毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

りーさん

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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~

31. おつかい (シーラ視点)

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 マリエンヌがリネアと対峙しているころ、シーラは学園の外に出ていた。無許可での外出のため、気づかれないうちに戻る必要がある。
 影として行動していたシーラは、気づかれないように抜け出すことはわけもないが、いないことに気づかれるわけにはいかない。

(場所はここだったわね) 

 事前に調べていた店へと入る。ここは、ランタニア子爵家が運営している商会である。庶民向けに広く展開しているだけはあり、人が多い。
 シーラは、人混みを避けつつ受付まで向かう。

「すみません。お嬢さまが頼んでいたものを受け取りに来たのですが」
「はい、どなたのものでしょうか?」
「こちらです」

 シーラは、公爵家の家紋が刻まれたブローチを見せる。
 家紋に気づいた受付の者は、大きく目を見開いていたが、すぐに外受けの顔に戻った。

「お伺いしております。奥の応接室へどうぞ」

 シーラは受付の案内についていき、応接室へと向かう。その応接室は少し奥張ったところにあり、店の表は見えない。
 これだけ離れていれば、部屋の中の話し声などまったく聞こえないだろう。

「こちらへ」

 受付がドアを開け、中に入るように促す。

「オーナーを呼んでまいりますので、少々お待ちください」

 シーラが中に入ったのを確認して、パタンとドアは閉じられた。シーラは、ひとまず部屋の中央に置かれているソファに腰かける。

(お嬢さまのおつかいなんていつぶりかしら……)

 以前は、マリエンヌの専属であったシーラはいろいろと巻き込まれていたために、おつかいを頼まれることも多かったが、毒を内に秘めるようになってからは、そのようなことはめっきりと減った。
 少なくとも、五年は頼まれていなかっただろう。あのお嬢さまが、よくそれほど長い間本性を隠せていたものだと、シーラは感心してしまう。

「オーナーをお連れしました」

 ドアがノックされ、ゆっくりと開かれる。そのドアから、黒いカバンを持った男が入ってきた。

「お待たせいたしました、ルージェ商会のオーナーのアルトルト・ランタニアと申します」
「は、はじめまして、ランタニア子爵さま。マリエンヌお嬢さまの代理の、ルニエと申します」

 シーラには二つの顔がある。影の部隊としてのシーラと、公爵家の侍女としてのルニエ。それぞれの役割は当然ながら違い、性格や雰囲気も変えて別人を演じている。
 シーラのときはほとんど素を出しているが、ルニエは、元気のよさと少し抜けたところがあるように演じている。
 マリエンヌも、どちらに用があるかで呼び方を変えており、影として動いてほしいときはシーラ、侍女として動いてほしいときはルニエと呼んでいる。

「娘から話は伺っております。カフスボタン等の普段使いできるものでしたね」

 アルトルトは、カバンの中からいくつかのカフスボタンやループタイを見せてくれる。

「公爵子息へのプレゼントとのことですので、あの方の雰囲気に合うものを選ばせていただきました」
「質のいいものが多いですね。どれもきれいです!」

 所詮は子爵家が運営する庶民向けの商会とばかり思っていたが、予想以上の品が並んでいる。
 アルトルトは、誇らしそうに言った。

「娘から、公爵令嬢には世話になっているとよく聞いていますので、その礼も込めて、私が用意できるなかで最高級のものを用意させていただきました」
「そのような強い気持ちが込められてるなんて、お嬢さまもきっとお喜びになります!」

 シーラは、どれがレスティードに似合うだろうかと手に取りながら確かめる。レスティードは、金髪に碧眼といった華やかな容姿だ。
 ならば、華やかな色合いのものよりも、地味な色合いにしたほうが、レスティードの容姿を引き立てるかもしれない。

(お嬢さまとは正反対なのよね……)

 マリエンヌは、藍色に漆黒の瞳であり、華やかな印象を与えるレスティードとは違い、おしとやかなイメージが強い。中身は真逆だが。

「こちらとこちら。それと、こちらをいただけますか」
「かしこまりました。公爵家にお届けすれば?」
「いえ、寮に送ってもらいたいのです。お嬢さまは秘密にしていたいようですから」

 シーラは、マリエンヌの部屋番号を記しておいた紙をアルトルトに渡す。

「学園の寮となると、通常よりもお時間をいただきますが、大丈夫でしょうか?」
「はい。レスティードさまのお誕生日は一ヶ月以上も先ですから」
「かしこまりました。では、そのように」

 そそくさとカバンを片づけて立ち去ろうとするアルトルトに、シーラは「お待ちください」と呼び止める。

「まだ、用件は終わっていません」
「えっ?……ですが、娘からは子息の誕生日プレゼントを選ぶとしか聞いておりませんが……?」
「確かに、お嬢さまがシェリーナさまにお伝えしたのはそれだけですが、私はもう一つの用事を言いつけられています」

 ごくりと息を飲むアルトルトに、シーラは静かに告げる。

「子爵には、秘密のお友達がいるそうですね」

 にこりと微笑むシーラとは裏腹に、アルトルトは冷や汗をかいている。

「ど、どういう意味でしょうか」
「あまり人には言えないような……そんな知り合いがいると聞いています。それも、一人や二人じゃない」

 シーラはアルトルトを見据える。アルトルトは、逃げられないと悟ったのか、一度持ち上げた腰を、再び降ろした。

「……なぜ、ご存じなのでしょう」
「私もそちら側の人間ですから、情報はいくらでも入ってきます。彼らは律儀という言葉を知りませんからね」

 影に生きる者たちは、主に絶対的な忠誠を誓うこともあれば、金のために仕事をこなし、いざというときは雇い主を売ることもある。
 シーラが少しばかり金を握らせれば、彼らの口は途端に軽くなるのだ。

「……何を、お望みですか」
「リーグス伯爵家とロジェット侯爵家に関する情報をいただきたいのです。マリエンヌ・リュークの名を出せば、ほとんどの者は動いてくださるでしょう」
「公爵令嬢の……ですか?」

 マリエンヌは、裏の者たちにはかなりの有名人なのだが、アルトルトは知らないらしい。まぁ、こちらが徹底的に口止めに走ったので無理もないだろうが。
 だが、もう主は隠すつもりがない。自らさらけ出したりはしていないが、自重する気はもうないらしいので、また名前が広まったところで気にしないだろう。

「これは前金です」

 シーラは、マリエンヌからあらかじめ渡されていた、小袋に詰まった金貨を渡す。マリエンヌは、公爵令嬢として自由に使えるお金も多く、これくらいはぽんと出せてしまうのだ。

「一週間後にまた参りますので、追加の報酬はそのときまでの仕事次第ということで」

 シーラはにこりと微笑むと、アルトルトを置いて部屋を出た。シーラが一人で戻ってきたことに受付は少し驚いていたようだが、シーラは気にすることもなく商会の外に出る。
 そして、マリエンヌに報告に戻ろうというところで、足を止める。

(一応、こちらからも話を通しておくか)

 シーラは踵を返し、学園とは反対方向に向かった。
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