白銀オメガに草原で愛を

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帰還

55.ぽんぽんむぎゅむぎゅ

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 眠りから目を覚ますときというのは、今まで見ていた景色が突然別のものに変わってしまうから、自分が今どこにいるのか、何をしていたのか、すぐにはわからなくてぼんやりとしてしまう。

「神子様……!」

 傍から聞こえてきた声にゆるゆると視線を向けて、キアラは自分がどこにいるのか把握した。
 カガルトゥラードの、ベッドの上だ。

「神子様、お加減はいかがですか」
「今、白湯をお持ちしますから、せめてそれだけでも召し上がってください」

 言い残してぱたぱた出ていくミオを横目で見送って、キアラはゆっくりと瞬きをした。
 ベッドの上を覆っている幕は、塔にあるキアラの部屋で使われているものだ。いつのまに移動したのか、思い出せない。誰かが運んでくれたのだろうか。

「……シア……」

 もうほとんど、吐息のような声しか出なくて、キアラは顔をしかめようとしてそれも失敗した。シアが一瞬だけ眉を寄せて、そっと顔を近づけてくれる。

「起き上がりたい、です」

 体がうまく動かないのをどうにかしたいけれど、自分ではどうにもできそうにない。なんとかお願いして、ちょっとだけ困ったような顔をするシアをじっと見つめる。
 小さくため息をつくと、シアが部屋のクッションを集め始めたので、お願いは伝わったらしい。ふにゃ、と体の力を緩めて待っていたらミオも戻ってきて、二人がかりでキアラを起き上がらせてくれた。窓の外はきれいに晴れ渡っていて、清々しい。

「どうぞ、神子様」

 カップを自分で持つこともできなくて、ミオが口元に添えてくれたものから少しずつ白湯を口に含む。温かさが伝わってきて、少しずつ、体に力が戻ってくるような気がする。
 ただ、相当な時間をかけてカップ一杯を飲みきったものの、キアラはベッドに逆戻りするしかなかった。どうにか体を動かせるくらいまで元気は出たが、クッションにもたれかかっていても、体を起こしているのはくたびれる。

「……今は……どうなって、いますか」

 どう言えば伝わるか、などと考える余裕はなく、キアラは言葉足らずに尋ねた。体が弱っているのは確かで、声を出すだけでも息が上がってしまう。
 長く一緒に過ごしてきた侍従二人は汲み取ってくれたようだが、そっと顔を見合わせて、目で何か話しあっているようだった。

「……ミオ、シア……」

 促すように声をかけるとようやく、うなずきあって、ミオが教えてくれた。

「……戦は、終わりました」

 カガルトゥラードは、戦に負けた。キアラがぼろぼろになるまで血を奪われて、そこから作られ続けた薬をせっせと前線の兵士に使い続けてもなお、勝てなかったのだ。戦力差が目に見えていたとか、士気の高さがまるで違ったとか、市井では様々なことが言われているが、真相はわからない。
 戦による心労がたたったのか、すでに体が限界を迎えていたのか、カガルトゥラード国王は戦の間に少しずつ弱っていき、ひっそりとその命を終えた。今ではエドゥアルドが王位を継ぎ、和睦に向けた協議を一手に仕切っているそうだ。

「……その、和睦の条件に、カガルトゥラードの神子を差し出せ、というものがあるそうです」
「……神子、を……」

 束の間、カガルトゥラードに他の神子がいただろうか、と考えて、先ほどミオとシアがためらった意味がわかった。
 カガルトゥラードの神子とは、つまり、キアラのことだ。しかし今のキアラは弱りきっていて、戦の相手がどこの国だったにせよ、長い距離を移動すれば今度こそ、命を落とすかもしれない。

「……どこへ、伺えばよいのですか」
「神子様……」

 ただ、キアラは静かに質問を重ねた。

 キアラは戦というものに詳しくないが、人が争ったとして、そのあとの仲直りがうまくいかなければ、また争いになりかねないことは知っている。キアラが行くことを拒んだせいで、また戦が起きてはならない。

「大丈夫、です……私が、お伺いすること、が、条件と、おっしゃるなら……私が、元気、になる、まで……お待ち、くださる、でしょう……」

 神子を差し出せと言っているなら、死んだ状態で手に入れても意味はないだろう。キアラが生きていて、癒やしの力も十分に使えることを望んでいるなら、相手の国も、キアラの体調が整うのをある程度待ってくれる、と思う。
 少し長く話しただけで息が切れてしまって、キアラは大きく息をついた。眉根を寄せて、ミオが布団をかけ直してくれる。

「……ありがとうございます、ミオ」
「……私とシアは、神子様にお仕えするためにおります。神子様が……望まれるなら、必要なことをお伝えするのも、また役目です」

 ミオによれば、キアラはヴァルヴェキアに行かなければならないらしい。戦のあとの和睦というのは、不公平にならないよう、第三国で行われることが多いのだそうだ。今回のカガルトゥラードの戦の相手は、ヴァルヴェキアではないということだろうか。
 マナヴィカは、無事なのだろうか。できることなら会って、確かめたい。

 元気になりたい。

 その気持ちに応えてくれたのかどうか、精霊がぽわぽわと集まってきて、慰めるようにキアラに触れてくる。明確に触れられたような気はしないのに、何かがそこにいて、むにっと当たってきているのはわかる、という妙な具合だ。
 ただ、そのむにっとされた場所からじんわりしたものが広がって、おぼろげだった体の輪郭がはっきりしてくるような感覚があった。

「……助けて、くださるのですか」
「……み、神子様……?」

 精霊から返事が聞けるわけでもないが、ぽんぽんむぎゅむぎゅと、いろいろな精霊がくっついては離れていく。なんだか面白くなってきてしまって、キアラはくすくす笑って寝返りを打った。

「神子……様……?」

 ミオとシアのほうにも精霊が近づいていくが、反応がないと面白くないのか、またキアラのところに戻ってきてむにっとしてくる。触れられないのがもどかしい。
 そのうち力が戻ってきたような気がして、キアラは腕をついて体を起こした。ミオとシアが慌てたように背中に手を添えてくれるが、体がふらつくようなこともない。

「神子様、お体に障ります」
「……大丈夫、です。精霊が、助けてくださいましたから」

 目覚めたばかりのときよりも、はるかに体が楽だし頭もすっきりしている。精霊が力を分けてくれたのかもしれない。

「……ありがとうございます、精霊様」

 言葉が通じるのかわからないが、助けてもらったことに変わりはない。きちんとお礼を言うと息苦しいくらいに精霊がむぎゅっとしてきて、それからいつものように傍を漂い始めた。ただ、いつもよりも気配が濃密なのも確かだけれど。
 小さく笑みをこぼして、キアラは慎重にベッドの上に座り直した。精霊のおかげで回復したとはいえ、もしかしたらすぐに起きていられなくなるかもしれないし、体勢を崩して倒れてしまってはいけない。

「……ミオ、白湯は、もう少しいただけますか」
「……す、すぐお持ちします……!」

 ミオがぱたぱたと走っていくのを見送り、今度はシアに目を向ける。目を丸くしているのは、どうしてだろう。

「シア、ヴァルヴェキアには、どのように向かうのですか」
「えっ、っと……カガルトゥラードには、ヴァルヴェキアに直接通じる道はございません。ですので、まずは……ヴァルヴェキアに最も近い町まで向かうことになる、と思います」

 その町までは整備された道を馬車で行けるだろうから、大きな負担はないだろう。そこから国境砦までも、道はあまり広くないにせよ、馬車で行けると考えていい。ただ、さらにその先はヴァルヴェキア国内になるため、シアも詳しいことは知らないそうだ。

「……ミオと、シアも、一緒に来てくださいますか」
「もちろんです。私たちは、神子様にお仕えしていますから」

 二人も来てくれるなら心強い。ヴァルヴェキアに行ったらマナヴィカには会えるかもしれないが、会えないかもしれないし、道中を一人で過ごすのも不安だ。

「神子様、白湯をお持ちしました」
「ありがとうございます、ミオ」

 まずは精霊の力を借りずに体を治さなくてはと、キアラは温かい飲み物に口をつけた。
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