異世界の学園物語

白い犬

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第1章 売却少女

第16話 本能と計算

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さて、火山地帯へといつものごとくやってきたわけなのだが、これまた開幕早々かなり面白いことになっている。

今回のティナとグウェントの戦いは、とてつもなく簡潔に言えば接近戦が始まるか否かで勝負が決まる。それもそのはずで、ティナは接近されたときの対応策を多く持ち合わせていない。それに対し、グウェントにとって接近戦はまさに自分の土俵。近づけば勝ちのようなものだ。

以前の入学テストの時は乱戦だったこともあり、ティナの演算化がグウェントの動きに間に合っていたが、一対一ではそうはいかないだろう。

さらに言えば、グウェントの獲物は大剣で、ティナの獲物は魔道杖。武器のパワー的な意味でも、近づかれてティナが避けきれなければ、そこでティナの敗北は決まる。

ここまでつらつらとティナが勝つのがなかなかに難しいという話をしてきたのだが、今俺の目の前に広がる光景は、こんな考えはばかげていたのだと教えてくれる。

何が馬鹿げてるか、なんてそりゃ簡単だ。近づかれたら終わり、なんて話は不毛だった。

まず、グウェントはティナを見つけることすらできないかもしれない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ーー!!



#####



「はは・・・。」

思わず乾いた笑いが口から洩れる。正直、こんな光景見せられたら、それしかできないだろう。

開始した直後、俺はまずティナすけを探すべく、火山地帯をうろうろしていたのだが、その時から少し違和感があった。

妙に、溶岩が俺に向かって飛んでくるのだ。まるで意志があるかのように。

最初はこのステージがそういうギミックなのかと思った。だが違った。

一分もたてば、これがそういうものじゃないと気付く。明らかに俺に対しての敵意のようなものを後ろに感じる攻撃が飛び始めた。これも溶岩だ。

そして、それをいなしながらティナすけを探してさらに一分。もはや俺に飛んでくる溶岩の数は数え切れないほどになっていた。

そこでようやく理解する。これは、演算化の魔法だ。

あの魔法は、規則性を与える魔法だ。つまりこれはきっと、俺が通るたびに偶然俺に向かって溶岩が噴き出るような規則性を与えられている。

これは想像をはるかに超えて厄介だ。なぜならこの攻撃は、ティナすけが俺を見る必要がない。つまり、ティナすけは俺から逃げ続けるだけでも、俺に攻撃を仕掛け続けられる。

もし、俺が疲弊する前にティナすけを見つけられなければーー。

その時は、俺の負けになる。

そして場面は今に移る。

「くく、だけどなティナすけ。」

首を鳴らし、迫ってくる溶岩を切り伏せる。そして口元に獰猛な笑みを浮かべ。

「そう簡単に負けるつもりはねえぞっ!」

俺の魔法を使う!


#####


「ーーお、これは。」

「もしかして・・・?」

グウェントが魔法を使う気だな。まだ俺たちの誰もグウェントの魔法を見たことがない。確か、敵味方の区別がつかなくなるので、仲間のいるところでは使えないんだったか。

と、観客席の俺たちが反応したところで、グウェントが静かに目を閉じ、顔を下に向けた、次の瞬間。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

グウェントが吠える。観客席には、戦いの影響は全く届かないはずなのだが、なぜか俺たちはその声に気圧される。

「これは・・・すごいな。」

思わず俺の口からその言葉が漏れる。正直想像していたよりずっと戦闘能力が上がってる。

俺の視線の先では、右から噴き出した溶岩を大剣の一薙ぎでかき消すどころか、その先の岩盤部分を風圧のみでえぐり、さらに足元から噴き出ようとしていた溶岩は右足で踏みつぶしている。熱くないのか、あれ。

いや、そもそも今のグウェントには痛覚があるように見えない。先ほどから、ひっきりなしに噴き出る溶岩に対処できない部分を焼かれたりしているのだけれど・・・。

まったく痛そうなそぶりを見せない。まさに狂戦士といった風貌だ。

そんな神話にでも出てきそうな威圧感を持つグウェントだったが、空中を見つめ、2,3秒立ち止まったかと思うと、急に走り出した。その先は・・・。

「ティナ、見つかった。」

ミーナの言う通り、グウェントはティナのいる方向へと急接近している。実際に目で見えたわけではないはずなので、獣としての嗅覚のようなものだろうか。

「まったく、獣人の俺にもそんなことできないんだけどな。」

思わずあきれてしまう。いや、ほんとに。そりゃ、知ってる相手のにおいの場所を普通にかぎ分けるくらいなら、やったらできるかもしれないけどね。いくら何でも、火山の中の人のにおいまでは、追えないって。

グウェントが頂上まで上り詰める。そして火口をのぞき込むと、そこにあるのはただの溶岩。しかし確かにその奥にはティナがいる。演算化によって、自分の周りの溶岩を遠ざけたのだろう。

グウェントは、その溶岩をにらみ、そして大剣を大きく振りかぶる。そしてそのまま、全力で振り下ろした。

すると、グウェントが振った大剣によりとてつもない風が発生。いや、風というどころか、刃と言えそうだ。とにかく、そのレベルの風が、溶岩を真っ二つに切り裂いた。

これは、ティナの負けかもしれないな、と最初に思ったこととは正反対の感想を抱く。ティナのとった作戦は正直とても優れた作戦だと思う。普通であれば、ティナのとったこの作戦を初見で敗れる存在はまずいないだろう。それは、俺や、リヒターにも言えることだ。

近距離戦が圧倒的に得意だという相手に対しては、最善の手だったようにも思える。

だが、今回は相手が悪すぎたとしか言えない。居場所を獣の嗅覚を超える制度で見つけられるような奴に対してはこの作戦の効果はかなり薄くなってしまう。

と、俺は勝手に結論を出そうとしていたのだが、ここで違和感に気づく。

待てよ、ティナはなぜ、あの溶岩から出てこなかったんだ?

グウェントは山を登っている最中にも片っ端から溶岩を切り伏せ、轟音を鳴らし続けていた。ティナからしてみれば、自分の作戦が思い通りにいってないのはグウェントが近づいてくる音からもわかったはずだ。

なら、ティナがあの溶岩の中にとどまり続けていた理由は、一つしかない。

あの場にいることが、最も勝率の高い行動だと考えたんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまりそれは・・・。

火山の中央、ティナが先ほどまでいたところ。

グウェントのめちゃくちゃな一撃によって、岩が砕け、砂煙を巻き上げていたそこには。

魔道杖を構え、その一撃を耐えきったティナがいた。

「けほっ、けほっ・・・。まったくどんなでたらめな威力ですか・・・。演算化で固めまくった溶岩の壁が全部壊れるなんて、思ってもみませんでした。」

口元を抑えるティナ。その手は赤く染まり、ティナが今の一撃を止めきれなかったことを示唆していた。

だけど、ティナは笑う。

「でも、これで終わりです。まったく、失敗しましたねグウェントさん。」

地鳴りがなり、地面が揺れる。

「小さいころ言われませんでした?火口に近づいたら危ないって。」

そうか、そういうことか。俺はようやくティナの狙いを理解する。ティナははじめから、逃げ切るつもりなどなかったんだ。あの状況下で、グウェントが魔法を使い、自分の場所を見つけることまで、計算済みで。

「それじゃあ、グウェントさん。またあとで。」

ティナのその言葉とともに、火山の外側を駆け上がってきていた溶岩が一斉に火口に飛び込む。

「・・・!?」

それによって、火口のすぐ近くにいたグウェントは巻き込まれ、そのまま火山の奥深くにのまれていく。

もちろんティナも火山内部にいたのだから、それには巻き込まれるが、先に死んだのは、それこそ当然のことではあるが、グウェントだった。

こうして、グウェント対ティナの戦いは、ティナの勝利で終わった。しかし、ティナに負けたとなると、グウェント悔しがりそうだなー。

・・・あとで、ジュースでもおごってやるか。
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