馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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犬牙、犬吠、その身に喰らえ

8-3

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 師匠の顔が見たくて少し乱暴にひっくり返したら、濡れてきらきらしている碧がこっちを向いた。今は、俺しか見てない。俺しか映ってない。

 他の人間は、誰もいない。

 勝手に喉から唸り声が漏れて、師匠の肩口に噛み付いた。

「ッ、い……!」

 痛そうな声が聞こえる。けど、どうしよう、我慢が出来ない。噛んで、吸い付いて、痕を残して師匠に俺を刻み付ける。この人は、俺の。俺だけの。

「……ルイ」

 押さえ付けていた体の腕が伸びてきて、咎められるかと思ったら撫でられた。
 その腕さえ捕まえて痕を付けていく俺に、師匠がちょっと困った顔をして笑う。

「……でっけーガキだな、テメェは」

 ぐい、と頭を強く引き寄せられて、キスを仕掛けられた。師匠とするのは気持ちいい。くちゅくちゅと舌を絡めて擦り合わせるだけでも、また昂ってくる。

「食いてぇか」

 答えたいのに、言葉が出てこない。ぐるぐると喉の音だけで答える俺の頬を、師匠が撫でてくれる。

「……いいよ」

 その後のことを、実はあんまりはっきり覚えてない。

 ただ、どれくらい経ったかわからないけど、俺に手を離されてずるずると体勢を崩した師匠を見て我に返った。落ちついて見たら師匠の体にめちゃくちゃ痕を付けていて、赤い鬱血がそこかしこに散らばっていた。それから、噛んだ痕も。
 痛かったはずなのに、何一つ咎められなかった。今までは絶対怒られていたのに。許されている。今まで以上に。
 余計ムラムラしてきた。けど、あれだけ戦り合った後に好き放題啼かせたし、師匠は魔力も空っぽだ。これ以上疲れさせるのは良くない。ヤりたいけど。だめだ。

「……ル、ィ」

 我慢しようと気持ちを落ち着かせてたら、小さい声で呼ばれたから慌てて傍に寄り添う。声が掠れてる。声我慢しないでほしいって言ったらこれだし、何なんだこの人。際限なく我儘を聞いてもらえそうにも思えて、自制しないと本当に危ない。

「……たりたか」

 お陰さまで今足りなくなりそうです。

「…………無理させたくないから、もう休んでて」

 師匠を撫でながら、自分にはひたすら落ちつけと念じる。いくらでも貪りたいけど、抱き壊したいわけじゃない。こんなところで一人で暮らしてたんだから、本当は体調だって万全じゃないはずだ。
 まだぎりぎり我慢は出来る。ナカに挿れたい衝動も、制御出来る。これからちゃんと、師匠に自分を大事にすることを教えていかないといけないから、今は俺が耐える時だ。

「……まだ、たりねぇなら……」
「師匠」

 起き上がろうと身じろいだ人を、優しく撫でて止める。少し気だるげな顔に口付けを落として、あやすように抱きしめる。
 カーメルにやると宣言したものの、師匠を甘やかすのはすごく難しい。すぐに師匠が俺のために動いてくれようとする。師匠が俺を大事にしてくれてるのがわかって嬉しいけど、俺だって師匠を大事にしたい。

「俺に甘やかされてよ」

 言葉に詰まった背中を撫でて、浄化の魔術を掛けて綺麗にしてあげる。あとで敷物にしている外套にも掛けておかないといけない。俺のか師匠のかわからないけど、ぐちょぐちょだ。

「寝ていいから」

 疲れてるだろうし、とは言わない。きっと意地っ張りだから疲れてないって言い出す。
 促すように一定の間隔で背中を撫でていたら、師匠の目がとろんとしてきた。

「……いいのか……」
「うん」

 もうほとんど寝ているような気もする。緩んだ顔でくふんと吐息を漏らして、師匠の唇が俺の額に触れる。

「……おやすみ、るい……」
「……おやすみなさい、師匠」

 すこんと眠りに落ちてしまったところを見れば、確かに疲れていたんだろうと思う。だけど。

「……どうしようこれ」

 完全に元気を取り戻してしまった。最後に俺を攻撃していくのはやめてほしい。
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