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その夜
しおりを挟む雪が降っていた。
静かに静かに。柔らかな雪はただただ降り積もる。
傘を持たない私の肩にも雪は落ちては消えを繰り返し、なのにいつのまにか少し積もっていた。
「どうりで寒いはず、だよ」
私はかじかむ手に息を吹きかけ、そして。
「ふ、ふえ」
今までこらえていた涙を流した。
こんなに寒い雪の夜だからこそ、二人で暖かい部屋でシチューを食べて、借りたブルーレイでも見ようと思っていたのに。なんで私は一人雪の中を歩いているんだろう。
***
確かに喧嘩が増えていた。付き合って三年。お互いが見えてきて、自分を見せられるようになって、遠慮がなくなって。でも、喧嘩する度お互いの理解がさらに深まる気がして、私は気にしていなかった。仲直りができるのだから大丈夫、と。
仕事の帰りに祐也の住むアパートに寄って、
「シチュー作るから待ってて」
と買い物した袋から野菜を出して、切り始めたところだった。
「彩乃。あのさ、シチューはいいから」
祐也の言葉に私は、
「シチュー、嫌だった?」
と見当違いな言葉を返して、祐也の方を振り返った。祐也は私を見ていなかった。手にした雑誌をパラパラと読んでいるのかいないのかわからない感じでめくっていた。そしてそのまま言った。
「俺たち、別れようか」
あまりに唐突に、まるで「ご飯食べようか」と言うように言われて私は理解が出来なかった。
「え? 何?」
祐也はここでやっと私を見た。
「別れようか」
***
「え……。なんで?」
私はおかしくもないのに中途半端な笑みを浮かべて祐也に問う。
「最近会っても喧嘩ばかり。なんか、恋人って言う雰囲気じゃないよな」
「そんな……! でも、仲直りするじゃん! 理解も進むよ?」
「理解……。俺たちは合わないっていう理解か?」
私はバケツで水をかけられたような気がした。祐也と私の決定的な違いが見えた気がした。
「違う、よ……。お互いの性格の理解、だよ……」
もう何を言っても無駄なのはどこかで分かっていたが、口から言葉がこぼれた。
「俺、もう疲れたよ。……別れてくれ」
私はその場にへたり込んだ。作りかけのシチューはどうするのかな、なんてどうでもいいことを考えた。涙が浮かんだけれど、流さないように上を向いた。もう、終わったんだな、と実感はわかないけれどぼんやりと思った。
「私は祐也との時間、楽しかったよ。今までありがとう」
玄関のドアを開く前に私が言うと、祐也は私の方を一度見て、下を向いた。
「……ごめんな」
祐也の蚊の鳴くような声が聞こえた気がした。何にごめんなんだろう。別れることに? 謝るくらいなら別れないで欲しかったよ。
「じゃあ、元気でね」
私は言って、ドアを開けた。
雪が降っていた。
***
その夜、僅かに積もった雪の上を泣きながら歩いて駅に向かった。電車内では泣くのを我慢して、また駅から自分の家まで泣きながら帰った。雪が電車に乗る前より増えていて、歩くとザクザクと音がした。
雪が心にも積もっていく。一人はなんて寒いんだろう。
パンプスの中が濡れて冷たい。住んでいるアパートに着いた時には頭の上にも雪が積もっていた。
***
二年が経った。
雪が降っていた。
私は二年前を思い出して、涙があふれそうになるのをこらえた。
今日も傘を持ってきていなかった私は、ため息を一つついて足を踏み出す。駅からアパートまでは15分ぐらいだ。
「木村さん。傘、ないんですか?」
後ろから男性に声をかけられ、私は驚いて振り返る。
「同じ駅だったんですね」
傘を差しだしていたのは同じ会社の早乙女さんだった。笑った早乙女さんを始めて見た気がする。いつも仕事中は、構うなオーラが出ている人だったから。
「僕はすぐ近くなので、これ、使ってください。じゃあ!」
早乙女さんはまた笑って、左に進路を変えると歩いて行った。
男性の傘は大きくて、ちょっと重かった。
私は傘をお供に雪の中を歩き始める。ザクザクとあの日のと同じ音がする。でも、心は傘の分だけ軽くなった。私は祐也を忘れようと思った。
了
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