っていた。

 もしかして…愁一離れできてないのは俺の方だったりして?
 そんなことを考えているとふっと犬童の手が秋良の首に伸びてくる。

「わっなんだよっ…」
「いやこの首の後ろんとこさ…」

 シャツの襟足をぐいっとめくられる。

「この痕、キスマーク…?」
「はあ?」
「いや、これ絶対そうでしょ」

 秋良は首筋にある鬱血痕をなぞられ、びくっと体が跳ねてしまう。

「なっなっそんな…キ、すまーくなんて…覚えがねえよ」
「えー? キスマ以外でこんな痕つくかなあ」

 犬童に無遠慮に痕をなでられると、背筋がぞわぞわするのが止まらない。

「やめろって…!」

 犬童の手を引きはがし、秋良はその痕を自分で押さえた。
 本当に覚えがない。生まれてこのかた彼女なんていたことないし、過去にそんなものをつけられた経験もない。

「絶対そんなんじゃない。虫刺されとかだって」
「そーかなー? アッヤシー。実はラブラブな彼女がいたりして」
「犬童、知ってるだろ? 俺が全然モテないって…」
「秋良って不思議だよな。ジャニーズっぽいかわいい顔してんのに、モテないよね」
「男にかわいいは褒め言葉じゃないぞ…」

 自分でも思うほど、秋良は童顔だった。
 確かにアイドルグループの〇〇君に似てる!とクラスの女子に言われたことはある。でもカワイイ、は女子の恋愛対象にはならないらしい。常に隣に上等な男がいるせいなのか、このベビーフェイスのせいなのか。秋良はいままで女子からモテたためしがなかった。
思えばいつも俺が好きになる女子は愁一のことが好きだったっけ…。そんなことまで思い返してしまう。

 犬童は納得いかなさそうに鬱血痕がある場所をまじまじと眺めながら

「うーん、彼女じゃないんだったら、雨宮だったりして」
「ちょっ……もーそのネタやめろって!」
「ははは、女子が喜びまくるネタだな~」

 からかいまくる犬童に突っ込み返すのに疲れてきたところで、次の授業が始まった。
 指摘された痕がじんわりと熱をもったように気になってしまう。自分では見えない分、なんだか変な感じだ。
秋良はその後も授業に集中できなかった。彼女のいない思春期の少年に”キスマーク”の単語は少し刺激が強かったようだ。


 ――放課後。
 いつものように教室のドアが開き、愁一が秋良を迎えにくる。
 愁一の姿に、女子たちが一気に色めき立つのがわかる。
 普段は誰に話しかけられても無表情な愁一が秋良の姿を見つけると王子様のような笑顔を振りまいた。秋良の周りにいる女子たちが身悶えるほどに…。

「愁一。校門で待ち合わせようって言ってるのに」
「校門に行く前に秋良はいろんなやつらに話しかけられて足が止まるでしょ。だから迎えにきた」
「もーお前が来るとクラスの男達の士気が下がるんだよ」
「何のことかわからない」

 これだからイケメンはっ…!
 ぐいっと腕を引っ張られて、ずるずる引きずられるように教室を出る時、お疲れ~と言わんばかりにひらひらと手を振る犬童の姿が見えた。
 結局、犬童に指摘された痕については確認できていないままだった。トイレの鏡で見ようにも大抵誰かいるし。恥ずかしくて、いつもより一つボタンを多く閉めて襟首が見えないように気をつかうはめになった。
 これで嘘だったら犬童、明日しばきたおす…!!
 そんな決意を胸に秘めていると、愁一が秋良の顔をのぞきこんでくる。

「なんかあった?」
「えっ!? いや…別に…」

 いつの間にか家の前まで来ていた。そういえばずっと気もそぞろで、愁一とろくに会話もしていなかった。ごまかそうとして玄関に足を進める秋良だが、手をがっしり掴まれてまったく進めない。

「言って」

 愁一の顔がより秋良の顔に近づき、怒ったような、まっすぐな目で言われた。
 この顔は、どうあってもごまかせないやつだ…。
 小学生の頃、クラスの愁一ファンの女子たちに嫌がらせをされたとき、そのことを隠そうとしたらこの顔で詰め寄られた。美人のアップは迫力がある。普段は滅多に怒ることはないから、あの時の愁一はめちゃくちゃ怖かった。

 ――昔から、愁一は俺の隠し事を許してくれない。
 ちなみにその後、嫌がらせはぴたっとなくなった。愁一にまとわりついていた女子たちは遠巻きに愁一を見るようになった。なんかしたのか?と聞いても愁一は秘密、と教えてくれなかった思い出がある。

「わかったよ…話す! 話すから…とりあえず部屋入ろうぜ」

 観念した様子にやっと、手の力を緩めてくれた。
 そのまま秋良の家じゃなく、愁一の家に連れ込まれる。俺んちじゃ母さんがいるから確かに話しにくいしな…。愁一の部屋に入り、秋良はベッドに腰掛けた。

「大した話じゃないんだよ。いじめられた~とかじゃないし」
「いいから」

 再度念押しの眼差しに射貫かれ、ぽつぽつと今日あった出来事を話す。

「だから、き、きすまーくがついてたのか一日気になっちゃって気もそぞろになったというか。なんというか…。なあ、俺の首そんな痕ある?」

 ボタンをいくつかあけてシャツの襟元を開いて、痕があるとされる場所を愁一に見せる。
 愁一の視線がつきささるようで。恥ずかしさがたまらなくこみあげてくる。

「犬童に触られてなんかぞわっていうか、ヘンな感じがしたんだけど、これ虫刺されだよな?」

 じっと秋良の首筋の痕を見る愁一の顔がぴくっとひきつったようになる。

「あいつに触らせたの?」
「へ? まあ、そうだけど」

 愁一の手が秋良の首に伸びてきて、首筋のあとに触れる。
 つつ…と撫でられてぞくぞくっと尾てい骨からこみあげる何かがあった。

「ちょっ…やめろって」

 抗議の目を向けると、冷たい目をした愁一の顔があった。あれっ、なんか怒ってる?
 なんで怒らせたのかわからず、目を逸らしたくて俯くが、愁一にあごを取られて上を向かされた。

「犬童には触らせたのに? 俺はだめ?」
「ちょっと何言って…」

 愁一は痕がある左側のワイシャツをぐいっと肩のあたりまで開いてきた。
 緊張で汗ばんできた秋良の肌を肩のあたりから痕がある場所までゆっくりと撫でられる。またぞくぞくっとした悪寒のような感覚が湧き上がってくる。何をするんだと抗議するために顔をあげると、愁一は見たこともないような、怒ってるのか、悲しんでるのかわからない表情で秋良を見下ろしていた。

「そのキスマーク、つけたの俺だって言ったらどうする?」

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