おだやかDomは一途なSubの腕の中

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前編

12.よりどころ

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「ティノールトくん、だいぶ落ちついたね」
「……そんなに違って見える?」
「よりどころを得たSubの子って、変わるからね」

 レーネにはわからないが、はたから見るとはっきり違うものらしい。
 ただ、本人の中でも心境の変化はあったのだろう。あの夜、書類上ではNormalと隠蔽すらされていた自分のダイナミクスを、ティノールトは全員に打ち明けたのだ。周囲も驚きつつも受け入れるといった態度だったし、ある程度信頼関係ができていたからだとは思う。
 ただ、元から砦にいたオルランドたちは、事前情報をもとにティノールトはSubだろうと推測していたわけだが、他の新人三人は何も知らなかったはずだ。ましてティノールトは、騎士団のSubを蔑む風潮の中にいたはずで、レーネが思うよりもずっと勇気が必要だっただろう。
 それだけのことが、レーネというDomと繋がっただけでできるというティノールトの強さは、賞賛すべきだと思う。

「……Claimの約束をしたわけでも、ないけど」
「僕はSwitchだから少し感覚が違うかもしれないけど、頼っていいDomがいるってだけで、すごく安心できるんだよ」

 レーネもDomなので、その感覚はわからない。サンサの言葉には曖昧な相槌を打つにとどめて、レーネはかすかに聞こえてきた音に意識を移した。ギガントの争いは、まだ終わっていないらしい。姿を確認するには少々遠いが、ギガントが殴り合う音や、地面を踏みしめたり倒れ込んだりする音は響いてくるのだ。
 ユッダ山脈の尾根を越えた先は、レーネもあの魔法で飛んだときに見た程度だが、山から続く森がしばらく広がっている。そこに潜んだままギガントに近づいていく、というのが今のところの方針だ。
 その先についてはとあるお願い事ができるかどうかで変わるのだが、どうやって頼んだものか、と悩んでいるところへ声をかけられた。

「何だい、オルランドくん」
「いい加減、ギガントの情報なんてどうやって手に入れたのかとか、お前が気絶してた間のことを教えろ」

 そういえば、あとであとでと先延ばしにしてきたのだった。このまま話さないほうがお互いに幸せなのではないかと思わなくもないが、黙っておこうとするとオルランドが怒るのは間違いない。

「最初は、空が飛びたくて」

 どこから話したものか少し悩んで、魔法を開発した動機から始めてみる。

「あ?」
「……怖いよ、オルランドくん」

 正直に話したところで、結局怒られるのではないだろうか。
 まあまあとオルランドをなだめてくれるモリスと、苦笑しているサンサを盾にして、仕方なく話を続ける。

「人間を飛ばすのはちょっと難しいんだ。物は簡単だったんだけど。でもあのときは、空から状況を確かめたほうがいいと思って」

 だから鳥か魔物か、空を飛んでいるものの体を拝借することにした。首尾よく魔物の体を使ってギガントの争いを突き止めたまではよかったが、いざ帰ってきてみるとどうやって魔法を解除すればいいかわからない。困っているうちに他の魔物に巻き込まれて炎の中に突っ込む羽目になって、このまま死ぬかもと思ったもののぎりぎりで元に戻れた。
 なんとか無事に戻ってこられてよかった、と話を締めくくったら、オルランドがつかつかと近づいてきて、頬をひねり上げられた。

「いぁいいぁいいぁい!」
「この馬鹿! 開発途中の魔法を使うのはやめろって言っただろ!」

 確かに以前言われたことはあるが、今回は仕方がなかったと思う。誰かが偵察に出られるような状況でもなかったし、陸路で行こうとするとこうして何日もかけて探しに行かなければいけないし、イダンに報告するまでにまた日数がかかる。
 レーネの魔法は有効な一手だったはずだ。

「自分の命を粗末に扱うな!」
「わふぁっへぅよぉ……」

 命を投げ出したつもりはなくて、他にたまたま手段がなかっただけだ。それから、ちょっと運悪く炎の中に落ちただけで。
 被害に遭っていなかったほうの頬もつままれて左右に引き伸ばされ、いよいよ泣きそうだと思ったところでようやく離してもらえた。
 すごく痛い。

「……行くぞ」

 踵を返したオルランドのあとにぞろぞろ従って、行軍を再開する。頬を撫でていたらティノールトがそばに来たので視線を向けると、とても不安そうな顔をしていた。

「……無茶、しないでください」

 ティノールトが不安に思うようなことはないはずなのに、と考えてから、ペアになったDomが無茶をしていなくなるのは、確かにSubにとって恐ろしいことかもしれないと思い直す。寄る辺ない不安を和らげてくれるはずのDomが失われるのは、相手がいないときよりも辛いかもしれない。

「……ごめん」
「俺も、レーネさんを助けられるようになります」

 それこそ無理をしなくていいのだが、本人がやる気なら止めることもない。無理をしないようにだけ気をつけてやることにして、軽く背中を叩いておく。レーネはレーネにできる範囲のことしかやれないし、ティノールトはティノールトのできることをすればいい。

 そのレーネにできる範囲のことを増やすために、レーネはセシルの隣に足を運んだ。

「レーネさん? どうしたんですか」
「ちょっとだけ、セシルくんと内緒話」

 不思議そうに首を傾げたセシルとレーネの周囲に、二人だけを包むように魔法をかける。会話内容が外からわからないようにするためだ。無音にすると逆に怪しくなってしまうから、何か適当な世間話に聞こえるよう少しだけ工夫はしているが、難しいものでもない。

「今のは?」
「内緒話用の魔法。えっと、もしかしたら君の気分を悪くするかもしれないんだけど……君の力を借りたいんだ」
「……何でしょう?」

 セシルが不審げな表情に変わって、今の言い方はまずかっただろうかと少し慌てる。対立したいわけではなくて、セシルが周囲に隠そうとしているかもしれないことを暴いてしまうかもしれないから、事前に断っておこうと思っただけなのだ。

「ギガントの暴れている場所に近づいたら、どうして争ってるのか探ってほしいんだ」
「……レーネさんにわからなかったのに、僕がですか?」
「セシルくん、君……魔物の話してること、わかるだろう?」

 ぎょっとした顔のセシルに、大声を出してしまわないようそっと唇に指を当てて注意する。ぱっとセシルも自分の口を覆ったが、目が驚きと、恐怖を語っている。やはり秘密にしておきたかったようだ。

「どう、して、何で」
「僕……砦の周囲のことも、ある程度把握できるように魔法をばらまいてるんだ。覗き見しようとか思ったわけじゃなくて……ごめん」

 セシルがたまに一人で出歩いている、という話はオルランドから聞いていた。別に休みの日であれば好きにしてもらって構わないし、外で魔法を練習したいことだってあるかもしれない。昼に出かけようが夜に出かけようが、それも個人の自由で好きにしたらいい、とレーネは思っている。
 一方で、魔物の侵攻や不審な動きをいち早く察知するため、レーネは砦の周囲に偵察代わりの魔法をあちこち施している。その副産物として、外で誰が何をしているか、だいたい把握できてしまうのだ。それでセシルの動きを知って、周囲の魔物の動向と合わせ、魔法なのか彼固有の能力なのかわからないがそういう力がありそうだぞ、と推測できてしまった。

 それをそっとしておいてやれればよかったのだが、今回のギガント二体をどうするかという問題に関しては、セシルの力を借りたかった。イダンにオルランド隊を連れていくと言ったのも、そのためだ。セシル一人を伴えば邪推されかねないが、小隊丸ごとであればセシル個人に目が向く可能性は低くなる。

「今のところ、たぶん僕以外は知らない。君が黙っておきたいことなら、もちろん誰にも言わない。ただ、君のその力を借りられたら、ギガントがどうして争ってるのかわかるかなと思ったんだ」

 ギガントの争いの原因がわかれば、どこか別の場所に引っ張っていく算段が立てられるかもしれない。少なくとも、何もわからず巻き込まれるより情報があったほうがいいはずだ。

「……レーネさんと、僕だけの秘密にしておいてもらえますか」
「わかった、誰にも話さない。オルランドくんにも、イダンくんにも」
「……ありがとうございます」

 セシルが協力を約束してくれたので、魔法を解除して今度はオルランドのそば、に行こうとしてティノールトの視線に気がついた。何か話したいのかと隣に並んではみたが、特に声をかけられることもなく、ただ袖をそっと掴まれた。何か不安になることがあったのだろうか。

「いいよ、君のそばにいる」
「……はい」

 オルランドと話すのはあとでもいい。今はティノールトの不安を和らげることを優先しよう、とレーネは大人しくその場にとどまった。
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