白銀オメガに草原で愛を

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静嵐

52.力なきもの

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 王都での礼拝に出てみても、礼拝堂に集まっている人の数は以前と変わらないように感じられる。ベール越しだから正確な数はわからないにしても、精霊たちの様子や人の気配を探って、キアラは心の中でだけ首を傾げていた。
 キアラに対して、神子の力が弱いせいで生活が苦しいのだと思っている人は、確かにいるはずだ。宮殿の中の廊下でささやき交わす人がいたこともあったし、あまり聞かせたくなさそうだったが、ルガートから王都以外の人の話として、そう聞いたこともある。
 しかし、礼拝堂には相変わらず多くの人がいて、毎回熱心に通ってくる人さえいるらしい。

 ヨラガンが美しい草原であるように、ヨラガンの人々が健やかであるように祈りながら、礼拝堂の中と外、王都の中と外のことを考える。

「神子様」

 総主に声をかけられて、キアラは祈っていた手をそっと下ろした。差し出された手を取って立ち上がり、恐ろしいくらいにじっと見つめられる中を進んで、礼拝堂の大きな部屋を出る。ぽわぽわと、風の精霊が人々の間をすり抜けるように飛んできて、キアラの髪で遊んでいく。
 合間に何かの物音が聞こえるような気がするのは、何だろうか。人の声のようにも感じられるが、精霊と話ができたことなどないし、そもそも精霊が人のように話してくれるのか、よくわからない。

 ただ、施療院につくと遊んでいた精霊もどこかへ行ってしまったので、ミオとシアに手伝ってもらいながら、キアラは病人やけが人の間を回っていった。けが人はそうそう増えはしないだろうが、確かに病の人の数は増えている気がする。よく気をつけてみれば、並べられたベッドの数は明らかに多くなっていた。
 薬を作る量を増やしたとしても、確かにこれでは追いつかないかもしれない。

「……神子様、そろそろ……」
「もう、なくなってしまったのですか」

 ミオに止められて、キアラはベッドを覗き込んでいた体をゆっくり起こした。一人ひとりと言葉を交わして、気持ちを通わせながら薬を配っているから、どうしても時間はかかってしまう。それでも大部屋二つくらいは回れていたはずなのに、今は二つ目の部屋の途中だ。

「神子様……助けて、ください……」
「あ……」

 隣のベッドから手を伸ばされて、服を掴まれる。その手を振り解くわけにも、かといって手を取ることもできず、キアラはただ立っているしかできなかった。

「おお、神子様、こちらでしたか」

 そこにつかつかと総主が入ってきたかと思うと、キアラの手を取った。

「そ、総主様」
「おや、離しなさい」

 力なくキアラを掴んでいた手があっさりと総主に振り払われて、だらりとベッドから垂れ下がった。声をかける間もなく総主に引っ張られて、大部屋から連れ出されてしまう。

「総主様、あの、いったい」
「お願いがございましてな、どうぞこちらへ」

 柔らかく頼むような言い方だが、総主の手はキアラをしっかり掴んでいるし、有無を言わさず連れていかれている。ベールをつけていることにも、この服装にも慣れたから転びはしないが、少々強引だ。
 後ろをついてきてくれているミオとシアのほうを向く余裕もなく、連れてこられた小部屋で座らされた椅子は、少し硬かった。

「申し訳ありません、急いでおりまして」
「お急ぎ、でしたか」

 キアラのほうも少し息が上がってしまって、胸に手を当てて息をつく。ミオとシアが傍に来てくれてほっとしたものの、ぞろぞろとまた別の人たちが入ってきて、キアラはきゅっと手を握りしめた。

「難しいお願いではないのですよ。ただ、今からいらっしゃる方々に、神子様手ずからこちらをお渡しいただきたいのです」

 総主の後ろに控えていた人が、手に持った籠の中身を見せてくれる。水か何かの入った美しい小瓶がいくつも入っているようだが、何なのだろう。

「総主様、そちらはいったい……」
「薬です。神子様にご協力いただきましたでしょう?」
「え……」

 薬は先ほど、使いきってしまったのではなかったのか。
 戸惑って顔を向けるキアラをよそに、総主が話を続けていく。

「医者にかかることはできても、どうしても病が治らない、という方々もおりましてな」

 キアラの神子としての力を頼った薬は、医者にかかることもできない、貧しい人々のために使うと知らせてはいるのだが、どうしてもと頼み込んでくる人々もいる。ずっと応じずにきたのだが、それでも必死で懇願してくる人を断り続けるのも忍びない。

「そこで、心ばかりのご寄付をいただいて、薬をお分けすることになったのですよ」

 売り物というわけではないので、あくまで寄付に対してのお礼、という体裁を取る。それでも高額な寄付をしてくれる人もいるから、感謝の気持ちとして、神子が手ずから薬をお渡しする、という形にしたい。

「ご協力いただけますか」
「そ、れは……」

 医者にみてもらうこともできず苦しんでいる人たちに分け与える分は、すでになくなってしまっている。今から薬をもらいに来るという人たちも、病が治らずつらい思いをしているのかもしれないが、それでも、先ほどの大部屋にいた人たちのように、明日をも知れぬという状態ではないだろう。
 総主のしようとしていることは、実質的に、キアラの血から作られた薬を高額で売ることでしかないのではなかろうか。貧しい人たちを、見捨てることにはならないのか。

 ためらっていたら、総主の後ろにいた人々が突然、ミオとシアを床にねじ伏せた。驚いているうちにキアラも囲まれていて、恐ろしさに身がすくむ。

「なに、を、なさるのですか」
「ご協力いただけないと、私も困ってしまうのですよ」

 総主が手を動かすと、動けない状態のミオとシアを囲んで、人々が足蹴にし始めた。

「お、おやめください……!」

 止めに入ろうとした体を椅子に押さえつけられて、人が蹴りつけられる生々しい音と、ミオとシアのうめき声が部屋に満ちる。

「おやめくださいっ、おやめ、くださいっ……総主様……!」
「ご協力、いただけますか」
「いたします、お手伝いいたしますからっ……おやめください……!」

 また総主が手を振り、周囲にいた人々がさっと身を引いていく。急いでミオとシアの傍に膝をついて、必死で二人に呼びかける。

「ミオ、シア……!」
「……う……」
「神子、様……」

 意識がある。
 よかった、と息をついて二人を撫でていたら、腕を掴まれて引っ張り上げられてしまった。肩や、掴まれているところが痛い。

「お待ち、ください、ミオとシアのけがを」
「薬をお求めの方も、ずいぶんお待ちいただいているのですよ、神子様」

 わらわらと周囲を囲まれて、ミオとシアを残したまま、別の部屋に連れていかれてしまう。誰も部屋に残ってくれないようだが、ミオとシアの手当てを誰に頼めばいいのかわからない。

 困惑したまま連れていかれて足を踏み入れた先の部屋は、まぶしいくらいに絢爛だった。扉からまっすぐ重厚な織物が敷かれ、やや奥まったところに煌びやかな椅子が置かれている。椅子の周囲には豪奢なとばりのような布が垂れ下がっていて、椅子を覆う天幕のようだ。

「神子様、こちらへ」

 導かれた椅子は背もたれも足も複雑な装飾が施されていて、キアラが座ってもいいのかためらわれるほどだった。座るよう促されたのでおそるおそる腰かけると、人が群がってきてベールの位置や服を直される。先ほどの小部屋の椅子より座面が高く、足が床につかない。

「総主様、ミオとシアを」
「よいですか神子様、今から来る方々に、このものがお渡しする瓶をそのまま授けていただければ構いません。お話しなさる必要はございませんゆえ、ご安心ください」
「……はい」

 取り合う様子もない総主に気圧されて、キアラはおずおずとうなずいた。
 今、総主にミオとシアのことを頼もうとしても、何も聞いてもらえそうにない。総主の言う通りに瓶を手渡す仕事をして、そのあと急いで戻ったほうがよさそうだ。

「始めよ」
「はっ」

 キアラを押さえつけた一人が部屋を出ていき、しばらくして人を伴って戻ってきた。目を引くようなつやつやの布でできた服の、体格のいい男性だ。

「おお……こちらが神子様……」
「ようこそお越しくださいました、ツォルシュード殿。さ、お受け取りなされませ」

 事前に説明された通り、小瓶を受け取って、キアラの前にひざまずいた男性に向かって差し出す。瓶を受け取りついでに男性が手を撫でさすってきて、キアラはベールの下で顔をしかめた。

「なんと滑らかな……」
「ツォルシュード殿」
「ああ、申し訳ありません。ありがとうございます、神子様」

 総主に止められて手を引っ込め、男は小瓶を受け取ってそそくさと出ていった。

 そうして性別も年齢も様々な人々がやってきて、キアラからありがたそうに小瓶を受け取って帰っていった。べたべた触ってくる人もいたし、感極まって泣き出してしまう人もいた。
 すべてが終わったころには疲れ果ててしまって椅子から立ち上がれず、キアラは総主を取り巻いていた人たちに抱えられて、別の部屋に連れていかれた。移動した先の部屋では手当てを済ませたミオとシアが待ってくれていて、小さな子どもでもないのに、キアラはぽろぽろと泣いてしまった。
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