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鶯谷君の婚活
しおりを挟む「…………大河内さん、どなたですか」
物凄く嫌そうに鶯谷君は言った。
そりゃそうだろう。
戻ってきたら自分の席に知らんヤツがいたら、そりゃ不機嫌にもなる。
しかもこれから恋愛相談をしようと思っていた矢先のことだ。
(それともフラれちゃったんだろうか……)
色々聞きたいところだが…………
やっぱ邪魔だな、高井戸。
「おっすオラ高井戸! 大河内 渚の友達だ! 失礼、ここアナタの席でしょ? ささ、どうぞどうぞ!」
高井戸は基本、空気を読む、と言うより作る感じの人間だ。
鶯谷君の不機嫌そうな空気をものともしない超合金メンタルで、何故かドラ○ンボールの主人公の真似をしながら自己紹介を行いつつ立ち上がり席を譲った。
それに鶯谷君は少し怯んだようだったが、わからんでもない。
三十路過ぎてるのに、このノリ。
しかも初対面なのに。
馴れ馴れしいっちゃ馴れ馴れしいが、持ち前の愛嬌でカバー。
高学歴なのに、高井戸が私の中で賢い人枠に入らないのは彼がこういう感じだからだが、就職しても変わってなくて安心した。
「鶯谷君、この酔っ払いに見える人、本当に私の友達。 たまたま会っただけで、絡まれてる訳じゃないから」
「あ、俺こういうものですぅ」
そう言って高井戸は鶯谷君に名刺を渡す。
「ご丁寧にどうも……ですが、自分は名刺を切らしてまして。 申し訳ない」
「全然いっすよ。 こちらこそお邪魔しまして申し訳ない! すぐ消えるんで。 じゃ~な、ナギ」
意外にアッサリと、高井戸は連れの人達の席に戻っていった。
警戒していた私がアホみたいだ。
「『ナギ』って呼ばれてんですか? 仲良さそうですね」
「ああうん一番仲良いね、男友達で」
「ふーん………………………………大河内さん、そういえば新谷さんにも『渚先輩』って呼ばれてましたね」
「うん、『渚って名前可愛いです~』って」
「確かに可愛いですよね。 ……渚。 ……ナギ。 俺もそう呼びますね。 渚さん、ナギさん、どっちがいいですか?」
何故か名前呼びをすると言い出した鶯谷君。
私は大河内という名字の響きが気にいっているので、名前呼びをする人はそんなに多くないのだが……
一人だけ名字呼びに、そんなに疎外感があったとは。
(鶯谷君、寂しん坊だなぁ……)
考えてみればウチに入り浸ってるのも、寂しん坊だからか。
そうだ、彼はツンデレなのだった。
「いいよ、渚さんでもナギさんでも。 ちょっと『さ』が多いだけだし」
それより早よ! 恋バナ早よ!
『恋の話』略して~?
恋バナ~!
……と滅多にテレビなど見ることのない、まだ学生時代の平日昼間にやっていた某番組の有名フレーズが頭に過るが、鶯谷君は何故か自分の話ではなく私の恋バナを聞いてきた。
「……渚さんとあの人、付き合ってたんですか?」
「んえ? 高井戸? ないない。仲良すぎてそういうの勿体無いし」
そう、勿体無いのだ。
異性の友達というのはなかなか面白い。性差のあられもない部分についても平気で話せる友人は特に稀有である。
ヘタに男女の仲になんぞなって、そんな話をできなくなるのは勿体無さ過ぎる。
高井戸は男子としても魅力的だとは思うが、友達として付き合うのでも充分魅力的だ。
むしろ男女間の面倒さを考えると、友達の方が魅力的であると言える。
「高井戸も同意見だったから、ずっと友達。 互いに別の恋人がいたときもあるけど、フツーに遊んでたし」
「へー…………変わってますね」
「そんな変わってるかな? まぁ、高井戸は確かにちょっと変わってるけど。 大体高井戸は誰とでも仲良くなれるから……」
以前高井戸と結婚や同棲について話をしていたときに、彼が言った言葉は今でも印象に残っている。
「俺、大抵の人とは楽しく暮らせる気するけど、米は固め派じゃないと無理かもしれないわ~」
彼曰く、「おかずの好みは堪えられるけど、米だけは無理」らしい。
「ていうか高井戸の話はもういいよ。 それより鶯谷君は私になんか話したいんじゃないの?」
「あ、流石に渚さんでも気付きますか」
「流石にってなんだよ」
馬鹿を馬鹿にすると、お前が馬鹿なんだぞぅ。
小学生の様なことを思いながら、酒を注文する。そろそろビールに飽きてきたので、最初に新谷さんが頼んでいたやたら長い名前の、キウイがいっぱい入ったヤツにしてみる。
キウイ好き。
図鑑で見た鳥のキウイも好き。
あれはなかなか珍妙で可愛い。
もっとキャラクターとして使われてもいいと思う。
「渚さん、婚活はどうなってます?」
「婚活…………」
どうなってるもなにも、どうにもなってねぇっての。
何故ならすっかり忘れていたのだ。
「そうですか、俺はしてたんですけど」
「え、そうなん」
「で、色々考えた結果……ゆっくり進めようと思っていたんです。 さっきまでは」
鶯谷君ってばいつの間にか婚活してた上、新谷さんに目を付けて、ゆっくり関係を育もうとしてた訳だな?
頻繁にウチに入り浸ってた癖に、何て有能なヤツだ……!
……恐ろしい子ッ!!
「さっきまでは? じゃあやっぱりさっきのって……嘘?」
仕事の話なんかじゃなく、告白をするために連れ出したんだな?
私がそう言うと、鶯谷君はまた不機嫌そうな顔で……ただ今度は照れたように目を逸らした。
「……当たり前でしょ。 ちょっと考えればわかる。 ……ふたりになりたかったんです」
「あ、気付かなくて……ごめん」
気が利かなくてすまない、鶯谷君。
反省した私だったが、鶯谷君は急にクスリと笑いを溢し、嬉しそうな顔をした。
「…………全然気づいてない風だから、どうしたもんかと思ってたんですけどね。 意外と話が通じて今ビックリしてます」
「そりゃアレだよ。 私だっていい大人だよ? わかるよ。 ……それに、私も鶯谷君が話してくれるの、待ってたんだからね? 高井戸とは超久々だけど、それよりも」
「………………ッ!」
鶯谷君は結構酒を飲んだにも関わらず、一向に変わらなかった顔を急激に真っ赤にした。
「じゃあ……返事は期待してもいいんですね?」
「ん? …………んん、無責任な事は言えんよ…………当事者じゃないし」
「………………は?」
「え?」
「「……………………」」
ふたりの間に沈黙が流れた。
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