馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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闘犬、番犬、躾けられてお預け

3-1

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 クトス山の麓の町でまた一泊して、まだ夜が明けきらないうちから登山が始まった。俺が師匠に言い付けられたのは、聖女候補三人と、儀式の見届け人の神官二人と、神殿兵六人をきちんと護衛することだ。道を知っている師匠が先導して、俺が殿で全体を見る。魔物が出たら人間が死なないように、巻き込まないように注意して魔物だけ倒す。直線上にいられたら邪魔だけど、ちゃんとよけないといけない。師匠みたいに自分から避けてくれたら助かるのに、普通の人は出来ないらしい。
 面倒だなぁと思いつつ、魔物が出たら警報みたいに聖女候補たちが悲鳴を上げるのは、ちょっとだけ面白かった。

「休憩しましょう」

 少し開けた場所で師匠が声を掛けると、聖女候補と神官たちがへなへなと座り込んだ。まだそんなに歩いてないのに休憩かと思ったけど、この人たちは疲れていたらしい。山登りなんて町に住んでいたら滅多にしないだろうし、仕方ないのかもしれない。神殿兵の人たちは座らずに辺りを警戒しつつ、一人が飲み物を配って歩いていた。
 俺も水筒から少しだけ水を飲んで、師匠の指示を聞きに行く。

「苦戦したか?」
「してない」

 籠手を金属製のものに替えながら、師匠は口角だけ上げて笑った。余所行きの顔だから、全然悪そうじゃなくてめちゃくちゃかっこいい。言葉はなくても褒められたのはわかって気分が上がる。
 引き続き警戒を怠るなと俺に言い置いて、師匠は神官たちの方に近付いていった。とりあえず泉に着くまでは、指示は変わらなさそうだ。さっき聞かれた通り、この道に出るような魔物だったら苦労しないみたいだから、人間を巻き込まないようにだけ注意していたらいい。

 神官たちと師匠の話が終わって、座り込んでいた人たちが立ち上がる。泉まであとどれくらいか知らないけど、日が暮れる前にちゃんと帰れるんだろうか。夜になったら活動する魔物が増えるから、護衛するのはちょっと面倒だ。それに、頻繁な休憩で聖女候補にやたら話しかけられたり、神殿兵は役に立つのか立たないのか微妙な腕前だったり、商人とかの護衛よりよほど疲れる。適当に拾った石を魔物に投げ付けて倒すなんて、走るのが面倒だからに決まってるだろう。いちいち感想なんていらない。

 聖なる泉に辿りついて、神官や聖女候補たちが儀式の準備を始めたのを見た時には、いろんな意味でほっとした。一人ずつ順番に何かやるらしいけど、俺がそれを見守っている必要はないし、魔物にだけ意識を向けていればいいはずだ。
 念のため師匠に聞いておこうかと思ったら、儀式の順番ではないらしい聖女候補が話しかけていた。

「英雄さま、よろしければこちらでご一緒に休憩なさいませんか?」
「お気遣い痛み入ります。ですが、任務中ですので。お断りするご無礼をお許しください」

 ああやって断られても、あの見た目であの笑顔を見せられたら、嫌な気持ちはしないだろう。むしろますます惚れ込んでしまうんじゃないだろうか。わかっていて外向けには紳士的な応対をする師匠を、モンドールさんが「悪どい人誑し」と言っていたことがある。その後師匠にバレてぼこぼこにされていたけど。まあ、何を悪どいと評するかは人による。
 声を掛けた少女がぎこちなく引き下がっていくのを見ていたら、神殿兵の人に話しかけられた。休憩の度に飲み物やちょっとしたおやつを配っていた人だ。

「お弟子さま、喉は渇いていらっしゃいませんか? ちょっとした軽食もございますが」
「……さっき飲んだので」

 自分で水筒は持っているし、師匠に休んでいいとは言われていない。儀式をしている間は魔物が寄り付かないなんて話は聞いていないから、こういう時でも護衛の仕事をしないといけないはずだ。
 最後の方は半ば無理やり断って、ため息を吐きそうになるのを堪える。俺には師匠みたいに爽やかに断るスキルがない。かといって品行方正な師匠を参考にするのはちょっと、自分があれをやるのは躊躇われる。なるべく違和感の少ない上手いかわし方について考えていたら、師匠がこちらに来て俺にだけ聞こえる声で囁いた。

「……野暮用で離れる。カワイ子ちゃんたちとよろしくやっとけ」
「……よろしく?」

 人間には噛み付かないこと、聖女候補たちには特に優しく接すること、魔物はなるべく格好よく倒すこと。
 最後だけよくわからなかったけど、師匠の言い付けだから頷く。たぶん、師匠みたいに魔物を倒せば格好いいはずだ。

「儀式が終わった時に俺が戻ってなくても、構わず下りろ。神官どもには言ってある。道は覚えてんな?」
「覚えてる、けど……」

 いい子だ、と久しぶりに頭を撫でられて、めちゃくちゃやる気が出た。絶対ごまかされたけど、いい子って言われたり撫でられたりするのは滅多にないから、嬉しさが先に立って何も言えない。ずるい。
 俺の背中を軽く叩いて、師匠は山頂の方に向かっていった。
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