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しおりを挟む私は見てしまった!
学園で、エリオットがリリスを誘っているところを!
――そういうわけで、私はいま一人でオペラハウスに来ている。
見逃す訳にはいかない。私にはエリオットの婚約者として彼の恋愛を見届ける義務があるのだから!
私は支配人に頼んで彼に渡したボックス席が見える席に案内してもらった。さすがお父様。お父様に感謝。
真っ暗な場内をオペラグラスで見渡す。
後頭部の寂しいおじさんと若い女性、中の良さそうな老夫婦、アツアツのカップル。
私はこの時間が一番好きだ。
彼らにとっては迷惑かもしれないが、楽しくて仕方がない。
一通り見終わったあとに、あるボックス席に二人の男女がやってきた。
絶対、エリオットだわ!
私はオペラグラスでその席を監視し始めた。
私の見立て通り、エリオットとリリスのふたりがそこに居た。
エリオットは紳士らしく、リリスと開演までの他愛ない会話を始めた。
これが良いオペラグラスだからか知らないが、エリオットが笑っているように見える。リリスも楽しそうだ。
エリオット、これは脈アリよ!
そう叫びたいのをぐっと堪えて、その代わりにオペラグラスの柄の部分をぎゅっと握りしめた
公演が始まり、私は贅沢にもオペラをバックミュージックに、エリオット達を観察していた。
エリオットが口元に当てた手を肘掛に戻す時、丁度リリスの手が肘掛にあり、ぶつかってしまった。
エリオットはすぐに謝罪をするが、リリスは満更でもなさそうだった。
エリオット、あなたやるわね。
結局私は休憩中も観察を続け、公演が終わるまで飽きることなく観察していたのだった。
「ああ!疲れた!一点を見つめるのってとても疲れるのね……」
そこで私はお腹がすいていたので、オペラハウスの近くにあるレストランに向かうことにした。
たまには外食でオシャレなものが食べたいという日もある。
うちのシェフの作る料理は、味は美味しいのだけど古風な料理が多い。だから私は王都のきらきらとしたハイカラな料理に憧れてしまうのだ。
私は浮き足立って、レストランへの道を急いだ。
「すみません、そちらのレディ」
私は止まることなく歩き続けている。
「すみません、そこの綺麗なミルクティー色の髪をしたレディ」
私はさりげなく周りを見渡した。そんな人がいるらしい。
「すみません、そこの浮き足立っているミルクティー色の髪をしたレディ」
私のことだったのか。
私はゆっくりと減速して、やおらに振り返った。
「ああ、やっと止まって頂けましたね。レディ、あそこのレストランに行かれるのでしょう?」
振り返って見ると、黒髪を束ねて横に流している貴公子然とした男が挑発的な笑みを浮かべて話しかけてきた。
「あら、何か御用ですか?」
「貴女があまりにも美しいから、思わず視線を頂戴したくなりました。私と一緒に食事でもいかがですか?」
歯の浮くようなセリフを聞き、私はようやくナンパなのだと気がついた。
まさか、私はこんなに地味なのに。どれだけ女性に飢えているんだこの人は。
「まあ、そうでしたの。でも私、見ての通りあまり美しくないですの。他の方と見間違えたのではなくて?」
「いいえ、違いますよ。間違いなく貴女なのです。お名前を伺っても宜しいですか?」
面倒なことになった。彼はこんなにも見目が整っているというのに、私をナンパするなんて。有り得ない。
それにこの事がお父様にバレたらかなり面倒なことになる。私が今から行こうとしているレストランはオペラハウスと同じく父が出資している店舗の系列店だ。
多分、というか確実にバレる。
「わ、私は名乗るほどのものではありません!帰りますので!」
「まあ、そう気になさらずに。この私めに名前だけでも教えてください」
し、しつこい!誰か……と思っても、皆知らんぷりして去っていってしまう。
彼の右手が私の手首を掴んだところで、何かが私たちの所に勢いよくやってきた。
「貴様!私の婚約者に何をしてる!」
エリオット、あなた、格好つけてるけど私に体当りしたようなものよね?
「君、婚約者が……」
黒髪の彼は虚をつかれたようで、先程まで湛えていた自信溢れる笑みを引き攣らせている。
「おい!貴様、聞いているのか!私のルーナに軽々しく声をかけるなよ!」
エリオットはものすごい剣幕で黒髪の彼を怒鳴った。両の手で思い切り胸ぐらを掴んでいる。
そろそろ手が出そうなところで、私は止めることにした。
「エリオット様、もう良いのです。貴方が犯罪者になってしまったら悲しいですわ」
震える拳をさらに強く握り、エリオットは私の方を向いた。
「……すまない」
先程までの怒りに満ちた表情から一変して、エリオットはポーカーフェイスをつくり始めた。
それより、リリスは?彼女はどこに行ってしまったの?
「エリオット様、リリス様はどちらへ……」
「……君、見ていたのか」
エリオットの表情や声色は変わらないものの、しまったと思っているような気がしている。逆にそう思ってくれないと困る。
エリオットは頭を掻き、ため息をついた。
「あそこのレストランで話をしよう」
そう言って指さしたのは、私が行こうと思っていたらレストランだった。
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