おだやかDomは一途なSubの腕の中

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前編

7.急な知らせ

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 あのあとティノールト・ヴァリエはそのままベッドに入らせて、レーネは遅くまで机に向かっていた。自分の変化をどう扱っていいかわからなかったし、それはそれとして自分の研究は進めないといけなかったからだ。

 この砦の筆頭魔術師として扱ってもらえるのは、他の魔術師と比べて使える魔法の種類が多いから、とレーネは理解している。ただ、どれもこれもレーネだけが使える魔法というわけではなく、いくらでも代えは利く。唯一無二になりたいとは思っていないが、もっといろいろ便利な魔法を編み出したいし、研鑽を怠ってはいけない。

 それに、借金のこともある。あのときは冗談のように口にしたが、レーネが借金を抱えているのは事実で、魔法学校を卒業して魔術師団で働き始めてから、ずっと返済を続けているのだ。金額の計算やら返済の手続きやら利子がどうとかこうとか、細かいことが苦手なのでほぼ養父に任せきりにしているが、稼ぐものはレーネが稼がなければいけない。
 そのためにここのところ魔道具の開発にも手を広げていて、少々忙しい。

「……レーネさん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫」

 結果、自分では起きられずにティノールト・ヴァリエがそっと声をかけてくれたおかげで目を覚まし、眠い目を擦りながら食堂に向かうことになった。なお、服の着替えもおぼつかなかった上、顔を洗おうとして自分の服をびしゃびしゃにした有様なので、ずっとそばで心配されている。

「昨日は……ありがとうございました」

 歩きながら、少し潜めた声で言われて、レーネはついっと目線だけを向けた。確かに、昨日までより顔色もよくなったように感じられる。
 ただ、やっぱり公にはしたくないようだから、レーネも明確な言葉は避けることにした。

「調子はどう?」
「……すごく楽です」
「そう、よかった」

 誰が相手であっても、初めてPlayをするときは緊張する。怖がらせたくないし、不安に怯えさせたくはない。このDomになら心を委ねても大丈夫なのだと信じてほしいから、Subの反応全てに神経を尖らせてしまって、少し疲れさえ感じるのが常だ。

 それがティノールト・ヴァリエとのPlayでは、どこかしら満足感があって、この先を見たいとつい思ってしまって、理性が働くうちにレーネのほうから線を引いた。
 Domの支配欲は本能的なもので、いくら普段のレーネがぽやぽやしているといっても、引き出されないとは言いきれない。それでティノールト・ヴァリエを傷つけてしまってはいけない。

 ため息の次に巡らせた視線でオルランドたちを見つけ、軽く手を振ってから朝食をもらいに並ぶ。なるべく少なく盛られている皿を見極めて取っていくレーネの横で、盛りのいい皿が次々とティノールト・ヴァリエのトレーに乗せられていく。

「……朝からそんなに入るのかい?」
「レーネさんの分、少なくありませんか?」

 こっちと交換しますか、と親切に申し出てくれるティノールト・ヴァリエから慌てて逃げて、サンサの隣にいって腰を下ろす。ただ、そのままティノールト・ヴァリエも隣に来て、レーネはきょとんと彼を見上げた。フィルの横も空いているのに。
 しかし疑問を感じたのはレーネだけのようで、朝の挨拶が交わされてそのままみんな食べ始める。おかしなことではないらしい。まあいいかとレーネも考えるのをやめて、朝食を始めることにした。戸惑っていたところで、時間は過ぎるし仕事は迫ってきてしまう。それにレーネは食べるのが早くないので、食事時間がぎりぎりになりかねない。

 にんじんのちょっと酸っぱいやつを口に運ぼうとして、向かい側の視線に気がついてレーネは手を止めた。全員がレーネのほう、正確にはレーネの後ろに目を向けている。誰かいるのだろうか。
 そっと後ろを振り返ってみて、思ったより近くに人が立っていたのにぎょっとして、それからレーネは視線を上に向けた。

「……ヴィンス・カッレノートくん、ジョアル・ミソンくん、僕に何か用かい」

 食事時にお礼参りはさすがにやめてもらいたい。量は少なくても食事はきちんととりたいほうなのだ。相手が二人ならつるし上げたまま食事をすることもできなくはないが、落ちついて食べられないのでちょっと嫌だ。

「名前、覚えてくださってるんですね!」

 思っていたのと返事が違う。瞬きをくり返すレーネにますます近寄ってきて、何というか、きらきらした顔なのが怖い。

「ぜひヴィンスとジョアルと!」
「気軽に呼びつけてください!」

 気軽にも何も、すでに関わり合いになりたくない。だいたい、レーネの小隊の人間に手を出してきた相手だから、元々好感は抱いていない。名前を覚えているのも、砦にいる人間のことは把握しておきたいというレーネの事情にすぎないから、彼らが特別だというわけでもない。

「……カッレノートくん、ミソンくん、用事は何だい……」

 かといって突っぱねるのも面倒で、一応譲歩して再度問いかける。

「はい! 昨日はご指導賜りありがとうございました!」
「筆頭魔術師様の実力を実感し、己の思い上がりを省みることができました!」

 つきましては今後もご指導ご鞭撻のほど云々。新人として、お役に立てることがあればぜひ何とかかんとか。
 レーネが散々怖がらせたし大事なことは伝えたつもりだが、あのあとディーリトからさらに熱烈な指導でも入ったのだろうか。昨日の態度からの豹変ぶりが恐ろしい。

「……僕にどうこうじゃなくて、まずは自分の隊のために動いたほうがいいんじゃないかい」
「はっ! ご助言ありがとうございます! 肝に銘じます!」

 また威勢よく挨拶をして去っていく二人が十分に離れたのを確認してから、レーネは深く、大きくため息をついた。場所が空いていたら机に突っ伏していたところだ。
 もそもそと食事を再開したレーネに、じっと視線を向けてきていたセシル・レスターシャが声をかけてくる。

「……レーネさん」
「何だい? レスターシャくん」

 さすがに急がないと食事を時間内に食べ終われない気がする。しかし食べながら話すのも行儀が悪い。手を止めてセシル・レスターシャのほうを向くと、少し不満げな顔があった。

「僕はレスターシャくんじゃなくてセシルくんって呼ばれたいです」
「……うん?」

 ヴィンス・カッレノートとジョアル・ミソンの呼び名を変えたことに、何か思うところがあったらしい。首を傾げたレーネの隣で、もう一人ぽそりと呟く。

「……俺も名前がいいです」
「うん?」

 横に視線を移したレーネを、空色の瞳が見下ろしていた。まっすぐこちらを向く目を見ると、昨日のPlayを思い出してつい撫でたくなってしまう。公の場で彼がSubである素振りを見せるわけにはいかないのに。
 手が動きそうなのをぐっと堪え、ティノールト・ヴァリエとセシル・レスターシャを交互に見つめる。

「貴族の人は家名で呼んだほうがいいんじゃないのかい?」

 レーネには砦での付き合いしかないから、貴族家の生まれの騎士や魔術師くらいしか関わる相手はいなかったが、養父は貴族とも交流があった。その頃に教えられた礼儀作法では、貴族は家名で、役職者は役職名、もしくは尊称で呼ぶものだと言われていたのだが、時代が変わったのだろうか。
 レーネはあまり積極的に情報収集する性質ではないので、そういうものには少し疎い。

「……違わないですけど、レーネさんには名前で呼んでほしいです」
「フィルとリィロンは、名前で呼んでるじゃないですか」

 それは二人が家名を持たないからなのだが、そういう意味で引き合いに出されているわけではないことは、レーネでもさすがにわかる。オルランドに目線で聞いてみたものの、面白がるように笑っているだけだ。レーネが貴族出身の二人を名前で呼んでも、特に問題はないらしい。
 まあ、モリスも元々は男爵家の人間なのだが、今ではすっかり馴染んで家名も忘れてしまったくらいだし、気にしすぎることはないのかもしれない。

「……セシルくんと、ティノールトくんでいいかい」
「はい」
「もちろん!」

 嬉しそうな理由はよくわからないが、自分の隊の人間が嬉しそうなら、レーネにはそれで十分だ。
 さていい加減朝食を、と思ったところで、誰かが食堂に駆け込んできた。

「総員持ち場につけ! 魔物の大群だ!」
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