ライト文芸短編集

砂臥 環

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真実

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「実は地球は丸くなんてないんだ」

唐突に彼は言う。『真実に行き着いたのだ』と。
なにを言ってるのかわからず、怪訝な顔をしてしまっていたのであろう僕に、彼は呆れたように顔を顰め、早口で言った。

「君は未だにそんなこと信じているのかい」
「いや、だって、地球は丸いだろう」
「まるで見たことがあるように言うね。 そもそも見たことがあるにしても、君は自分の見たものをそのまま信じているというのか? まったくナンセンスだ」

どちらかと言うとナンセンスなのは彼の方だと思うのだが、僕は黙っていた。何故なら彼は語らせると長く、ディベート的なやり取りを好むので面倒だったから。

しかし僕はその判断を少し後に後悔した。

家に帰った僕は特にすることも無く、いつものように二階の自室のベッドに転がってスマホを弄っていた。するとどうだろう、ネットニュースには彼が先程言っていたような事柄が書かれているではないか。
なんの冗談だ、と思い、次々と検索を重ねるも、出てくる記事は皆同じようなモノ。

『【衝撃】地球は丸くなかった』

「そんな馬鹿な」

おもわず独り言ちる。だがどこを見てもあたかもそれは真実であるかのように書かれている。──僕は混乱した。
色々なSNSもその話題でもちきりで、驚きの声こそあれ、それを否定する者はいない。一般人だけでなく、政治家も、名だたる大学の教授も、宇宙飛行士まで。

検索を重ねているうちに目が疲れたせいか、いつの間にか寝落ちしてしまっていた。とにかく寒くて覚醒しないまま一度、身体の下になっている布団を引っ張ってぐちゃぐちゃのまま身体に巻き付けたのはなんとなく覚えている。
窓の外は真っ暗で、部屋の中も真っ暗、オマケにスマホの画面も真っ暗だ。

「やべ、0%じゃん」

スマホを充電しつつ再び検索をしようとすると、一階から『夕御飯よ』と母の声。そういえばTVはどうなっているのだろう。



「ちょっと、今観てるんだけど!」
「少しだけだよ」

居間のTVはバラエティ番組がついていて、妹から顰蹙を買いつつチャンネルを変えてニュースにする。しかしやっているのは都内での当て逃げの話。他局のニュースでは政治の話だった。
妹がうるさいのでバラエティ番組に戻して、ダイニングテーブルのいつもの席に座る。

「なにが観たかったの?」
「別に、もういい」

妹は「変なの」と言いながらもさしたる興味もない様子で、TVを気にしつつ母の手伝いをしている。母は帰りの遅い父の為のおかずにラップをかけ、冷蔵庫にしまう。いつもの光景に僕は少し安堵しながら食事を摂り、風呂に入った。

(しかしなんだってあんなことが?)

こうなると俄然スマホが気になる。なにか変なウィルスでも仕込まれたのではないだろうか。彼は変わり者だから、自分の言いたい事の為にそういうことをしないとは言い切れない。
変わり者とは言っても普段からそんな変なことをするわけではなく、言動にいつもどこか毒があるだけだが『アイツならやりかねない』と妙に納得してしまう気がする。
僕は妹のスマホを見せてもらうことにした。

そこに先程の記事はなく、ホッとしたのも束の間。
よく見ると当然のように『地球はレモン型』だと書かれていた。画像もある。まるで特別なことでもないように。 

「ねぇ、まだ?」
「なあ、地球はどんなかたちだっけ?」
「は? 何をいきなり……

地球はレモンみたいなかたちでしょ?」


どこから、いつからそうなったのか。
僕の常識だと思っていたものは、常識ではなくなっていた。

僕だけが世界に取り残された気がして、その孤独とあまりの気持ち悪さに嘔吐した。

だが日々は続いていった。まるで何事もなかったように。
真実がなんなのか、僕にはまるでわからないのだと気が付いて、いつしかそれも忘れてしまった。

スマホを開けばそこにはレモン型の地球。

『君は自分の見たものをそのまま信じているというのか? まったくナンセンスだ』

彼の言葉が事ある毎に甦ったのも、もう昔のことだ。
卒業後、彼と会うこともなくなった。今では思い出すことも無く、日々を過ごしている。
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