白銀オメガに草原で愛を

phyr

文字の大きさ
5 / 78
草原

05.嫌なものは嫌

しおりを挟む
 ルイドを下りてククィツァたちのユルトに近づいていくと、二人分の人影が中から出てきた。親子のように、仲良く寄り添っている。

「おかえり、二人とも」
「ただいまー、イェノア」

 手綱を投げ出してイェノアに抱きついたククィツァに構わず、馬が勝手にユルトの横へ回っていく。自分の帰る場所がわかっているのだろう。
 相変わらずだと苦笑したユクガの前に、おずおずと小さな人影が進み出てきた。

「……おかえりなさい、ユクガ様」
「……ああ、ただいま」

 ユクガとキアラは、ククィツァたちのように、熱烈に抱き合うような関係ではない。挨拶のつもりで何度か撫でてやると、キアラがそっと自分の頭を押さえた。

「どうした」
「今のは、何というのですか」

 単語を言わなかったということは、行為のことだろうか。
 確認のためにもう一度キアラに手を伸ばし、頭を撫でながら教えてやる。

「……これのことなら、撫でる、という」
「なでる」

 イェノアか誰かが、すでに撫でていそうなものだが。
 そういえば体に合った服を着ているし、きちんと靴も履いている。イェノアがうまく調達してくれたのだろう。
 イェノアに礼は言っただろうか、食べられそうなものを探して夕食を食べさせなければ、今日何をしていたのか聞いておいたほうがいいか、とやるべきことをまとめていくユクガの前で、キアラがこて、と首を傾げる。

「ユクガ様の、なでる、好きです……?」

 一瞬、何をすればいいのかわからず固まった。

「……キアラ」
「はい、ククィツァ様」

 ろくでもないことを考えていそうなククィツァがキアラを呼んで、こそこそと耳打ちしている。絶対にろくでもないことを教えている。
 しかしやめさせる前に密談が終わってしまい、キアラがとことこと近づいてきて、ユクガの服の裾を掴んだ。

「ユクガ様に、撫でていただくのは、好きです」

 そこまでろくでもないことではなかったが、ユクガの反応を見て面白がっているのは間違いないだろう。
 勘違いさせないようため息をつくのは耐えて、キアラを抱き上げ、抱え込むようにしてよしよしと撫でてやった。こうすればキアラからユクガの顔は見えないので、存分にククィツァを睨みつけることができる。

「気に入ったならいくらでも撫でてやる」

 そのうち馬の乗り方も教えなければいけない。仔馬が生まれる時期は過ぎてしまったが、市に行けば売れ残りはいるだろうか。
 いや、キアラが乗るなら気性の穏やかな馬のほうがいいし、そういう仔馬はさすがに残っていないだろう。
 それまではルイドに付き合ってもらうか、と愛馬を振り返ろうとしたユクガの耳に、小さな問いが聞こえる。

「……私から、何も差し上げていないのにですか」

 どうにも、人から何かを受け取ることが下手らしい。

「お前は撫でられていればいい」
「……わかりました」

 気づくか気づかないかくらいの繊細さで、キアラがほんの少し頬をすり寄せてくる。応えるようにまた撫でてやると、喜んでいるような気配がした。

「イェノア、キアラの服と靴を調達してくれて助かった。ありがとう」
「気にしないで。みんなにおさがりがないか聞いただけだから」

 男たちが外に出ている間、女たちは集落に残って糸を紡いだり、家仕事を片づけたりして過ごしている。その集まりで、キアラの服と靴のことを頼んでくれたようだ。

「ついでに晩ごはんも食べていって。キアラに手伝ってもらって、四人分用意したの。ね、キアラ」

 イェノアの呼びかけに答えるようにしてキアラがもぞもぞと体を起こし、頷いてみせる。

「私も、お手伝い、しました」

 手伝い、という言葉は今日知ったらしい。どこか誇らしげに見えるキアラに表情を緩ませ、ユクガはまた撫でてやった。

「なら、食べていこう」

 キアラを下ろしてルイドをククィツァたちのユルトに繋がせてもらい、水と飼い葉を与えておく。本格的な世話は帰ってからだ。
 ちょこちょこと後ろをついてくるキアラを待って、ユクガはユルトの中に入った。

「お、ごちそうだな!」

 並べられた料理を見て、ククィツァが調子のいい声を上げる。ごちそうといっても仰々しいものはなく、昨日の宴に比べればささやかな家庭料理といったものが並んでいるが、キアラを気づかってのことだろう。ククィツァはそういう配慮のできる男だ。

 用意されていた円座にユクガが腰を下ろすと、キアラがおずおずと隣に座った。ククィツァの傍にはイェノアが座っているから、真似をしたのだろう。

「どれを手伝ったんだ」
「この、スープと、あの……まく、お食事、です」

 料理の名前までは覚えられなかったらしい。頷いて、薄く平たいパンを手に取って野菜と肉を巻いて口に運ぶ。
 じっと見つめられながらというのは少々居心地が悪いが、自分が作ったものを誰かに食べさせて、どんな反応をされるか、気になるのも理解はできる。手伝ったといってもおそらく、食材を渡したり、道具を渡したりといった程度で、材料を切ったり味つけや火加減を見たりはイェノアがやったのだろうが、それでもキアラにとっては大きな一歩だっただろう。

「うまいな」
「うまい……おいしい、ですか」
「ああ」

 ほんの少し、笑っただろうか。どこかぼんやりしていて表情も乏しいように見えていたが、何も感じていないわけではないのはわかってきた。もう少し笑うようになればきっとかわいいし、自発的にいろいろできるようになればもっと体も成長するだろう。

 かわいい?

「スープもうまいぞ、キアラ」
「おいしい、ですか」
「おう! 毎日でもいいくらいだ」

 調子のいいこと言って、とイェノアにつつかれているククィツァを、キアラがじっと見つめている。その横顔はどちらかというと美しいという言葉が相応しいはずで、かわいいという印象ではない。
 ユクガの視線に気づいたのか、キアラがふっと見上げてくる。

「スープは召し上がりますか」
「今から飲む」
「はい」

 保存用に煮込んだ肉と、残りの野菜を一緒に入れて作るスープもありふれたものだ。

「……うまいな」
「おいしいですか」
「ああ」

 ほとんど表情は動かないし声色も変わらないのに、いちいちキアラが喜んでいるのがわかる。
 それをいちいちかわいらしいと思っている自分にも気づいてしまった。

 かわいいという言葉には、主観が多大に含まれている。

 無言でまた肉と野菜をパンで巻いて口に運びかけ、ユクガはキアラが何も食べていないのに気づいた。

「……食え」

 パンを口元に持っていってやると、小さな口が遠慮がちに端っこを齧りとった。飲み込んだのを見計らってまた近づけ、きちんと食べさせる。
 いや。

「肉が嫌か」
「……い、いいえ……」

 嫌いでなければ、肉をよけて食べたりはしないだろう。ユクガをじっと見上げるキアラは、怖がるような顔をしている。ユクガに対する反応なのか、今までの経験からの反応なのか、どちらだろうか。
 ただ、キアラの行動を思い返してみても、嫌かと聞いて嫌だと答えがあった記憶がない。

「キアラ」
「……はい、ユクガ様」

 名前を呼んだら返事をしろと教えて、それを律儀に守っているのがいじらしい。
 キアラと接していると、どうにもむず痒い感覚になる。

「嫌なものは、嫌と言っていい」

 ぱたり、と銀色の睫毛が動く。

「肉は嫌か」

 ややあって、キアラがそっと頷いた。

「何が嫌なんだ」
「……においが、あの……」
「そうか」

 あの小部屋で食べていた肉のにおいが薄かったのか、そもそも肉を食べつけていないのか。
 食べてこなかったほうだろうと判断して、ユクガは手に持っていたパンをさっさと腹に収めた。それから新しくパンを取って野菜だけを巻き、キアラに渡してやる。

「これなら食えるな?」

 手に持ったパンとユクガの顔を交互に見つめ、キアラがほわりと空気を緩めた。

「ありがとうございます、ユクガ様」

 昨日教えたので、今日はユクガのためにパンを捧げ持って待つことはないはずだ。大事に両手でパンを抱え、ゆっくりと食べ始めるのを確認して、ほっと息をつく。

「好きなだけ食え」
「……よろしいのですか」
「食卓を囲んでいるときは、食卓についている全員で食事を楽しむものだ」

 キアラが小首を傾げたが、ユクガは向かいからの視線のほうに顔を向けた。
 浮かべている笑みの種類はともかく、ククィツァとイェノアが微笑ましそうにこちらを眺めている。

「……何だ」
「お前がそんなに甲斐甲斐しい男だったとはなぁ」
「大事にしてるのね」

 ククィツァはともかく、イェノアの言っていることは否定できない。
 返事をスープで飲み込んだユクガの横で、キアラが小さく呟いた。

「……おいしい、です」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する

竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。 幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。 白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。

[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません

月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない? ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...