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1.目覚めは激痛

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 目が覚めるとなぜかきれいな天井が見えて、ジーノはしばらく真顔で木目を眺め続けた。しかし、どれだけ見ていても何も変わらない。
 いや、そもそも寝ている場所も上等すぎる。ふかふかのベッドに厚みのある布団だ。臭くもないしチクチクもしない。隙間風もなければ謎のべたつく感触もない。

 ここはどこなんだ。

 迷子の子どものような疑問を抱いて、ジーノはベッドから起き上がろうとした。途端に激痛が走り、どっと噴き出た脂汗とともに、ベッドに再び沈む羽目になる。
 痛すぎる。何だこれは。
 は、は、と短く息を継ぐことしかできずにベッドでうずくまるジーノのいる部屋に、ドアを開けて誰かが入ってきた。

「あ! あ、えっと、すぐ神官を呼んできますね!」

 若い男の声、だろうか。痛みでそちらを見る余裕もなかった。ばたばたいう音が遠ざかって、また近づいてくる。部屋の中に複数、何人だ、数える余裕もない。

「今、回復魔法をかけます」

 布団をはがされて、ほわほわと何かが体に伝わってくる。徐々に痛みが遠のいていって、ジーノはようやくまともに息ができるようになった。動いたらまた痛むかもしれない、という意識を頭に、そろそろと視線を巡らせる。
 部屋の中に、女が一人と男が二人。そのうち二人には見覚えがあった。回復魔法をかける、と声をかけてきたのは、女だろう。この女が神官なのは知っている。それから男二人のほうは、どちらも装備からして前衛職、さすがに室内だからか武器は携行していない。金髪と銀髪という派手な見た目にそこはかとない劣等感は覚えるが、前途ありそうな若者と、下り坂に入り始めたジーノを比べても仕方ない。ジーノの短く刈り込んだ髪だって、若いころは金髪みたいねと言われたこともあるのだ。彼と比べれば、黄金と麦わらくらい違うが。
 いや、今それはどうでもいい。

「……すまん、助かった」
「すべては女神ユーライアのお導きです」

 神官らしい返答に愛想笑いを返しつつ、さてどうしてこんなことになったんだっけか、と記憶をたどる。ただ、たどろうとして新たな人物が現れたので、すぐに中断せざるを得なかった。

「ほんとだ、おっさん目覚ましてる」

 おっさん言うな。おっさんではあるが。

「イサラ、失礼だろ……」

 いかにも魔法使いといった出で立ちの女と、前衛職らしい体格のいい男。この二人の言い合いには遠慮がない。
 ジーノの記憶では、金髪の男、神官の女、イサラと呼ばれた女、体格のいい男、この四人でパーティを組んでいたはずだ。銀髪の男には見覚えがない。いつのまに加わったのか、他の四人とそこまで馴染んでいるようにも感じられないから、あくまで一時的に同行しているだけだろうか。

「具合はどうですか?」

 金髪の男が、人のよさそうな笑みを浮かべて聞いてくる。よくなった、という回答が求められているのだろうが、あいにくジーノの体はまだじくじくと不調を訴えているし、痛みが薄れたにしても到底、日常生活を送れるほどではない。

「まあ……痛みは落ちついたよ」

 ただ、大人げなく痛くてたまらないと喚き散らすわけにもいかず、ジーノは無難な回答にとどめておいた。よかったです、と嬉しそうな顔をする若者の眩しさに目を細め、ひっそりため息をつく。元々、彼らのようなパーティは普段関わるような人種ではない。

 助けてもらったらしいのはありがたいが、ジーノは彼らの出方を慎重に窺った。ここがどのあたりの町なのかによって変わってはくるものの、基本的に彼らのようなタイプとはとっととおさらばしたほうがいい。ジーノは英雄でもなければお人よしでもないし、ケチで自分の身が一番かわいい人間だ。
 十中八九死ぬに決まっている魔王討伐に乗り出すようなパーティなど、関わり合いにならないほうがいいに決まっている。

「あ、すみません、ご挨拶がまだでした。僕はロクト、剣士です。こちらの神官がグリニア、あちらが魔法使いのイサラと剣士のダルカザです。それからこちらがレイさん」

 律儀に紹介してくれるロクトに、ジーノはひきつった愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「ああ……俺はジーノだ……」
「ジーノさんですね!」

 悪意がない分、御しにくい。よろしくお願いします、と礼儀正しいロクトを無下にするわけにもいかず、ベッドに寝たままだというのになぜか握手まで交わしてしまう。
 だめだ、もうだめだ、関わらない選択肢が死んだ。

「ところで……ジーノさんの体調も戻っていないのにお伺いするのも恐縮なんですけど……」
「……ああ」

 そうだろうなぁ、聞かない理由もないよなぁと半ば投げやりな気持ちになりつつ相槌を打つ。

「どうしてあんな……剣の前に身を投げ出すようなことを……?」
「いや……したくてしたわけじゃないんだがな……」

 そうしなければならない理由があっただけで、しなくて済むならもちろんしたくなかった。誰かが剣を構えている前に飛び出すなど、馬鹿げているどころではない。自殺行為だ。ジーノには自殺願望などない。できるだけ穏やかで優雅な余生を過ごしたい願望しかない。まあ、夢を見るのは自由だろうという程度の稼ぎなので、夢のまた夢だが。
 ともかく、ジーノにはそうしてまでロクトの剣を止める必要があった。

「……あれ、俺のつけてたペンダント……」

 説明しようと胸元に手をやったものの、あったはずのペンダントがない。

「これのことか」

 今の今まで黙っていた銀髪、レイがそっと取り出したペンダントが、まさしくそれだ。女神ユーライアの御印とは違う、星の光を模したようなペンダントヘッドが揺れている。

「それだ……よかった、ほんとに外れた……」

 どっと肩の荷が下りたような気持ちで、ジーノはため息のように漏らし体の力を抜いた。呪いの装備というわけではないが、呪いのように外せなくなったペンダントのせいで、このじくじくした痛みを抱える羽目になったのだ。なぜレイが持っているのかという疑問はなくもないが、首から外れたならもはやどうでもいい。
 元々、ジーノのものというわけでもない。

「まあ、何つーかあれだ、それを外すために元の持ち主の未練を解消してやらなきゃなんなくてな。外れたってことは問題かいけ」
「待て」

 ほしいなら好きに持っていってくれ、まで言おうとして、ジーノはレイに止められた。つかつかとベッドに近寄ってきたレイが、ずいっとペンダントを突きつけてくる。

「貴様はこれをどこで手に入れた? セスカを知っているな? 話せ、知っていることを全て」
「な、んだよ、いきなり……」
「レイさんちょっと待ってください、落ちついて」

 ぐいぐい迫ってくるレイにジーノが戸惑っていると、ロクトが間に入ってくれた。女の子なら歓迎するところだが、男にぐいぐい来られても嬉しくない。痛みをこらえながらなんとか身を起こしてベッドに座ったジーノの背に、グリニアがそっと手を添えてくれる。そう、女の子のそういう気遣いは実に嬉しい。

「いったい何なんだ……?」
「私たちにも、断片的にしかわかっていないのですが……」

 ジーノが何を思ってか身を投げ出した後、ペンダントから放たれた強い光が魔王を包み込み、グリニアたちは眩しさに目を覆った。光が収まったことを感じておそるおそる視線を向けてみれば、瀕死のジーノと、すぐ傍にレイが倒れていたそうだ。直前まで戦っていたはずの魔王の姿はなく混乱したものの、ジーノは死にかけていたし、慌ててグリニアが回復魔法をかけ、魔王城に一番近い人類圏の町まで戻ってきたのがつい二、三日前のこと。
 その間ロクトたちパーティと、ジーノより先に目を覚ましたレイで話し合ってはみたものの、お互いの知っていることもばらばらで話が繋がらず、何か知っているであろうジーノが起きるのを待っていた、ということらしい。

「そーかい……」

 おさらばするどころではなかった。待ち構えられていた。
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