君の幸せを祈っている

phyr

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24.母体

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 如何にして、魔王は復活したのか。

 聖法は当然のこと、魔法も封じられた状態で閉じ込められて、ラジレには考える時間だけはたっぷりあった。

 が、わからなかった。

 アキラが魔王を倒した、という認識が間違っていた、と仮定する。
 しかしラジレたちの前で魔王の体は崩れ、塵のようになって消えていった。その後遅れて発生した黒い靄がアキラに取りつくのを防ぐために、ラジレが手を出したのだ。あの時点で、少なくとも魔王の肉体は、滅んでいたと考えていい。

 魔王が呪いによって新たな肉体を得た、とする。
 魔王は己を殺したものに呪いをかけ、その体を徐々に侵食し、乗っ取るという記録がある。だがそれも、魔王の姿が、アキラが倒した時と寸分違わず赤の髪と赤の瞳だったことを考えると、少々信じがたい。
 一人目の異世界の勇者の時は、勇者ではなく、勇者に随行した騎士が魔王にとどめを刺したという。勇者はシフォルサキアに戻り、騎士も同じく帰国したはずだが、いつのまにか姿を消していた。その騎士は茶色の髪、緑の瞳だったらしいが、その次の魔王は、同じ外見をしていた、と記録に残っている。つまり、騎士は魔王の呪いを受け、体を乗っ取られて王国から去ったのだろう。
 二人目の異世界の勇者は、自身が魔王を倒し、そして、次の魔王は金髪に青い目をしていた。異世界の勇者でなくとも、魔王を倒し、呪われ、姿を消した人物の記録は、同じような結末を示している。
 もしアキラが魔王に呪われていたなら、ラジレをさらった魔王は、黒髪に黒い瞳をしているはずなのだ。ラジレたちが戦った時の、赤い髪、赤い瞳のままではおかしい。

 魔王が復活したのだ、と考えるにしても、あまりにも期間が短すぎる。
 まず、呪いを受けて体を乗っ取られた場合、数年で姿を消したとしても、魔王としての活動を始めるにはさらに時間を要する、はずだ。
 それに今回は、呪いを受けた人間はいない。その場合、およそ百年は魔王不在の時期が続き、ラジレが生きているうちに、魔王の姿を見ることは二度とないはずだった。

 考えても、考えても、わからない。

 ラジレが閉じ込められている部屋の中に魔王以外の魔族が入ってくることはなかったし、魔王自身に何かを尋ねるというのは、ラジレには抵抗があった。
 訳もわからないまま花嫁などと呼ばれ、連れ去られてなお交流を持とうと思うほど、ラジレは豪胆ではないのだ。ここから逃げ出す算段の一助にはなるかもしれないが、魔王などというものと積極的に関わりたくはない。

「また食事をとっていないのか、花嫁」

 ただ、意外と魔王はまめだった。
 死なせないためという目的はあるのだろうが、手ずからラジレの食事を持ってきて、ラジレの状態を確認していく。クローゼットの中身を取り出してみせて、顔を背けるラジレの傍に、なるべく露出の少ないらしい服を置いていく。
 そこまで気を遣うくらいなら、そもそも魔王城になど連れてこなければいいのに、なぜラジレをさらってきたのかも、わからない。

 そうして二日ほど過ぎ、ラジレは意を決して、魔王に話しかけた。ベッドの上に座ったまま声をかけるという不作法だが、魔王相手に礼儀正しくいる必要もない。

「……なぜ、私をここに連れてきたんですか」

 話し相手も誰もおらず、一人で考え事ばかり続けて、活路が見出せない袋小路に気が滅入ってきたこともあった。もしかしたら、それも魔王の策略だったのかもしれないが、あのままだんまりを続けていても、事態はよくならなかっただろう。

 声を聞いた魔王の赤い瞳が、満足げに細められた気がする。

「無論、我が花嫁とするためよ」

 ヴィセオに触れられると痛みが走ったのに、魔王に触れられてもラジレの体は痛まない。肩から腕を撫で下ろす魔王の手には、ただ、不快感しかない。

「……魔族がなぜ、人間を求めるんですか」

 花嫁というからには、ラジレに子を産ませるつもりだろうか。魔族がどうやって子を生すのか知らないが、人と交わるというのは、普通ではないだろうと思う。
 ましてラジレは男で、腹で子を育み産み落とすことなどできない。

 魔王の鋭く尖った爪がラジレの顎をとらえ、上向かせた。

「人も、魔族も、男女の別も問わぬ。我が求めるは、母体としての資質」

 人が魔法を使うときは、火、水、土、風の四つが主な属性とされる。また、一つの属性にしか適性を持たない者もいるし、数は少ないが四つすべてを扱える者もいる。複数の属性を使えるのであれば、組み合わせて四属性以外の魔法を放つこともできる。ラジレが魔族を倒した雷の魔法などは、水と風の属性を組み合わせたものだ。
 魔王としては、ラジレが四属性の魔法を使えることが重要らしい。

「資質さえ備えているなら、孕めるようにすれば良い」

 魔王の手が腹に触れて、ラジレは思わず払いのけた。不機嫌になる様子もなく喉で笑った魔王が、ラジレの両腕をひとまとめに掴んでベッドに押さえつけ、改めて腹に触れてくる。

「其方の体を、子を孕めるように作り変える」

 魔法の気配は感じなかったが、ラジレは魔王の手から逃れようと身を捩った。
 ラジレのもがく様子を、魔王が児戯でも眺めるように見下ろし、笑っているのはわかる。しかし、到底受け入れられるものではない。

 魔王の子を孕むなど、喜ぶ人間がいるわけがない。

 ただ、腕を掴まれているせいで大した抵抗にはならないし、のしかかられた程度で恐怖を感じてしまう自分が、ひどく情けなかった。

「其方の勇者のせいで、育成の済まぬ素体を使わねばならなくなったのでな。体で償ってもらうとしよう」
「……素体を……使う……?」

 嫌な響きの言葉に、ラジレは眉をひそめて魔王を見上げた。縦に長く伸びた瞳孔を持つ目は、ラジレの表情を気にかける様子もない。

「どこで知ったのか……其方、我の復活を遅らせようとしたな?」

 何も答えず、ラジレは魔王から視線を逸らさなかった。肯定も、否定も、どうしてそれを知ったのかも、些細な情報でさえ魔王に漏らすわけにはいかない。
 しかし、魔王が沈黙を肯定と受け取るだろうことは、予想ができる。

「以前にも同じ真似をした人間がいた……ならば、対策は必須」

 己を倒したものに呪いをかけ、その体を乗っ取ることで魔王は復活する。それを遅らせるため、呪いが成就する前に魔王を倒したものを殺すことで、魔王が乗り移る新たな体をなくすという方法を人類は考え出した。
 だが魔王にとっては、乗り移る手頃な体があればいいだけの話だ。自分を倒したものを呪うのは、元の体よりも強い体が手に入る機会というだけのこと。自分を倒した強い体が手に入らなくとも、強くなる見込みのある体が手に入ればそれでいい。

「そのために、良い母体が必要なのだ」
「どう、いう……あなたは、何を……」
「気づいておろう。乗り換えるには、血の繋がりのあるほうが馴染みやすい」

 今ラジレにのしかかっている魔王は、アキラによって倒された。それゆえアキラに乗り移ろうとしたが、ラジレの手によってアキラは死んでしまった。
 だから魔王は、乗り移りやすい血を分けた我が子を次の体に選んだ。

「っう……」

 吐き気を覚え、ラジレは魔王から顔を背けた。しかし二日ほど何も食べておらず、出せるようなものもない。喉が焼け、酸っぱいような感覚とともにむせて、ラジレはただ咳き込んだ。

「寝具が汚れたな」

 苛立つ様子もなく言うと、魔王はラジレを軽々と抱き上げ、空いた腕を振るった。それだけで整ったシーツが現れ、どこからか取り出した手巾で、ラジレの口元を甲斐甲斐しく拭ってくる。

「やはり弱っているな、花嫁。意地を張らず、食事を取れ。其方には、丈夫な子を産んでもらわねばならぬ」
「触ら、ないで……離して……!」

 子どものように言ってしまってから、ラジレは唇を噛んで、魔王からできるだけ顔を背けた。
 もっと、心を強く持っていなければならないのに、情けない。

「披露宴が終わればすぐ、自ら足を開いて種を欲しがるふしだらな其方を楽しむとしよう」

 耳元で吹き込まれてぞわりと鳥肌を立てたラジレをベッドに下ろし、魔王はゆったりと歩いて部屋を出ていった。ラジレが投げつけた枕は、扉まで届くこともなく、ただ床に落ちた。
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