君の幸せを祈っている

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6.夜営

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 朝に発って昼の間に移動し、夕暮れ時には次の町に着いて、神殿で休ませてもらう。
 それを二度くり返せば、王都からはだいぶ離れて、町というものも減ってくる。

「ねえ、もう夕方だけど……まだ次の町着かないの?」

 不安げに尋ねてきたアキラに目を瞬いて、ラジレは前を歩くヴィセオに視線を向けた。
 今朝、旅に必要な買い物の仕方を教えるといってアキラを連れていったのはヴィセオなのだが、詳しい話をしていないのだろうか。

「次のレンズナの町までは距離がありますので、今日は途中で野宿ですよ」
「えっ!?」

 心底驚いたようなアキラの声に、ラジレもびくっと肩を跳ねさせてしまった。この様子なら、ヴィセオは説明しなかったのだろう。

「の、野宿って、こんな何もないとこで!?」
「ツィマとレンズナの中間辺りに休息地がありますので、そちらで」

 魔族の領域に入ればそんなものはないが、人の領域であれば、要所要所に休息地が設けられているはずだ。人が作った休息地ならば、地面は平らにならされていて、水場も近くにあるはずなので、食料と火種さえあれば最低限過ごせるようになっている。
 ただ、それはアキラにとっては予想外の事態だったらしい。

「そんな、そんな野宿とか、俺キャンプもしたことないのに」
「……きゃんぷ……?」

 戸惑うラジレと嘆くアキラのところまで、ヴィセオが歩調を緩めて近づいてくる。

「今日は夜営だと言っただろう」
「ヤエイって野宿のことだと思わないじゃん! 次の町のことかと思ってたよ!」

 説明はしていたようだ。
 胸中で訂正して、ぎゃんぎゃん文句を言っているアキラと、案外律儀に言い返しているヴィセオの掛け合いに、ラジレは軽く笑みを浮かべるに留めておいた。勇者とその旅の道連れが、心を許し合っているのはいいことだ。
 昔からヴィセオは面倒見の良いところがあったし、新しい場所では尻込みしてしまいがちなラジレとは違う。アキラも、人懐っこい性格で朗らかだ。

 居心地の良さをつい感じてしまって、ラジレは長杖を握る手に力を込めた。
 この先、この心地良さを壊すのはラジレなのだ。例え誰に糾弾されようが、やらなければいけないことがある。感情に流されて、惜しんではいけない。躊躇ってはいけない。

 その時まで悟られてはいけない秘密を無理やり飲み下しているラジレを他所に、旅は順調に進んでいく。

「あそこが休息地だ」

 日が傾き始めた頃には無事休息地に辿りつくことができて、先客もいないようだった。程よい場所を選んで天幕を張れるし、このまま誰も来なければ、気兼ねなく利用できる。

「うわ、マジで何もない……」

 ラジレがアキラに視線を向けると、言葉通りにげんなりした顔をしていた。
 確かに建物などはないが、何もこのまま地面に転がって寝るというわけではないのだし、ごつごつした岩場よりはましだろう。

「アキラ様、今から天幕を張りますので、吹きさらしで寝るわけではありませんよ」

 今朝、アキラとヴィセオで買ってきているはずだ。ラジレの言葉に応えるように、ヴィセオが肩にかけていた荷物から包みを二つ取り出す。

「二つ、ですか?」

 三人くらいなら、大きめの天幕を買えば入れると思うが、なかったのだろうか。

「アキラは一人部屋が好きだろう」

 なるほど、と納得したラジレの横で、アキラが慌てた様子を見せる。

「ちょっ、ちょっと待って、俺ここで一人で寝るの!?」
「大部屋は嫌がっただろう」

 アキラに答えつつ包みを解き、ヴィセオが大きいほうを渡してくる。アキラに教えておくから、二人用の天幕を立てておいてくれということだろう。

 神官も、神殿に籠ってばかりということはなく、魔族の討伐に同行したり、王都から離れた町や村に赴任したりと、旅をすることはままある。天幕くらいは、ラジレも組み立てられる。
 少々大きいので時間はかかるが、骨組みを立てて布製の幕をかけ、結んで固定するだけで済む種類だったので、簡単なものだ。

「待って、待ってよヴィセオ、怖いからやだ! 一緒に寝て!」

 あちらはどうだろうか、と振り返った瞬間にそう聞こえてきて、ラジレは固まった。
 いつの間に。まさか、アキラとヴィセオはすでにそういう。

 同じく固まったもののヴィセオが先に復活して、ラジレの前につかつかと歩いてきて肩を掴んでくる。

「神官ラジレ殿、騎士ヴィセオは勇者アキラに対する潔白を誓う!」
「……承り、ました。神官ラジレが、騎士ヴィセオ殿の潔白の証を立てましょう」

 慣れた文句ではあるので、口からすらすら出たものの。驚いてしまって、呆然としたまま返してしまった。

「えっ、何……?」

 アキラが戸惑った様子で近づいてきて、ラジレとヴィセオを交互に見つめてくる。
 何もわかっていないような様子を訝しんでから、ラジレはようやく、アキラが異世界の人物であることを思い出せた。ヴィセオのほうはと視線を上げると、苦々しげな顔で他所を向いていて、アキラに説明しそうな様子はない。

「アキラ様、少々……申し上げにくいのですが」
「えっ、うん」

 できるだけ穏やかな言葉を探して、アキラに誤解をさせないよう、慎重に説明する。

「こちらの世界では、二人で天幕に入るというのは、深い仲であるか、深い仲になりたいという……意思表示、になります」
「えっ……えっ!?」

 つまり先ほどのアキラの言葉は、ヴィセオと恋仲になりたいという意味を持っている。その後ヴィセオが慌ててラジレに宣言したのは、そのような仲ではないという女神ヒュリネへの誓いを示す言葉だ。

「えっ、えっ、でもヴィセオとラジレだって一緒の天幕入ろうとしたじゃん!」
「神官は、その……そういうものと、みなされませんので……」

 女神ヒュリネに仕える神官は、信仰の道に入る際に、清貧、貞淑などの誓いを立てるため、誰かと二人きりになろうとも、色めいたこととは無縁であるとみなされるのだ。
 ただ、その立場を利用して、怪しげな関係を持って楽しむものもいるというから、神官が全てまっさらとは言いきれない。

「あっ、ていうか、こっちの世界って男同士も……ありなの……?」
「男性同士だと、何か問題が?」
「えっ、いや」

 どうやらアキラの世界では、同性同士での交際や婚姻関係は、一般的ではないらしい。全くいないわけではなく、今は徐々に世の中にも認められつつあるが、否定的な態度を取る人も少なくない、そうだ。

「相手の性別によって、差異があるとは思えませんが……」
「でも、子どもとか、どうすんの?」
「神殿に、親を探している子もおりますので」

 騎士や神官がどれだけ努力しても、魔族に襲われて、あるいは病から回復できず、命を落とす人々はいる。子を亡くした親の悲しみに寄り添い、親を亡くした子の新たな家になるのも、神殿の大切な役割だ。
 そうして神殿に身を寄せた子どもたちは、お互いの希望が合えば、新たな親のもとに引き取られていくこともある。その親は、同性同士であっても異性であっても構わない。

「ほんとに普通なんだ……」
「……ですので、先ほどはアキラ様がヴィセオ殿と恋仲になりたいのかと……」
「わー! やめて! 忘れて!」
「蒸し返すな! 俺はアキラにそういう感情はない!」

 二人に迫られ、息は合っているのではないかとラジレは曖昧に笑うしかなかった。

「……ヴィセオ殿は女神ヒュリネに誓っていらっしゃいますし、アキラ様もご存じなかっただけなのですから……曲解するつもりは、ありませんよ」

 二人を落ちつかせて、天幕の傍にたき火を作る。不用意に火をつけると、火の傍には人間がいると学習している魔族が寄ってきてしまう場合もあるが、神官の灯す退魔の炎であれば、むしろ魔族を寄せつけない。他の旅人も来ないようなので、少し広めに場所を取って、食事を用意する。

「二人とも、料理慣れてるんだね」
「ちょくちょく遠征があるからな」
「神殿では、交代で食事を作りますから」

 本格的な設備があるわけでもないので、ヴィセオとアキラが朝買ってきた食材をただ切って、味つけをしただけのスープだ。ラジレがスープをよそってそれぞれに渡し、火で温めていたパンをヴィセオが配る。
 アキラの国には食べる前の挨拶があって、いただきますと言うらしい。ヴィセオは無言で食べ始めて、ラジレは食前の祈りを捧げてから、それぞれ食べ進める。

「先ほどの、誰が二人で天幕に入るかという話ですが、やはりアキラ様とヴィセオ殿が同じ天幕に入るのがよいのではないでしょうか」

 一応気を遣って、ラジレは二人とも口の中のものを飲み込んだタイミングで切り出した。

「ぶ!」
「げほっ」

 が、二人ともむせてしまった。真っ赤になって咳き込むアキラに慌てて飲み物を渡し、睨んでくるヴィセオに説明する。

「退魔の炎を焚いておくので魔族は寄りつかないと思いますが、もしも賊が出た時、私ではアキラ様をお守りできません」

 それが例え悪人であろうが、慈悲を持って接するのが女神ヒュリネの御心だ。神官が抵抗できるとしたら結界を張るくらいしかないし、持久戦ではいつ助けが来るかわからない。神官の祈力が尽きて結界が消えれば、ならず者の意のままだ。

「ヴィセオ殿なら、アキラ様を連れて逃げられるでしょう」
「……お前はどうするんだ」
「囮として捨て置いていただいて構いません。神官なら、次の町で募れば誰かしら見つかるでしょうし」

 人ひとりを抱えたら、いくらヴィセオでも多少足は遅くなるだろうが、ラジレが囮として残れば相手の判断も鈍るだろう。
 途中で脱落しては、ラジレの目的が叶う可能性は限りなく低くなるだろうが、期待を背負っている勇者と、誰もに望まれている国一番の騎士と比べれば、いくらでも替えの利く神官を置いていくのが正しい。

 当然の結論のつもりで告げるとぎゅっと腕を掴まれて、ラジレは目を瞬いた。

「だめだよ、ラジレ。一緒に行かなきゃ」

 頼りない子どものはずのアキラが、思いの外、真剣な顔をしている。

「お前を置いていくつもりはない」

 ヴィセオは相変わらず、ラジレを睨むような顔つきだが、言葉のほうはラジレを守るつもりだと言っているように聞こえなくもない。

「……もしもの、話なんですが……」

 二人用の天幕の中に、なぜか三人でぎゅうぎゅうに収まって、ラジレは左右を挟まれて寝る羽目になった。
 狭苦しいはずなのに、案外、寝心地は悪くなかった。
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