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19.甲斐甲斐しくまめな男

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「ジーノ」

 あつらえられたベッドの上で微睡んでいたジーノは、レイの声に何度か瞬きをくり返した。目を向けると当然のようにキスが降ってくるから、寝ぼけた頭で何も構えることなく素直に受け入れてしまう。首のほうに下りていく戯れに声を出して笑うと、また口元に柔らかい感触がした。

「……可愛いな、あんたは」
「くすぐってぇんだよ、それ」

 ジーノは魔法に詳しくないのだが、レイの魔法の使い方が、どうやら一般的な法則とはかけ離れたものであるらしいことは何となく知っている。普通は、地面の土から建物を作り出すことはできないし、謎の空間に山ほどの荷物をしまっておくことなどできない。魔王の依代にされていたころの知識があるにしても、それを実現できるほどの魔力がなければ不可能だろうから、レイは特別なのだと思う。

「疲れたか?」
「いや、寝かせてもらってたから元気。むしろ悪ぃな、寝てて」
「無理をさせている自覚はある」

 旅に出たいとレイがサビラに伝えたときには、ちょっとした応酬はあったものの概ね順当に話が進んだ。しかしジーノも同行したいと切り出した途端、サビラだけでなくポールやアライチ、その他大勢に反対されて、拠点をひっくり返したような大騒ぎになってしまった。それを一つ一つ、二人で丁寧に説明して納得してもらって、それまでは隠していた半ば反則のような魔法の力をレイが見せて、ようやく旅に出たのが少し前のことだ。

 そのときの約束の一つ、ジーノに無理をさせない、というポールとの取り決めを、レイはずっと守ってくれている。もっと速く移動したいだろうにこまめに休憩を取ってくれて、宿に泊まれない夜には土から家を作り出し、ベッドも用意して謎の空間にしまっている寝具を敷いて寝かせてくれる。歩き疲れた夕方にそうやってベッドに入れられてしまうので、ジーノはまんまと寝入ってしまい、食事の用意ができたころにレイが起こしにきてくれるのだ。

「食事はどうだ」
「おう、腹減った」

 初めのころは、夜になると疲れ果てて食事をとる元気もなく、そのままもう一度眠りについてしまっていたのだが、そろそろ夕食を食べる余裕も出てきたところだ。少し体力がついてきたのかもしれない。
 いそいそと起き上がったもののレイに抱き上げられ、ジーノはむっと表情を険しくした。自分で立って歩けるし、おっさんを横抱きにするんじゃない。

「れ」
「恋人を甘やかして何が悪い」
「む……」

 黙らされてしまった。いや、まだレイにはっきりとは好きと伝えていないのだが、しかし自分からキスをしておいて今さら、そもそも好きでもないのに旅についていきたいなどと。
 ぐるぐる考えているうちに用意されていた食卓まで連れてこられて、甲斐甲斐しく椅子に座らされる。いいにおいだ。彩りのいいスープときちんと温められたパンに、レイの成長が感じられる。

「料理、うまくなったな」
「あんたに食わせるのに、まずいメシは用意したくない」

 さすがに真横に座って食べさせようとまではしてこないから、手を出すところと出さないところのバランス感覚が絶妙で、ずるい男だと思う。煮込まれた野菜と肉が柔らかくて食べやすく、これもまたそつのなさを感じさせる。大けがをしたあとの人間に、炒めただけの野菜や丸焼き肉を食べさせるわけにはいかないだろう。

「うまい」
「そうか」

 ジーノの単純な感想に浮かべる笑みにすら、ジーノに向ける気持ちがありありとこもっていて、二人で向かい合っている空間ではどぎまぎしてしまう。
 こんなにまめな男だとは思ってもみなかった。

 途中で味のわからなくなった食事を終えて、レイが魔法で食器をきれいにするのを眺める。食器や料理道具だけでなく、食料も異空間にしまっておけるそうだ。
 これを見ていると、他の冒険者とパーティを組むのが難しいというのもわかる気がする。こんな能力の話など聞いたことがないし、バレたら大ごとになる。冒険者どころか、国まで出てきかねない。

「ジーノ」
「う……」

 食事の後片づけを終えたレイが、おいでとばかりに腕を広げて待っている。別に抱きしめたりなどしなくても、レイなら近くにいれば簡単に魔法をかけられるはずなのだが、本人がそうしたがるのでは避けようがない。
 怯んだものの、仕方なくのそのそと腕の中に納まりにいったジーノを、レイが満足げに抱きしめてくる。

「いい子だ」
「……おっさん相手にやめろ」
「俺のほうが年上だろう」
「見た目の問題だ」

 ぽんぽんと髪を撫で、背中を撫で、あちこちに触れていく手がジーノの体つきを確かめているのは知っている。ジーノは元々痩せぎすではあったのだが、寝込んでいた間にかなり目方が減って、もはやひょろひょろと言ってもいい体形になっていたのだ。サビラの拠点にいた間にある程度は肉が戻ったはずなのだが、レイがチェックと称してジーノの体を撫で回す儀式が定着してきてしまっている。
 そのついでに魔法で体をきれいにしてくれるのがあまりにも楽で、ジーノがやめろと言いきれないでいるのも悪いかもしれない。井戸水や川の水で体を清拭するのは、まだ少々堪える。

「……お前な、尻を揉むんじゃねぇよ」
「だいぶ肉がついてきたな」
「レーイ、人の話聞け」

 尻を揉まれたくらいで恥じらうような純情さはないが、レイのこれには下心しかないので釘は刺しておかなければならない。呆れてぺしぺしと胸元を叩くと、また軽々横抱きにされてしまった。そのままベッドに連れていかれて、ジーノを寝かせた横にレイが滑り込んでくる。灯りはレイが魔法で暗くしてくれて、ごそごそと腕が回ってくるのはあの狭い家に二人で住んでいたころのようだ。

 一つのベッドを分け合う夜は変わらない。
 そのことが、心地よくて安心する。

「寒くないか」
「こんだけちゃんとした布団かぶって、お前も隣にいんのに?」
「そうか」
「……大事にしてくれてんの、わかってるよ。ありがとな」

 隣の気配がのそりと起き上がって、口づけを落としてくる。レイが言葉で何か言う代わりに口づけたり抱きしめたりしてきているらしいのはわかってきたので、ジーノはまた大人しく受け入れた。夕食の前に触れ合ったときより、いくらか熱く感じる。
 顔の左側に、レイの手が触れてくるのも慣れてきた。初めのころは痛みや悲しみを伝えてくるようだった手つきが、ジーノに対する熱量を感じさせてくるようになって、どうにも、腹のあたりがそわそわする。

「れ、い」

 服を掴んで、いささか回らなくなってきた頭でレイを呼ぶと、子どもにするように頭を撫でられた。レイのきれいな顔が、すぐ傍にある。

「れい」

 両手を伸ばして頬に触れ、輪郭をなぞるように指を滑らせると、レイの口角が上がった。

「……ほんと、可愛いな」

 顔の傷跡のほうに、たくさんキスを落とされる。もう寝るべき時間のはずで、こんな触れ合いをしていれば確実にそれだけでは済まなくなるのに、もっとレイに触れたいし、触れられたいと思ってしまう。
 事務的に抜いていた快楽がレイを求める気持ちに変わっていて、こんな年になっても人間変わるものらしい。

「……レイ」
「……触れてもいいか」
「……もっと」
「ああ」

 毎晩ではなくともこんなことをしていれば、回復が遅くなることくらいジーノにもわかる。肌を重ねれば案外疲れるものだし、そもそも病み上がりの体は夜にしっかり寝るべきだ。
 ただ、レイに教えられた行為で得られるものが、渇いた喉を通る清水のようで、どうしても欲しくなる。

「っん」
「痛むか」

 問いかけに首を横に振る。体に残った傷跡は、皮膚が新しいせいか他の箇所より敏感なのだ。レイに触れられるだけで、背筋を何かが走り抜けていく。合間に与えられるキスや、醜く盛り上がった場所をたどるレイの指に、ふわふわと意識が押し上げられて気持ちよくたゆたう。

「レ、イ」
「気持ちいいか」
「気持ちいい」

 素直に答えると、レイも喜んでくれる。好きな顔が、目の前で笑顔になるのは自分も嬉しい。
 つられるように笑うジーノにもう一度キスを落として、レイの舌が傷跡をなぞっていく。

「は、ぁ、っあ」

 気持ちよくレイに与えられるものに浸っていたのに急に強い刺激が襲ってきて、ジーノは軽くのけぞった。胸を吸われると気持ちいいなんて、レイに作り替えられるまで考えてもみなかった。

「嫌か」

 問いかけが少し恨めしい。涙目でにらむジーノに少し困った顔をして、レイがぎゅっと抱きしめてくる。

「……胸を触るといつもぎゅっと目を閉じるだろう。嫌だったり痛かったりするなら、教えてくれ」

 誠実で優しいというのは万人に好まれると思うが、この場面においては逆効果だと思う。いたたまれなさで怒ったような顔をしてしまう自分も情けない。遠回しに伝えたくても思考も回らず、ジーノは最後の抵抗で目を逸らした。

「……気持ちいい、から」
「ジーノ?」
「っ、たくさん、気持ちいいから、ぎゅってするしかねぇんだよ!」

 怒鳴るように言ったにもかかわらずレイの反応は薄く、ジーノは不安になって視線だけレイに向けた。
 真顔でジーノを凝視している。

「な、なんだよ、お前のせいだぞ……」

 レイの顔が険しくなった。
 怒らせただろうかと思ったものの、顎に手を添えられて、目を逸らせなくなってしまった。

「俺のせいか」

 怒っているというよりは嬉しそう、に見えるのだが、気のせいだろうか。今のジーノの言動に、レイが喜ぶようなところがあったとは思えないが。

「レイの、せい……」
「わかった。責任は取る」

 責任。何の。
 聞き返す前にまた敏感な場所を吸い上げられて、ジーノはぎゅっと目を瞑ることになった。
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