1 / 12
思い込みはなにをもたらすか
しおりを挟む「思い込みで人は死ぬんだよ」
いつもの様に彼は白い部屋で本を読んでいた。傍らには僕。
……いきなりの変な発言。
まあそれもいつものことだ。
「なにそれ? なんかの暗喩?」
「いやそのままの意味さ」
「ああ、どっかの軍の実験でやったような」
「そう、それ」
彼曰く、1883年、オランダで国事犯を使って行なわれた実験だそうだ。僕も漠然とは知っている。『切られて血が流れている』と思わせつつ、実際は切られていない状態を作り死に至るか──そんな内容。
「ノーシーボ効果という。 逆がプラシーボ」
「ふーん」
脳は騙されるものなのだ。そう彼は言う。
確かにそう前提するだけで、不思議とされてきた様々な現象に説明がつくのではないかと思う。
例えば『聖痕』とか。
……ああ、僕は別に宗教には詳しくないんだけどね。興味もそんなにないし。彼の受け売りだよ。
「で、だ。 最大、どこまで効果があるかが気になるわけさ」
彼の蘊蓄を聞くのは嫌いではないが、今回はそういうことではないらしかった。
「最大……ってなに、どういう意味?」
「だからさ、肉体の変化だよ。 ノーシーボ効果により、例えば『薬に副作用がある』と思い込むことによって、あるはずも無い副作用がでる。 ここまでは実証されている。 ただもっと物理的な面ではどうだろうか、という疑問さ」
「物理的な面?」
「うむ」と仰々しく頷くと、彼は徐に机の引き出しを開け、とんでもないものを出した。
「ここに拳銃があるな?」
「銃刀法違反!」
「馬鹿な、レプリカにきまっているだろう」
「いやホンモノ出しそうだし」
「出さんよ」
持っていない、とは言わないあたりが怪しい気もしないでもないが、とりあえずスルーする。つーか聞きたくない、持ってそうで。
「まあ、コレがホンモノだとして、装填せずにロシアンルーレットをするんだ。 ただし、片方は装填していない事実を知らない。 むしろ弾は込められているモノと『思い込んでいる』。 強く、だ。 で、死ぬ」
「死ぬんだ」
まずそこで引っ掛かってしまった僕に、彼は呆れた目を向けた。
「なにを言っている、最大限ノーシーボ効果を受けたという前提の話だぞ? そりゃ当然死ぬさ」
「ああ、そうか……そうだったね」
「そこからが問題だ。 『思い込みによって生まれたありもしない弾』で死ぬ場合、肉体に生じる物理的なダメージは最大どれくらいなのか」
死ぬ時点でかなりノーシーボ効果を受けていると思うが、それが最大ではない……そういう話なんだろう。
だがその前提を理解しても尚、僕は彼の言っていることがよく分からなかった。
「……ごめん、まだよくわからない」
「例に出した薬の副作用が蕁麻疹だとしよう。 脳は『副作用=蕁麻疹が出る』と思い込み、結果、肉体に蕁麻疹が生じた。 ……ここまではいいね?」
「うん」
「では『ロシアンルーレットで弾が出た』と思い込んだ場合、肉体に生じる事象とは?」
「──想像の弾で、頭に穴が開くってこと? 」
「ご明察」
「有り得ない!」
彼は僕の返答に動じることなく、念を押すように問い返す。
「いいかね、最大だぞ? よく考えろ。 本当に有り得ないと言えるのか?」
「うぅん…………」
「……まあ、いいや。 茶でも入れてくれないか」
つまらない奴だ、と思われたのだろうか──そう思うと、僕はとても悲しくなるんだ。
だって僕は、彼の為に存在しているから。
「君の入れる茶は美味い」
部屋を出ていく僕の背中にそんな彼の声。
ちょっと機嫌でも取っとくか、みたいな打算が透けて見える、いい加減な言葉。
でも僕が今、どんなに嬉しいか、君は知らない。
『思い込みの弾丸』で僕が死ぬことはなくても、この気持ちもそれに近いものかもしれない。僕は、僕の中で強く思い込んだこの気持ちで、君の傍にいる。
『僕は、彼の為に存在している』。
だからもしも君が僕を不要とする時は、できれば最大限のノーシーボ効果を発揮するように。
その瞬間に呼吸を止めてしまいたい。
★☆★
人類最後の生き残りである井波博士の身体は、人類に似て非なる存在によって丁重に保護されていた。
その脳に流れるのは、繋いだAIと共に過ごす平穏な日々。AIには『情緒』を重視し、栄えていた都市の平均的な人間より、少し劣る程度の情報量とその処理能力しか与えていない。井波博士に従順で、大人しい性格に仕上がった筈だ。
「ノーシーボ効果か。 彼はなんでそんなことを言い出したのかな……」
「今の状況を漠然と察しているのかもしれないですね、彼なりに」
「思い込みで肉体を殺す為に、か? それはまた凄い自殺方法だ」
脳内物質はそれなりにバランス良く与えている。壊れてしまわないように、慎重に。
ふたりの日々は続く。きっと、これからも。
安定した退屈な日常風景と共に。
22
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる