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17.死ぬ予感はしない
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一目見ただけでは、その小さな部屋はただの行き止まりに見えた。いかにも強そうな魔物が配置されているわけでもなく、宝箱のようなお楽しみ要素があるわけでもない。
しかし、この部屋こそが、ダンジョンコアの配置されている隠し部屋に繋がっている。
「ここの壁が、まやかしなんだ」
ジーノが手を伸ばすと、壁の中にすっと手が吸い込まれた。腕が壁にめり込んでいるというか、刺さっているというか、見た目にはありえないことが起きているが、レイに勢いよく引き戻されたジーノの手は何ともない。
「ここには壁がねぇんだ。見せかけだけ。ここを通り抜けて進むと、隠し部屋につく」
だから心配しなくても、と続けようとして、ジーノはレイの顔を見て口を噤んだ。
「……すまん」
「いや……」
セスカのことを思い出して、少々不安定になっているのかもしれなかった。人前であることは意識しつつ、ロクトたちだからまあいいかと開き直って、レイを抱き寄せてぽんぽんと背中を撫でてやる。
「大丈夫だって。死にそうな予感もしてねぇし、安心しろ」
子どもをあやすような感覚だが、ジーノには子どもはいないし、兄弟もいないから親戚の子どもというものにも縁がない。そもそもスカベンジャーなので子どものほうも寄ってこないから、見よう見まねでしかないのだが、そこそこそれっぽくはあるだろう。
しばらくぽふぽふと背中を撫でていたら、レイの手もジーノをぎゅっと抱きしめてきた。
「……あんたの神はそんなことも教えてくれるのか」
「神様なんて大層なもんじゃねぇと思うが……昔あっち行きたくねぇなって避けた場所で、冒険者が死んだことはあるな」
そのときはいつも通り町の周りで魔物の死体を探して回ろうと思っていたのだが、当初行こうと思っていた町の東側が何となく嫌な感じがしたので、予定を変えて西にしておいたのだ。
翌日、東側に普段より強い魔物が出ていたとかで、何人かの冒険者が亡くなったという話を知った。
「……わかった、それならあんたを信じる」
一度力強くジーノを抱きしめて、レイが離れたときには目にいつもの力強さが戻っていた。持ち直したようだ。
「こっから大仕事なんだ、しっかりやれよ」
「ああ」
少しためらったもののジーノがぽんぽんと頭を撫でると、レイの口角がかすかに上がった。準備できたかと尋ねるロクトにも普段のように頷いてみせていたから、おそらく大丈夫だろう。
ダルカザが先頭を切って壁の中に進み、潜り抜けた先の通路を少し早足で歩く。辿りついた部屋にいたのは、三つの異なる魔物の頭と蛇の尾を持つ魔物だ。奥にダンジョンコアらしいつやつやした石が見える。
「ダルカザ、山羊を! レイは獅子を!」
ロクトの声に従って二人が散り、ロクトも残りの竜の頭に向かっていく。グリニアの張った結界の後ろにジーノだけでなくイサラも収まっているが、彼女の周りの空気はざわめいている。大きな魔法を使う準備か何かだろう。
山羊など大人しい家畜に思えるが、魔物となるとやはり狂暴になるようだ。竜や獅子と同じように吼え立て、角を振り回してダルカザに攻撃の隙を与えない。かと思えば、山羊が規則的な鳴き声を上げ始めたところをダルカザが狙おうとすると、獅子が庇って火球を吐いてくる。その火球をレイが叩き落としてダルカザを守るものの、ロクトは竜の吐いた毒液に邪魔されて加勢できない。そして蛇から飛んできた何かをイサラが魔法で相殺し、余波がグリニアの結界で防がれる。
後追いで何とか把握したものの、ジーノはぎゅっと縮み上がっていることしかできそうになかった。一連の流れを追いはしたが、そのあとも魔物は攻撃の手を緩めていないし、レイやロクトたちも攻撃に防御にと目まぐるしく動いている。どこを見ていればいいのかわからない。
わからないなりにそっとレイに視線を向けると、獅子の咆哮に顔をしかめ、飛んできた魔法を剣で両断するところだった。
魔法は剣で切れるものなのだろうか。先ほども物理的に叩き落としていたが、それができるから、レイが真ん中の獅子の頭を受け持っているのかもしれない。
ジーノには戦いのことはあまりわからないが、レイの動きは滑らかで格好いいと思った。相手の攻撃を避け、あるいは受け流し、そこから無理なく反撃に打って出ている。
ただ、魔物のほうも器用に避けたり牙で受け止めたりして、なかなか攻撃が通らない。ロクトやダルカザ、イサラも同じだ。それぞれが相対している魔物の頭が、それぞれに対応した攻撃をぶつけ、打ち消し合って有効打を作らせない。
「……まずいわね、こっちが消耗する展開に持ち込まれてる」
イサラの言葉に、ジーノはレイから目を外して振り返った。イサラもずっと、蛇と魔法をぶつけ合っている。蛇の頭は魔法の担当らしい。
「……戦ってたら疲れるのは、あっちも同じじゃねぇのか」
消耗、というのが体力や魔力のことなら、動いたり魔法を使ったりして疲弊していくのは人も魔物も同じはずだ。
しかしイサラは首を横に振った。
「普通はそう。でもダンジョンコアがあれば際限なく魔力が供給されるから、魔物が有利なのよ」
ダンジョンコアがある部屋というのは特殊な空間で、魔物の側は無限に魔法を使ってくるそうだ。そして厄介なことに、この魔物は山羊の頭が回復魔法を使うので、真っ先に倒すか、回復魔法を使う隙を与えないよう攻め続けなければならない。
聞かされてジーノが視線を向けると、ダルカザが山羊の噛みつきを大きく後ろに飛んで避けるところだった。魔物が巨大なので、攻撃を受け止めると反動が大きいのだろう、と思う。戦いのことになるとジーノには知識が乏しくて、ただ見ているしかできないし手助けの策一つも思い浮かばないのが歯がゆい。
ダンジョンコア自体は、魔物の向こうに見えているのに。
ぎゅっと拳を握りしめると、ジーノは改めて魔物とダンジョンコアの位置を確認した。ジーノの立っている場所からだと、魔物の大きな体の向こうにダンジョンコアがあるので、走り抜けて近づくというのは厳しいだろう。前衛にあたるレイ、ロクト、ダルカザは全員が頭のどれかの相手をさせられていて、戦いながらダンジョンコアに迫るというのも難しそうだ。後衛職のグリニア、イサラが魔物に近づけば危険なのはわかりきっている。
ただ、前衛の誰かの位置なら、自分が相手をしている頭が隙を見せさえすれば、走ってダンジョンコアに辿りつけるのではないかと思う。
尻から背中を這い上がるような悪寒がする。でも、死にそうな予感はしない。
「おっさん!?」
どちらに行くべきか一瞬だけ悩んで、ジーノはダルカザの後ろを抜けるように走り始めた。スカベンジャーは逃げ足だけは速い人間が多い。
体のすぐそばを何かが飛んでいく。熱い。獅子が吐いた火球だろうか。見ている余裕はない。もっと引きつけなければ。唸り声がして、目の前に大きな影が落ちる。風に耐えるために、思わず足を止めてしまった。咆哮。だめだ、身がすくむ。
だが、無駄にはできない。
「ロクト! 走れ!」
ダルカザのほうに走ったのは、反対側のロクトから魔物を引き離せると思ったから。今、ジーノの前に魔物が立ちふさがっているから、ロクトの側はダンジョンコアまで走り抜ける余裕ができたはずだ。
「ジーノ!」
聞こえた声は、おそらくレイだと思う。魔物の爪が目の前に振り下ろされ、遅れて灼熱にさらされたような感覚が全身を走って、確認するどころではなかったのだ。
ずしゃりと倒れた地面がなんだか湿っていて、不快だなと思いつつジーノは目を閉じた。どこか馴染みのあるにおいが、漂っていた。
しかし、この部屋こそが、ダンジョンコアの配置されている隠し部屋に繋がっている。
「ここの壁が、まやかしなんだ」
ジーノが手を伸ばすと、壁の中にすっと手が吸い込まれた。腕が壁にめり込んでいるというか、刺さっているというか、見た目にはありえないことが起きているが、レイに勢いよく引き戻されたジーノの手は何ともない。
「ここには壁がねぇんだ。見せかけだけ。ここを通り抜けて進むと、隠し部屋につく」
だから心配しなくても、と続けようとして、ジーノはレイの顔を見て口を噤んだ。
「……すまん」
「いや……」
セスカのことを思い出して、少々不安定になっているのかもしれなかった。人前であることは意識しつつ、ロクトたちだからまあいいかと開き直って、レイを抱き寄せてぽんぽんと背中を撫でてやる。
「大丈夫だって。死にそうな予感もしてねぇし、安心しろ」
子どもをあやすような感覚だが、ジーノには子どもはいないし、兄弟もいないから親戚の子どもというものにも縁がない。そもそもスカベンジャーなので子どものほうも寄ってこないから、見よう見まねでしかないのだが、そこそこそれっぽくはあるだろう。
しばらくぽふぽふと背中を撫でていたら、レイの手もジーノをぎゅっと抱きしめてきた。
「……あんたの神はそんなことも教えてくれるのか」
「神様なんて大層なもんじゃねぇと思うが……昔あっち行きたくねぇなって避けた場所で、冒険者が死んだことはあるな」
そのときはいつも通り町の周りで魔物の死体を探して回ろうと思っていたのだが、当初行こうと思っていた町の東側が何となく嫌な感じがしたので、予定を変えて西にしておいたのだ。
翌日、東側に普段より強い魔物が出ていたとかで、何人かの冒険者が亡くなったという話を知った。
「……わかった、それならあんたを信じる」
一度力強くジーノを抱きしめて、レイが離れたときには目にいつもの力強さが戻っていた。持ち直したようだ。
「こっから大仕事なんだ、しっかりやれよ」
「ああ」
少しためらったもののジーノがぽんぽんと頭を撫でると、レイの口角がかすかに上がった。準備できたかと尋ねるロクトにも普段のように頷いてみせていたから、おそらく大丈夫だろう。
ダルカザが先頭を切って壁の中に進み、潜り抜けた先の通路を少し早足で歩く。辿りついた部屋にいたのは、三つの異なる魔物の頭と蛇の尾を持つ魔物だ。奥にダンジョンコアらしいつやつやした石が見える。
「ダルカザ、山羊を! レイは獅子を!」
ロクトの声に従って二人が散り、ロクトも残りの竜の頭に向かっていく。グリニアの張った結界の後ろにジーノだけでなくイサラも収まっているが、彼女の周りの空気はざわめいている。大きな魔法を使う準備か何かだろう。
山羊など大人しい家畜に思えるが、魔物となるとやはり狂暴になるようだ。竜や獅子と同じように吼え立て、角を振り回してダルカザに攻撃の隙を与えない。かと思えば、山羊が規則的な鳴き声を上げ始めたところをダルカザが狙おうとすると、獅子が庇って火球を吐いてくる。その火球をレイが叩き落としてダルカザを守るものの、ロクトは竜の吐いた毒液に邪魔されて加勢できない。そして蛇から飛んできた何かをイサラが魔法で相殺し、余波がグリニアの結界で防がれる。
後追いで何とか把握したものの、ジーノはぎゅっと縮み上がっていることしかできそうになかった。一連の流れを追いはしたが、そのあとも魔物は攻撃の手を緩めていないし、レイやロクトたちも攻撃に防御にと目まぐるしく動いている。どこを見ていればいいのかわからない。
わからないなりにそっとレイに視線を向けると、獅子の咆哮に顔をしかめ、飛んできた魔法を剣で両断するところだった。
魔法は剣で切れるものなのだろうか。先ほども物理的に叩き落としていたが、それができるから、レイが真ん中の獅子の頭を受け持っているのかもしれない。
ジーノには戦いのことはあまりわからないが、レイの動きは滑らかで格好いいと思った。相手の攻撃を避け、あるいは受け流し、そこから無理なく反撃に打って出ている。
ただ、魔物のほうも器用に避けたり牙で受け止めたりして、なかなか攻撃が通らない。ロクトやダルカザ、イサラも同じだ。それぞれが相対している魔物の頭が、それぞれに対応した攻撃をぶつけ、打ち消し合って有効打を作らせない。
「……まずいわね、こっちが消耗する展開に持ち込まれてる」
イサラの言葉に、ジーノはレイから目を外して振り返った。イサラもずっと、蛇と魔法をぶつけ合っている。蛇の頭は魔法の担当らしい。
「……戦ってたら疲れるのは、あっちも同じじゃねぇのか」
消耗、というのが体力や魔力のことなら、動いたり魔法を使ったりして疲弊していくのは人も魔物も同じはずだ。
しかしイサラは首を横に振った。
「普通はそう。でもダンジョンコアがあれば際限なく魔力が供給されるから、魔物が有利なのよ」
ダンジョンコアがある部屋というのは特殊な空間で、魔物の側は無限に魔法を使ってくるそうだ。そして厄介なことに、この魔物は山羊の頭が回復魔法を使うので、真っ先に倒すか、回復魔法を使う隙を与えないよう攻め続けなければならない。
聞かされてジーノが視線を向けると、ダルカザが山羊の噛みつきを大きく後ろに飛んで避けるところだった。魔物が巨大なので、攻撃を受け止めると反動が大きいのだろう、と思う。戦いのことになるとジーノには知識が乏しくて、ただ見ているしかできないし手助けの策一つも思い浮かばないのが歯がゆい。
ダンジョンコア自体は、魔物の向こうに見えているのに。
ぎゅっと拳を握りしめると、ジーノは改めて魔物とダンジョンコアの位置を確認した。ジーノの立っている場所からだと、魔物の大きな体の向こうにダンジョンコアがあるので、走り抜けて近づくというのは厳しいだろう。前衛にあたるレイ、ロクト、ダルカザは全員が頭のどれかの相手をさせられていて、戦いながらダンジョンコアに迫るというのも難しそうだ。後衛職のグリニア、イサラが魔物に近づけば危険なのはわかりきっている。
ただ、前衛の誰かの位置なら、自分が相手をしている頭が隙を見せさえすれば、走ってダンジョンコアに辿りつけるのではないかと思う。
尻から背中を這い上がるような悪寒がする。でも、死にそうな予感はしない。
「おっさん!?」
どちらに行くべきか一瞬だけ悩んで、ジーノはダルカザの後ろを抜けるように走り始めた。スカベンジャーは逃げ足だけは速い人間が多い。
体のすぐそばを何かが飛んでいく。熱い。獅子が吐いた火球だろうか。見ている余裕はない。もっと引きつけなければ。唸り声がして、目の前に大きな影が落ちる。風に耐えるために、思わず足を止めてしまった。咆哮。だめだ、身がすくむ。
だが、無駄にはできない。
「ロクト! 走れ!」
ダルカザのほうに走ったのは、反対側のロクトから魔物を引き離せると思ったから。今、ジーノの前に魔物が立ちふさがっているから、ロクトの側はダンジョンコアまで走り抜ける余裕ができたはずだ。
「ジーノ!」
聞こえた声は、おそらくレイだと思う。魔物の爪が目の前に振り下ろされ、遅れて灼熱にさらされたような感覚が全身を走って、確認するどころではなかったのだ。
ずしゃりと倒れた地面がなんだか湿っていて、不快だなと思いつつジーノは目を閉じた。どこか馴染みのあるにおいが、漂っていた。
応援ありがとうございます!
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