小さなお姫様と小さな兎

砂臥 環

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シャルロッテ③

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それでもお出かけは楽しかった。
帰りの馬車の中でいつも私は、その日にあったことや話したことをお母様に報告した。

「本当はもっと早くにこうしておけば良かったのかもしれないわね……」

いつかの帰路。
多分夕焼けをただ窓から眺めるような、ちょっとしたお喋りの合間。
お母様は誰に言うでもなくそう零した。

『こうしておけば』の示すところは今ひとつわからなかったけれど、妙に印象に残っている。
それは私と出掛けたことや、公爵家にいるうちのお姉様にそれしなかったこと、お母様自身が交流に消極的だったこと……と、今ならいくつか考えられるけれど。

外との接触はいいことだけじゃなかったけれど、私にはいい機会だった。
勉強していたことや、することの意味とかがわかるようになって。なんでお姉様は本が好きなのかしらって思っていたけれど……私も読書は嫌いじゃなかったのよ。でもそれがとても受動的だっただけで。

良かったことの一番は今まで優しい世界に生きていたのだと知れたことじゃないかしら。
本も勉強も、なんだって誰かが必要なモノや素敵なモノを与えてくれて、そういうモノだと思っていたのね。だからお姉様が羨ましかったの。
 
そんな世界で生きていたから、人が日常的に、悪気なく……なんなら良かれと思って、ごく自然に嘘を吐くことなんて、今まで全く気付かなかった。
自分だってそうな筈なのに、不思議よね。

この頃、ようやく私はほんの少しだけ、憧れていたお姉様に近付けたような気がした。
 



出会った同年代の子達にも素敵な子は沢山いたけれど、お姉様程賢くて美しい子はいなかった。今でもいないわ。

お姉様が誰より素敵なレディになっているのはわかっていたもの。別に思い出を美化していたわけじゃない。
お母様から聞いた叔母様の話や肖像画、それに以前のお姉様のことを考えれば、そうならない方がおかしいじゃない?

今度こそ対等に接して貰えるように私も努力したけれど、もう以前とは違う。

お姉様を羨ましく思う気持ちはあるけれど、そんな素敵なお姉様がいる私って、きっと皆からしたら羨ましいに違いないもの。
だから対等でなく、妹としてでもいいの。
私がお姉様を自慢に思うように『自慢の妹』って思って貰えたら、どんなに素敵かしら。

 私の世界は少しずつだけど広がっていっていて、益々お姉様に会いたくなった。

だけどそれをお母様やお父様に言うのはやめていた。もう信用されていないのはわかっていたから、無駄だと思って。

外に出る為の約束の時は『私だって殿下が倒れたことを忘れたわけじゃない、約束は守っているのにどうして』と悔しく思ったけれど……それが原因で話して貰えないなら、どのみち今は話してくれないのだろうから。
『幼い頃の過ちだった』と思ってくれるまで、約束を守って信用して貰うしかない。

それに、学園に入学したらお姉様に会えるかもしれない。

そう期待していたのだけれど、どうやらお姉様は学園に通わないらしかった。

残念だったけれど『公爵領にいると言え』といわれたくらいだもの。多少の予想はついていた。ただ言われたのが10歳の時だったから、もしかしたらと少し期待しただけよ。

でも──
殿下の婚約者として正式に発表されてもいないようだったのには、流石におかしいと感じたの。




それを知ったのは13歳の時。
ひとつ上のお友達、アシュリー様に招かれた気軽なお茶会でのこと。

お母様の御学友だった方達の御息女として紹介され、知り合った十数人の女の子達。年齢もそれなりに近いけどバラバラで、家格も様々。中には姉妹もいる。お母様は言わないけれど、おそらくどの方も『仲良くしていいお家』のご令嬢なのだろう。

その時はアシュリー様を含め彼女と同い年がふたり、私の同い年が三人、更に下がひとりのとりわけ仲がいい六人。

既に婚約が決まっている方もチラホラいるけれど、集まった六人はいずれも上に兄姉がいるからか、まだ誰も決まっていなかった。
学園で出会った人と婚約することも多い……そんな話から派生した、『学園で人気の高い男子生徒』。

今までは学園の話を耳にする機会はあまりなかったのもあって、アシュリー様達の話には皆、興味津々。
特に素敵な殿方の話になったら、やっぱり盛り上がった。

「やっぱり一番人気はレオンハルト殿下ね!」

殿下のお名前が出て、胸が弾んだ。
学園に通ってないとはいえ、お姉様は殿下の婚約者だもの。お姉様の話もでるんじゃないかって。

(お姉様の話をしてはダメって言われたけど、聞くのは構わないわよね) 

「レオンハルト殿下はとても女生徒からおモテになるのだけど、どんな方のお誘いも『大切な人がいるから』といつも断ってしまうの」
「『大切な人』? 婚約者ではないのかしら」
「だったらそう言うのではないかしら。 でもそれらしい女生徒がいないし、公式な発表もないみたいなのよね。 王子様だからあってもおかしくないと思うのだけれど。 だから『方便では』と諦めない子も多いみたい」
「まあ! 随分罪な方なのね……どんな感じの方なの?」
「まさに『王子様』って感じよ!」
「……」

皆が殿下のことで盛り上がる中、私は別のことを考えていた。
勿論、一向に名前が出る気配がない、お姉様のことよ。

(皆知らないのね……『話せない』とか『話してはいけない』というのは私の信用がないだけかと思っていたけれど、それだけじゃないのかも……)

でもこの時はまだ、そこまで難しい話だとは思っていなくて。
『7歳の時にはもう、婚約者として決まっていたのではなかったかしら?』とかの疑問はあったけれど、まだ幼いふたりだから発表は内輪だけのモノだったのかもしれないし。

なによりお姉様はまだこの時15歳。
この秋が社交界デビュー。
殿下の婚約者だから、社交界デビューはもしかしたら16歳のお誕生日かもしれないけれど。

(きっとデビュタントの際に発表するんじゃないかしら)

そう思ったの。




でも後日アシュリー様から謝罪の手紙が届いて、そうでないことを知った。
それは『勉強不足で、失礼なことを言ってしまった』というモノ。

──殿下の婚約者は7歳の頃から変わらず、お姉様だった。
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