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9.あとでいくらでも罵ってくれ
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わずかに身じろいだだけのはずなのに、体に回っていた腕が緩んで、ジーノはぱきりと体を硬直させた。
「何もしない」
「いや、う、うん……」
何もしないというのなら、ジーノの体をしっかり抱えている腕は何なのか聞きたいところだが、藪蛇になりそうなのでやめておく。ついでに何か、尻に妙な塊を感じるのも黙っておくことにする。
レイの中では順当に話が繋がっていたようなのだが、ジーノからすれば唐突に好きだと告白されて、すぐに返事ができるわけもなかった。あんたの整理ができるまで待つと言われて解放されたものの、今までの習慣を簡単に変えられるものでもない。井戸水を汲んで一緒に行水しようとしてレイの視線に気がついたり、うっかり疑問もなく狭いベッドに一緒に収まってレイの表情にハッとしたり、やらかしているのはおそらくジーノのほうなのだが、レイの忍耐強さに大変甘えてしまっている。
まあ、レイのほうもあのとき唐突に自覚したようで、行水中のジーノをまじまじと見ていたし、ベッドの中でもジーノの体に腕も足も絡めているし、欲望丸出しではある。
「……レイ」
「嫌か」
「……嫌ってほどじゃねぇけど、首に鼻寄せてすんすんされんの気にしねぇやついると思うか」
「今思えば、前からしたかった」
「そういう話じゃねぇだろうが」
ジーノの家には、もちろんベッドを二つ置くような余裕などない。だから今までも一つのベッドに二人で寝るという無茶をしていたのだが、特に妙な空気にはならなかったはずだ。ジーノが眠りこけている間にレイが何かしていたとしたらわからないが、そこまで勝手な人間ではない、とは思う。
昨日までは、レイは自覚していなかったしジーノは意識もしていなかったという違いだけで、これほど変わるものだろうか。
「……レイ、何もしないって言ったよな」
「していない」
「俺のにおい嗅いで俺の腹触って俺のケツにちんこ当てるの全部やめてから言え」
「狭いからそうなる」
「お前な……!」
レイが急に話の通じない人間になっている。長い手足で囲われたままレイのほうに寝返りを打って、ジーノは選択を誤ったことに気がついた。
ジーノを見つめる青い目が、見たことのない熱を孕んでいる。
「……レ、イ」
レイの顔が近づいてきて、ジーノは思わずぎゅっと目を瞑った。ただ、唇ではなく額に何かがこつんと当たって、すぐに離れていく。おそるおそる目を開けると、ばつが悪そうに視線を逸らすレイが見えた。
「……すまない、浮ついている」
いつも落ちついているように見えるレイでも、そんなことがあるらしい。下手なことをしてはいけないような、かといってそのままにしておく気にもならず、ジーノはそっと手を伸ばして、レイの頭を撫でた。すぐに青い視線が戻ってきて、熱っぽく見つめてくる。
「付け入る隙を与えるな」
「撫でたくらいで?」
返事もなく、伸ばしていたジーノの手が掴まれて、唇を押し当てられる。
「こうなる」
顔のいい男にやられると、おっさんでもどきどきするらしい。動けなくなったジーノを胸元まで引き寄せて、レイが大きくため息をついた。
「寝られる気がしない」
「だっ、て、ベッドこれ以上置けねぇし……」
レイの手がするすると下りてきて、ジーノの腰とも尻ともつかない辺りを撫でている。おっさん相手に何をしているのやらと思わなくはないのだが、レイの言葉も行動も全て、ジーノに欲情していることを示しているし、口説かれているような気さえしてきて性質が悪い。
払いのけてベッドから追い出すには、ジーノもかなり絆されてしまっている。
「ジーノ」
「何だよ」
「嫌なものはちゃんと拒め」
言っていることはまともなのだが、尻を揉みながらでは台無しだ。
ただ、嫌だというよりは困ったやつだという感想でしかなくて、拒もうという気持ちがジーノのほうにもなかった。
「……別に、ケツ触られても減るもんじゃねぇし……」
「付け上がるぞ」
誠実なのかただの馬鹿なのか、よくわからない男だ。服の上からもにもにと尻を揉んでいた手が移動して、割れ目をなぞり、穴の場所を確かめるように触れてくる。レイが相手なら、尻を触られるのは平気だ。割れ目まで指が入ってきて、穴をむにむにされるのに戸惑いはあっても、嫌悪感はない。
一応ジーノにも知識はあるのだが、それは、つまり。
「俺が女役なのか」
「今のところあんたに突っ込むことしか考えていない」
「はっきり言いやがる……」
間違ってもジーノは、恋心がなければ行為ができないなどという純情な年頃ではない。実際に金があるかどうかは別にして、金さえ積めば例えスカベンジャーだろうと娼婦は寝てくれるし、若い頃にはそれなりの仲になった女もいる。
しかし男相手というのはどう考えたらいいのか、しかも尻を明け渡さなければならないとなると、べらぼうにハードルが高い。それならジーノがレイを抱けるかというと、想像がつかない。
ただ、それだと抱かれるのはいいけど抱くのはちょっと、などと考えていることになる。そっちのほうがまずくないか。
「……聞きたいんだが」
「な、何だよ」
そもそも尻にイチモツを突っ込まれるのが問題だという話で、と落ちつかない頭で混乱しているところに聞かれて、動揺したまま答える。
「どこまで手を出していい」
「……何だって?」
手を出す前提なのはいかがなものか。同意もなしに事に及ぶのは、いくらスカベンジャー相手でもどうかと思う。しかも相手がジーノなので、対外的にはレイの名誉のほうが傷つきそうなのがいささか腹立たしい。
半眼になってレイを見返したジーノだが、レイのほうには全く、動揺のどの字もない。
「ベッドが一つである以上今後も同衾するだろう。毎日だ。その状態で生殺しを続けられたら、さすがにいつかあんたを襲う」
「しょ、正直者……」
好きな相手と一つ屋根の下で、寝るときは一つのベッドで体が密着するとなれば、息子が元気になるのは男なら自然な流れだろう。対象がジーノであることを除けば、レイの言い分も納得はできる。いくら忍耐強い男だとしても、いつかは暴走しかねない状況だ。
「だったら、あんたの許容できる範囲で発散しておいたほうがいいだろう。昨日までは何もなかったのにいきなり犯されるより、毎日でも気にならない程度のスキンシップで済まされたほうがマシじゃないか?」
「確かに……?」
話をしている間もレイの腕はジーノの体に回っていて、尻を撫でる行為こそやめているが、離すつもりはなさそうだ。触られたところで不快感はないし、ジーノの許容できる範囲で考えようとしてくれているなら、日頃の小さな積み重ねでレイの暴走を止めたほうが無難な気もしてくる。
「抱きしめるのは、いいのか」
「いいぞ。人前じゃなきゃな」
これだけ顔のいい男がおっさんを抱きしめている絵面を、世間にお出しするのは気が引ける。頭を撫でたり、手を繋がれたりするのも、嫌ではないが人目は気にしてしまう。一つ一つ確認してくるレイに一つ一つ答えて、レイの手が体のあちこちに触れるのを許していく。
「……ここは」
レイの手がするりと股間に伸びてきて、ジーノの反応を一つも漏らすまいとするようにじっと見つめられる。妙に気恥ずかしいし普通は他人が触れるような場所でもない。やんわりと腰を引くと、レイはすぐに手を離した。
「わかった、触らない」
「い、嫌な、わけじゃなくて、なん、何つーか、他人様が触るような、もんでもねぇし」
「……ジーノ」
しどろもどろに言葉を重ねるジーノに、呆れたような声が返ってくる。ぐだぐだ言い過ぎただろうかとはっと口を噤んで、ジーノはおそるおそるレイに視線を向けた。
こちらを凝視してきているのはなぜだろうか。
「嫌なものは嫌と言え。付け込むぞ」
「い、や、つーか、おあっ」
体を引き寄せられたかと思うと、腰を押しつけられた。慎ましく収まっているジーノのものと、服の上からでも臨戦態勢になっているのがわかるレイのものが、少し位置をずらして触れ合っている。
今までのやり取りのどこをどうすればこんなに硬くなるのか、聞きたいような聞きたくないような。
「……元気な、息子さんで……」
「……無理だ、あとでいくらでも罵ってくれ」
「あ? え、なに、うわ、ちょっ、まっ」
レイが自分のズボンを下げ、ジーノの服もずり下げたかと思うと二つまとめて擦り始めて、ジーノは久しぶりに他人の手を味わうことになった。
「何もしない」
「いや、う、うん……」
何もしないというのなら、ジーノの体をしっかり抱えている腕は何なのか聞きたいところだが、藪蛇になりそうなのでやめておく。ついでに何か、尻に妙な塊を感じるのも黙っておくことにする。
レイの中では順当に話が繋がっていたようなのだが、ジーノからすれば唐突に好きだと告白されて、すぐに返事ができるわけもなかった。あんたの整理ができるまで待つと言われて解放されたものの、今までの習慣を簡単に変えられるものでもない。井戸水を汲んで一緒に行水しようとしてレイの視線に気がついたり、うっかり疑問もなく狭いベッドに一緒に収まってレイの表情にハッとしたり、やらかしているのはおそらくジーノのほうなのだが、レイの忍耐強さに大変甘えてしまっている。
まあ、レイのほうもあのとき唐突に自覚したようで、行水中のジーノをまじまじと見ていたし、ベッドの中でもジーノの体に腕も足も絡めているし、欲望丸出しではある。
「……レイ」
「嫌か」
「……嫌ってほどじゃねぇけど、首に鼻寄せてすんすんされんの気にしねぇやついると思うか」
「今思えば、前からしたかった」
「そういう話じゃねぇだろうが」
ジーノの家には、もちろんベッドを二つ置くような余裕などない。だから今までも一つのベッドに二人で寝るという無茶をしていたのだが、特に妙な空気にはならなかったはずだ。ジーノが眠りこけている間にレイが何かしていたとしたらわからないが、そこまで勝手な人間ではない、とは思う。
昨日までは、レイは自覚していなかったしジーノは意識もしていなかったという違いだけで、これほど変わるものだろうか。
「……レイ、何もしないって言ったよな」
「していない」
「俺のにおい嗅いで俺の腹触って俺のケツにちんこ当てるの全部やめてから言え」
「狭いからそうなる」
「お前な……!」
レイが急に話の通じない人間になっている。長い手足で囲われたままレイのほうに寝返りを打って、ジーノは選択を誤ったことに気がついた。
ジーノを見つめる青い目が、見たことのない熱を孕んでいる。
「……レ、イ」
レイの顔が近づいてきて、ジーノは思わずぎゅっと目を瞑った。ただ、唇ではなく額に何かがこつんと当たって、すぐに離れていく。おそるおそる目を開けると、ばつが悪そうに視線を逸らすレイが見えた。
「……すまない、浮ついている」
いつも落ちついているように見えるレイでも、そんなことがあるらしい。下手なことをしてはいけないような、かといってそのままにしておく気にもならず、ジーノはそっと手を伸ばして、レイの頭を撫でた。すぐに青い視線が戻ってきて、熱っぽく見つめてくる。
「付け入る隙を与えるな」
「撫でたくらいで?」
返事もなく、伸ばしていたジーノの手が掴まれて、唇を押し当てられる。
「こうなる」
顔のいい男にやられると、おっさんでもどきどきするらしい。動けなくなったジーノを胸元まで引き寄せて、レイが大きくため息をついた。
「寝られる気がしない」
「だっ、て、ベッドこれ以上置けねぇし……」
レイの手がするすると下りてきて、ジーノの腰とも尻ともつかない辺りを撫でている。おっさん相手に何をしているのやらと思わなくはないのだが、レイの言葉も行動も全て、ジーノに欲情していることを示しているし、口説かれているような気さえしてきて性質が悪い。
払いのけてベッドから追い出すには、ジーノもかなり絆されてしまっている。
「ジーノ」
「何だよ」
「嫌なものはちゃんと拒め」
言っていることはまともなのだが、尻を揉みながらでは台無しだ。
ただ、嫌だというよりは困ったやつだという感想でしかなくて、拒もうという気持ちがジーノのほうにもなかった。
「……別に、ケツ触られても減るもんじゃねぇし……」
「付け上がるぞ」
誠実なのかただの馬鹿なのか、よくわからない男だ。服の上からもにもにと尻を揉んでいた手が移動して、割れ目をなぞり、穴の場所を確かめるように触れてくる。レイが相手なら、尻を触られるのは平気だ。割れ目まで指が入ってきて、穴をむにむにされるのに戸惑いはあっても、嫌悪感はない。
一応ジーノにも知識はあるのだが、それは、つまり。
「俺が女役なのか」
「今のところあんたに突っ込むことしか考えていない」
「はっきり言いやがる……」
間違ってもジーノは、恋心がなければ行為ができないなどという純情な年頃ではない。実際に金があるかどうかは別にして、金さえ積めば例えスカベンジャーだろうと娼婦は寝てくれるし、若い頃にはそれなりの仲になった女もいる。
しかし男相手というのはどう考えたらいいのか、しかも尻を明け渡さなければならないとなると、べらぼうにハードルが高い。それならジーノがレイを抱けるかというと、想像がつかない。
ただ、それだと抱かれるのはいいけど抱くのはちょっと、などと考えていることになる。そっちのほうがまずくないか。
「……聞きたいんだが」
「な、何だよ」
そもそも尻にイチモツを突っ込まれるのが問題だという話で、と落ちつかない頭で混乱しているところに聞かれて、動揺したまま答える。
「どこまで手を出していい」
「……何だって?」
手を出す前提なのはいかがなものか。同意もなしに事に及ぶのは、いくらスカベンジャー相手でもどうかと思う。しかも相手がジーノなので、対外的にはレイの名誉のほうが傷つきそうなのがいささか腹立たしい。
半眼になってレイを見返したジーノだが、レイのほうには全く、動揺のどの字もない。
「ベッドが一つである以上今後も同衾するだろう。毎日だ。その状態で生殺しを続けられたら、さすがにいつかあんたを襲う」
「しょ、正直者……」
好きな相手と一つ屋根の下で、寝るときは一つのベッドで体が密着するとなれば、息子が元気になるのは男なら自然な流れだろう。対象がジーノであることを除けば、レイの言い分も納得はできる。いくら忍耐強い男だとしても、いつかは暴走しかねない状況だ。
「だったら、あんたの許容できる範囲で発散しておいたほうがいいだろう。昨日までは何もなかったのにいきなり犯されるより、毎日でも気にならない程度のスキンシップで済まされたほうがマシじゃないか?」
「確かに……?」
話をしている間もレイの腕はジーノの体に回っていて、尻を撫でる行為こそやめているが、離すつもりはなさそうだ。触られたところで不快感はないし、ジーノの許容できる範囲で考えようとしてくれているなら、日頃の小さな積み重ねでレイの暴走を止めたほうが無難な気もしてくる。
「抱きしめるのは、いいのか」
「いいぞ。人前じゃなきゃな」
これだけ顔のいい男がおっさんを抱きしめている絵面を、世間にお出しするのは気が引ける。頭を撫でたり、手を繋がれたりするのも、嫌ではないが人目は気にしてしまう。一つ一つ確認してくるレイに一つ一つ答えて、レイの手が体のあちこちに触れるのを許していく。
「……ここは」
レイの手がするりと股間に伸びてきて、ジーノの反応を一つも漏らすまいとするようにじっと見つめられる。妙に気恥ずかしいし普通は他人が触れるような場所でもない。やんわりと腰を引くと、レイはすぐに手を離した。
「わかった、触らない」
「い、嫌な、わけじゃなくて、なん、何つーか、他人様が触るような、もんでもねぇし」
「……ジーノ」
しどろもどろに言葉を重ねるジーノに、呆れたような声が返ってくる。ぐだぐだ言い過ぎただろうかとはっと口を噤んで、ジーノはおそるおそるレイに視線を向けた。
こちらを凝視してきているのはなぜだろうか。
「嫌なものは嫌と言え。付け込むぞ」
「い、や、つーか、おあっ」
体を引き寄せられたかと思うと、腰を押しつけられた。慎ましく収まっているジーノのものと、服の上からでも臨戦態勢になっているのがわかるレイのものが、少し位置をずらして触れ合っている。
今までのやり取りのどこをどうすればこんなに硬くなるのか、聞きたいような聞きたくないような。
「……元気な、息子さんで……」
「……無理だ、あとでいくらでも罵ってくれ」
「あ? え、なに、うわ、ちょっ、まっ」
レイが自分のズボンを下げ、ジーノの服もずり下げたかと思うと二つまとめて擦り始めて、ジーノは久しぶりに他人の手を味わうことになった。
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