変態観測

れきそたん

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ヤらせてください

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 男は階段を駆け上り重い鉄の扉を開けた。

 夕日も沈みかけている逢魔時。
 ここは九階建てのマンションの屋上、下からでは確認すら出来ないがフェンスの向こうにパンツスーツ姿の女性が策に掴まりかろうじて立っていた。
 一度風でも吹こうなら直ぐにでも飛ばされてしまいそうな体躯の細身の女性。
 男の目の前には女性物のパンプスが揃えて置いてあり靴で押さえる様に手紙が置かれている。

「……来ないで」

 女の声は風で消えそうなくらい弱々しく呟く程度だった。

「勘違いしないでくれ!君は自殺に来たんだよね?」
「……そうよ、止めても無駄ですから」
「止める気は僕には無いよ、ただお願いに来た」

 普段はチャラチャラした性格の男だが真剣に、真摯に、ただひたすら、お願いをした。
 男の言葉に女は気まぐれにも耳を傾けた。

「……お願いってなんですか?私早く死にたいんです」
「わかった、僕は一晩君と一緒にいたい」
「は?」

 女の声は呆れ混じりで、自分でも驚くほどの音声でフェンスを掴む手が強くなってるのに気付く様子もなかった。

「……わからない?なら僕とセッ〇スをしよう!」
「私、今から死ぬんですよ?なんで見ず知らずの貴方としなくちゃいけないんですか?貴方はバカなんですか!」
「分かりました、『見ず知らず』だからダメなんですね?安心して下さい僕はDTです!病気は0の健康体ですよ408号室」
「……よん、408?」

 女は呆れも過ぎて今自分が自殺に来たことすら一瞬忘れてしまっていた。

「そうかそこから説明が必要なんだね408号室……あぁ僕は君の名前を知らないだから、このマンションの四階の8号室に住んでる君を勝手に408号室と呼ばせてもらってるって話さ……なっ!僕の話に何らおかしな点は無いだろ?君の自殺の原因も多少なりに知っている」
「私の何を知っているのよ」

 男は首に掛けた双眼鏡を片手で持ち上げる。

「これは双眼鏡だ!これで毎日向かいのマンションからこのマンションを見ていたからね……それにこの双眼鏡は特注で月のクレーターも見ることが出来るくらいのハイビジョンクリアレンズを使用した16倍率なんだよ……16倍率を嘗めるなよ君の机の上にある彼氏とのツーショット写真を見ることなんか簡単に出来る!」
「貴方はストーカーなの?」

 男は首を左右に大きく振る。

「ストーカー?僕が?バカ言わないでくれ僕はこのマンションを見ていたんだ、証拠に14日の金曜に彼氏が君の部屋から出た後に205号室で一晩明かして帰宅してるのもずっと見ていたから知ってるさぁ」
「……嘘、だって私には『好きな人が出来た』って私の知らない人って……彼女は私の後輩なのよ」
「だから自殺の前に僕とセ〇クスしよう!君のどんなエッチな願いや要求も全てするよ!お礼に僕のDTをプレゼントするから」
「私が後輩に彼氏を寝取られていたからってなんで貴方とエッチしなきゃいけないのよ!」
「このマンションから飛び降りたら君の顔も身体もバラバラのグチャグチャになってしまう、それでは君の為に用意した僕のDTはどうする?」
「知らないわよ他所の人にあげれば良いじゃないのよ!なんで私なの?」
「……昨日見たんですよ」
「?」
「昨日はフレアスカートだった……でも見えなかったんですよ!」
「 ……何がですか?」
「折角、君はフレアスカートだったのにストッキングが濃すぎてパンティが見えなかったんですよ!この双眼鏡ですら輪郭すら分からなかったんだ!……だから」
「だから?」
「せめてパンチラだけでもって来たのに……今日は寄りにもよってパンツスーツなんですか!」

 大の男の魂の叫びは女にも通じた。
 フェンスを登り男の側まで来ると膝から崩れて落ち込んでいる男の肩に手をかける。

「…男でしょ?顔を上げなさい」

 男は素直に顔を上げる。
「この変態!」声とともに女の右足は男の左頬を捉えた。

「いきなり何するんですか!僕に恨みでもあるんですか?」
「この状況で無いと貴方は何で言えるのですか!」
「君は僕とエッチするのは嫌なんですよね?」
「当たり前です!死んでもお断りです!」
「なら自殺前に僕とエッチすればお互いにWin-Winな関係が出来るじゃないですか!」

 女は額に指を当てる。

「一応聞くけど、何処にWin-Winがあるの?貴方のメリットばかり押し付けられている気がするんだけど?」
「君の自殺も考慮してますから互いにメリットはあると思いますが……」
「……もういいです」
「デレ期きたこれ!」
「デレてません!それにこれ以上のセクハラ行為は警察を呼びますよ!」
「この屋上には公衆電話は無いですからそれは、携帯で110番通報すると言うことですか?」
「……そうよ、日本の警察を嘗めないでよね!」

 408号室の話を聞いて男は安心した顔で笑った。

「……何が可笑しいのよ!本当に呼ぶよ?」
「どうぞどうぞ、携帯で呼ぶなら幾らでも」
「どう言うことよ!」
「警察を呼べるなら既に携帯で通報してますからね、わざわざ警察をを呼ぶなんて宣言する必要なんて無いのですから……つまりは君の携帯は既に停止若しくは解約してる、これから計画自殺しようとする人ですからね」
「……くっ!」

 女は鉄の扉を開けてマンション内に入ろうとする。

「何処に行くの?君の部屋でですか?確かに初めてが屋上ってのは……」
「……」

 女はエレベータに乗り込み男も同乗した。

「あれ?四階過ぎましたよ?」
「……なんで貴方みたいな変質者を家に招待しなくちゃいけないのです!」
「なら、ホテルですか?」
「これ以上のセクハラ発言の答えはしません!」

 プンスカと頭から湯気が見えそうなくらい肩で風を斬るようにズンズン女は夜の街を歩く。その後を男が着いていく。

「貴方友達いないでしょ!」
「なんでわかるんです?エスパーですか!?」
「貴方みたいな人ってウザがられて友達を無くすタイプよね!よく他人から『ウザイ』と言われない?」
「……僕みたいな気弱な奴は友達はいませんが、ウザイとは一度も言われた事無いですよ」

 408号室、君が初めてだと男は付け加えた。

「嘘、私は貴方みたいなウザイ人は初めてです!」
「だからさっきから怒ってるんですね」
「……そう……ですね、私……怒ってます……ね」

 男は女の隣を歩くとマジマジと横顔を見る。

「……何よ!」
「綺麗なんですね、怒り顔も」
「恥ずかしい台詞も次からはセクハラ発言に含めるわよ!」
「それは横暴だよ~」

 夜の街を歩いて着いた場所はファストフードの代名詞ハンバーガー屋だった。

「貴方は何か口にしないの?」
「僕は食べないし、お腹も空かないからね」

 だったら席くらい確保してくれてもバチは当たらないわよと女は独りごちる。

「貴方ねぇ年間の自殺者数は増加してるのだから話掛けるなら誰でも良かったんじゃないの?」
「それは違うよ、本当に違う」
「何が違うのよ、こんなコミュ障のメタ女を口説いてもメリット無いと思うんだけど?」

 男は黙って首を左右に振るだけだった。

「それよりも死んでどうしたかっ……いえ、成りたかったんです?」
「死んで何もかも楽に成りたかったのかも」
「どうしてそう思うのです?」
「……重いのよね……なにもかも……肉体が重くて……苦しくてって分かるかしら?」
「そうですね…僕もそう考えた時期もありました、でも」
「……でも?」
「……いえ、自殺は止めたのですか?」

 女はハンバーガーをパクついてコーラをすする。

「……止めよ、今日はね」
「なら自殺が成功した君は何処に向かうの?未練とか無いの?」
「未練はある……あるけどさぁ死んだら何もかも無くなるし、それに幽霊になって幽霊の友達と楽しく出来るんじゃないかな」

 まるでこれから旅行に出掛ける感じで女は男に語った。

「だと良いですね……でも死んだら幽霊は誰が見えるって言ったのですかね?」
「心霊写真があるんだから、幽霊はいるよね」
「僕は幽霊の存在は認めますけどね……」

 女は最後の一口を食べると包み紙をクシャっと丸めて口を拭いた。

「最後の晩餐ですか?」
「そうなるわね」
「なんで100円のハンバーガーなんです?最後なんだからもっと贅沢出来ますよね」
「さっきから貴方はなんなの?死後や食事にいちゃもん付けて……」
「……僕と同じだったから……最後に食べたのがハンバーガーで……」
「!……最後ってまさか」

 男は立ち上がると一回転する。

「見ての通り死んでるよ僕はね……君の言う幽霊さ」
「ふざけないで!変態だけど触れるし、変態だけど足は有るじゃない!」
「変態は余計だけど回りを見てみなよ」

 女は店内を見るが視線は自分だけに向いていることに気付く。

「なによこれ……」
「あまり大声を出さない方がいいよ、回りには僕は見えないし君以外の人は触れないからね」
「じゃあ私さっきから一人で喋ってる危ない人じゃないの!」
「そう怒らないで下さい、僕は本当に正真正銘のDTですよ証拠もあります」
「あのねぇ貴方がDTかどうかなんてこの際どうでも良いわよ!……証拠?DTと非DTの違いってあるの?」
「DT線って知ってる?」
「……知るわけ無いでしょ!」

 男はDTだと筋が急所の裏側にあってDTじゃ無くなると筋は消えると顔を赤くしながら説明をした。

「……つまりその筋があればDTだというのね?」
「そう」
「貴方はDTだと認めるわ、ただしDTをかなり拗らせているわね」

 408号室は男を見ると自然と顔が緩んできた。

「あのさ、外に出ようか」

 女は男を連れて外に出る。
 昼の暖かさは夜には無かった。
 夜の街を二人は歩いた、目的地は今度は存在しなかった。

「幽霊の先輩として、幽霊の不都合ってあるの?」
「……あるよ、でも僕はここに来れる霊では無いんだよね、僕は地縛霊なんだ」
「地縛霊」
「君を見つける前まで僕の日常は、マンションの屋上から飛び降りて死んでまた屋上に現れ何度も何度も振った女の名前を叫びながら堕ちて死ぬそんな事を繰返していた」
「嫌なループね」
「君も明日には同じ事をする事になる、……でも僕は君に出会った事で何故かループから外れた」
「……なんで?」
「わからない、でも僕はこれをチャンスと思い色々な人に話しかけたけど言葉を交わすことも触れる事すら出来なかった」
「それで?」
「三日前に君を見つけた、君は他の人と同様初めから言葉は通じなかった……そして三日目の今日はどうせ聞こえないならとセクハラ発言を続けた」
「まだなんで私だったのかの説明が無いわよ?」
「君が自殺志願者だったから、だから声をかけ続けた……だって死に一番近い人間は君しか近くにいなかったから」
「……そう、君は幽霊の知り合いとかいるの?」
「死んでから僕は一度も幽霊を見ていないんだ、ただの一度もね」

 男は約八年間幽霊をやっている。
 その間に成仏出来る要素は一度も無かった。
 そして何度も自殺を繰返している為か、振った女の名前も顔も思い出せない。


「ふぅ……良かったね、お疲れ様」
「何が良かったんですか」

 女の顔は計画自殺をさっきまで行っていたとは思えないほど明るさを取り戻した笑顔になっていた。

「だって名前も顔も思い出せないほど怨みを立ち斬ったのだから……堕ち続けたのも……ぷーっ!」
「あーもう!ここは極めるとこでしょ?」

 女は散々笑って、涙まで流している姿を晒した。

「……貰ってあげるよDT」
「本当!」
「でも、今じゃ無いわよ!私が死んだら真っ先に迎えに来てよね!」

 男はガックリと項垂れるがその背中を被さるように抱きつき耳元に唇をよせて――――

「色々経験した女は最高に気持ちいいらしいよ♪」
「その時は是非貰って……」
「貰うんじゃなくて、奪うわ……きっとね」
「はい」

 その後暫く二人で話をした、下らない話だったけど楽しい時間だった。

「君は……未練は無いの?今は?」
「ん……一つだけかな、未来への未練かな」

 男の目は女の顔を映すことなく虚空を眺め涙していた。

「どうしたの?」
「……天界扉ゲートだ……こんなの初めて」
「……行くの?」
「……あぁ……いってきますっ!」

 女から離れて歩く男の背中が真っ白の光に包まれていった。

「………いってらっしゃい」

 女の声が男に届いたかは分からないけど、『今度は迷わないといいな』女はそう願った。


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