ライト文芸短編集

砂臥 環

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しらすの中のカニみたいな

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嫁であるミチルと結婚してもう10年になる。

お世辞にも高給取りとは言えない俺だが、密かに小遣いの中から地道に貯め込み、サプライズプレゼントを考えていた。
それは初の海外旅行。──だが、最近のウイルス騒ぎでそれは難しくなってしまった。

せめて国内、好きな場所をプレゼントすることにした。

なにぶん『スイートテンダイヤモンド』よりも『スイーツとう食べ放題』の方を好む、欲のない嫁である。
だからこそのサプライズでもあるのだ。ここは直接的でなく、さり気無く聞き出したいところ。


俺は愛する嫁の為、帰りの道すがらコンビニへと寄った。今流行りに流行っている漫画のコラボ缶コーヒーを買うために。

ミチルは昔からこういうのが大好きなのだ。

学生時代にも、当時流行っていたアニメのコラボ缶を集めていた。もっとも洗って乾かしておいたのに、そこがGの温床になってしまい、恐怖した上捨てざるを得なくなったらしいが。

今はまあ、長くても1年後には捨てる。缶コーヒーの賞味期限が大体1年くらい。期限が切れるその時に飲むのである。保存のやり方は変わったが『物が増えるから』と、涙ながらに捨てる様はとても可愛らしく、出会った頃と変わらない。

(多分これだけで喜ぶんだろうなぁ……)

それを微笑ましく思いながらも、少々もどかしくはある。どうせなら、もっといいモノをあげたいのだ。……だからどちらかというと、旅行の企画は俺へのプレゼントなのかもしれない。

この10年、幸せにしたという証拠のような、なにか確かなものが欲しくて。



俺は高卒で肉体労働者ブルーワーカー。今はそこそこ安定しているが、家は賃貸だし、給料も安い。
結婚式はミチルが『余計なお金を遣うことないよ』と言ってくれて、結局挙げなかった。
あげたのは、大した額じゃない小さな指輪だけ。
ミチルはミチルで、記念日のプレゼントは必ずと言っていい程低額なものか、耐用年数的にヤバくなってきた生活家電を欲しがる。
子供は自然に任せていたが、結局……できなかった。経済的にも厳しい年齢になったせいで、暗黙の了解的に作らない感じになっている。

それでも俺は幸せだが、ミチルはどうなんだろうと時折不安になる。

いつだって彼女は幸せそうだから。



夕食時『そのうち行きたい』ていで、話を振ってみる。さり気無く、旅番組などをかけながら。

「ミチルは行くならどこ?」
「ん? 睦月むーさん、どこか行きたいの?」
「んー…………ミチルはあんまり?」

そう聞くと、『私、主体性ないからなぁ』と言って笑って、味噌汁を飲んだ。

今日の夕飯は、鶏の唐揚げと大根サラダ、レンコンの金平。味噌汁はほうれん草と刻みあげ。それにしらすおろし。

ふとしらすおろしの小鉢を見ると、小さなカニが入っていたのでミチルの小鉢と交換する。

「ん?」
「ほら、カニ入ってるから」
「わぁ! やったぁ~♡ ありがとう、むーさん」

ミチルはしらすの中のカニとかエビが好きだ。味の問題ではなく、言うなればお菓子に時々入ってるレアな形のやつみたいな、そういう意味で。

「むーさんと一緒なら、どこだって楽しいよ。 そうだ、今度のお休み近くの森林公園とか行こうか~」
「森林公園(は無料だ。 全く特別感がない)……」
「え、いや?」
「いやじゃない……そうじゃなくてね……」

半端な問答を繰り返した末……結局俺は、結婚10年の記念に旅行を考えていることを言ってしまった。サプライズにはならないが、喜んで欲しいのだ。旅行にこだわりがないからこそ、できるだけ希望を汲みたいのだから仕方がない。

ミチルは嬉しそうにしつつも、困ったように眉をへにょりと下げる。

「むーさん、私、むーさんと会ってから特別ばっかりだよ?」
「……馬鹿、なに可愛いこと言ってんのよ。 なんにもあげれてないだろ」
「貰ってるよ、沢山……さっきもこれ、私にくれたじゃない」

そう言ってしらすおろしの小鉢を出した。

「いや、あげたって言っても交換しただけだし……」
「カニの方をくれた」
「……そりゃそうかもしれないけど」
「私さぁ、兄妹多いじゃない?」
「うん?」
「しらすの中のカニとか、素麺の色つきのやつって私はいつも貰えなかったんだよ。 基本、早い者勝ち。 上がこだわらなくなると下がごねるようになっちゃって、欲しいって言えなかったし……」

ミチルは明るいけどいつも控え目だ。
その理由は、おっとりした妹であり、しっかりした姉でもあったからのようだ。

彼女の実家はいつも賑やかで、義兄妹達は我が強い。控え目なミチルは家族からの愛情を、自分から積極的に取りには行かなかったのだろう。
親の愛情を子供が充分に感じるのは難しい。
俺にも兄がいるからわかるが、子供の頃はなにをするにも、されるにも、すぐ比べてしまっていた。
しかし、俺はミチルの親ではない。 

「むーさんはしらすのカニもくれるし、素麺の色つきのやつもくれるし、今日もおみやげを買ってきてくれたじゃない」

そう言う嫁に『それは特別なことじゃない』と返すと、ふふふ、と嬉しそうに笑う。



食後、暫くしてからコンビニで缶コーヒーと一緒に購入したエクレアと、ドリップパックのコーヒーが出てきた。

しらすの中のカニ。
色の着いた素麺。
限定イラストの缶コーヒー。
コンビニのエクレア。

そんなものでも……ミチルが幸せそうなら、まあ。
──でも、俺だって毎日貰っている。

エクレアを美味しそうに食べる嫁だが、特にコーヒーが好きな訳では無い。インスタントコーヒーじゃないのは、多分俺のためだ。



結婚は10年だが、同棲も合わせると15年になる。

子供は一度出来たが、羊水検査の結果断念した。自分達でした選択だが、涙が止まらなかった。
ミチルはその時『酷いかもしれないけどちょっとホッとしたんだ。むーさんが取られちゃうんじゃないかなって思って』と言っていたが、言葉通りに受け止めてはいない。
そもそも俺はミチルが居れば良かった。なのに、あれだけ悲しかったのだから。

『幸せ』に定義はないが『人並みの幸せ』には、比較対象がある。

俺がもし、高給取りならなんとかなったかもしれない。そうでなくとも、自分のそれまでの生活を犠牲にする覚悟があれば──結局どちらもなかった俺は、比較に自分を当て嵌めて『人並みの幸せ』を守った。
今より大変でも貧乏でも、そこに幸せはあったのかもしれない……限られた時間を目いっぱい使ってした選択だが、そんな想像は未だにすることがある。


それでも俺は、今幸せだ。



「むーさんの足は温かいねぇ」

冬の寒さが本番になると、冷え症のミチルは俺の足を湯たんぽ代わりにして眠る。

節目の記念だ。やっぱりなんかしたいな、と思う。

寝付きの良い嫁の、幸せそうな寝顔を見ながら。
温かい布団の中で。

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