おだやかDomは一途なSubの腕の中

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前編

8.「守って」

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 かつてこの大陸には、人は住んでいなかったらしい。どこか別の大陸、あるいは島に住めなくなった人々が新天地を求め、魔物の生息する海を越え、上陸した場所からさらに陸地の魔物を倒し、少しずつ人の住める土地を増やしていったと言われている。
 だからリユネルヴェニアに限らずどの国でも、魔物から領土を守るため、騎士や魔術師で構成される軍隊を持つのは当たり前のことだ。そして魔術師や騎士でない普通の庶民であっても、ある程度魔物から逃げる、あるいは戦う術を身につけている。

 もちろん人間同士で争うこともなくはないが、魔物の侵攻を防ぐのが各国軍隊に求められる第一の役務であって、その主戦力となるのは魔術師だ。それぞれの魔術師に得意不得意はあっても、炎を走らせ、氷を降らせ、大地を割き、風を操り、一度に大量の魔物を倒せるのが魔法というものだからだ。
 しかし魔物一匹一匹に狙いを定めて魔法を放つわけではないので、運よく攻撃をすり抜けた魔物が魔術師に迫ることもある。そこを守るのが騎士たちだ。

「いいか! 一匹たりともうちの魔術師たちに触らせんじゃねえぞ!」

 セシルに襲いかかろうとした魔物を切り捨て怒鳴ったオルランドに、レーネはのんびりと声をかけた。

「オルランドくんかっこいいね」

 魔物は秩序だった動きをするものではないが、大量に押し寄せてくるとなると横に広がって厄介だ。砦側も薄い防衛ラインで波状攻撃を受けることになり、何度も続けば疲労していく。
 だから巨大な波をかぶる前に散らし、受けきれる水滴にまで小さくするのが魔術師の役目であって、レーネも矢継ぎ早に魔法を展開し続けていた。今のところ魔力が尽きる心配はしていないが、切れ目のない大群をどうしたらいいか、対策を考えあぐねている。

「のんきに言ってないで何とかしてくれ! 今回の量はおかしいだろ!」
「そう言われてもなあ」

 オルランドの切羽詰まった声に苦笑で返しつつ、モリスに迫っていた魔物を地面から跳ね上げる。レーネには余裕があるように見せておかなければ、全体に動揺が広がってしまうかもしれない。表情一つ変えられやしない。
 ただ、前線に立つ隊を入れ替えながら戦線を維持してはいるものの、魔物のほうが明らかに数が多い。物量で押し切られてもおかしくはないし、いつまでも攻撃が緩まないとなれば、体だけでなく心も疲弊してきてしまう。

 何か手を打たなければいけないのは事実だが、レーネにもこれといって手札がないのが問題だ。高威力の魔法を魔物の群れに撃ち込んだところで、その一発で全てが解決するわけではない。もっと根本的に解決する方法を探さなければいけない。

 ひとまず、時間稼ぎに暴風で魔物の足を止める。そこをサンサが氷の魔法で倒し、すり抜けたものをモリスやオルランドが迅速に片づけるという型を作り上げる。一度決まった形ができてしまえば、あとは同じ行動を繰り返すだけで対応できるから、少しだけ考え事に時間を回せるはずだ。向かってくる魔物への判断材料を減らし、もっと全体の観察に意識を割く。新人たちの動きだけは若干の不安要素ではあるが、それぞれ学校は卒業できているので、経験が足りないだけで戦力としては申し分ないはずだ。
 育成の手間は他の三人に頼むとして、レーネがやるべきは、解決の糸口を見つけ、筆頭魔術師として他の魔術師を導くことだ。
 戦線を離れるわけにはいかないが、かといって偵察をしなければ全容も掴めない。誰かが突出すればそこから崩れそうだから、防衛線は動かせない。どうにか、もっと全体に余裕を作りたい。

 惰性のように風を生みながら、次に展開する魔法のイメージを固めていく。
 魔物の群れがどこまで横に広がっているかわからないが、だいたい砦と同じくらいを想定していいだろうか。
 深さ。大型の魔物でもすっぽり入るくらい。簡単に抜け出せるようでは困る。中型以下の魔物なら、そうそう出てこられないようにする。
 位置はどうする。砦からどれくらいの距離にするか。砦の上に立ったときに、中を把握できるとちょうどいいかもしれない。

「よし」

 体を巡る魔力を練って、大地を走らせ目標地点に広く展開する。さすがに風を操りながらはきついかもしれない。体の軋みを無視して魔法を発動させ、大地に深く亀裂を入れていく。
 魔物の波が落ちていくのを見計らって、今度は、亀裂の底から炎を噴き上がらせる。炎の壁と大地の溝が障害になって、魔物の侵攻が少し鈍るはずだ。

「い、今の、今のっ、レーネさんがやったんですか……?」
「そうだよ」

 驚いているらしいリィロンにできる限りの涼しい顔で返して、そっと息をつく。砦に元々いた魔術師たちがすぐ適応して、炎のこちら側にいる魔物を積極的に倒し、壁を維持することで新たな魔物の接近を防ぐ方向に動いてくれている。少しは防衛側に余裕ができただろうか。
 炎を乗り越えて迫る魔物から魔術師たちを庇い、騎士たちが剣を振るう。ちょうど交代のタイミングが来て、レーネたちの隊はさらに後ろに下がった。視野を広げやすくなった分、あれこれと考えを巡らせるのにも都合がいい。

 そもそも魔物というのは人間を襲うものだが、この辺りにいるのは、意思を持って人の領域に攻め込むような種族ではなかったはずだ。だから砦を作って、迷い込んできたものを追い払う、増えすぎた場合には討伐作戦を実施するといった程度で済んできたところがある。
 それがこれだけ大量に、かつ同じ方向に大移動しているのには、何か原因があると考えていい。誰かが糸を引いているのか、何か魔物ですら逃げ出すようなことが起きたか、いずれにせよ何の要因もなくこんな事態が起こるとは思えない。
 そして、その原因を取り除けばこれが収まるのか、あるいはそちらを解決しても、大量の魔物は相手にしなければいけないのか。
 確認しなければならない。

「……ティノールトくん」

 癖で家名を口にしそうになって、レーネは少しの間を空けてバディの名前を呼んだ。レーネの前に立って護衛のように守ってくれていた彼がぱっと振り返り、目線を合わせるように少し身を屈めてくれる。
 仕草の優しさに、知らず入っていた力が緩んで、レーネは緩く口角を上げた。そのまま彼の胸に体を寄せて、驚いている顔に命令ではなくお願いを口にする。

「守って」

 今から使おうとしている魔法はどう考えても開発途中で、うまくいくのか自信がない。魔法の成立に意識を注がざるを得ないから、周囲の状況だとか、自分の身の安全だとか、他のものには一切気を配れないのだ。
 だからその間は誰かに守ってもらうしかないし、レーネと組んでいるティノールトを頼るのが適切だろう。

「……はい」

 はい、と言ってくれたなら、大丈夫。安心してティノールトに体を預け、自分の魔力の中に意識を沈めていく。

 この世界に生きるものは誰でも魔力を持っているが、生まれ持った魔力量の多い少ないはあるし、扱い方の得手不得手もある。レーネはどうやら、生まれつき魔力量が多かったし、自分の魔力をどう使えばいいか、直感的にわかることが多かった。それを他の人でも使えるように、言語化して手順を定めて必要な魔力量を計測するのがレーネにとっての魔法開発だった。
 ただ、この魔法はいつもと違う。どう魔力を使えばいいのか、あまり明確にはわかっていない。意識の周りにゆったりと魔力を巡らせて、層を作っていく。そのまま何重にも保護した状態で、今度は上を目指す。高いところに、何か、引っかかりが、あれば。

 ふっと何かが重なって、ぱちぱちと瞬きをしたときには、レーネの下に長い長い砦と炎の壁が寝そべっていた。
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