異世界の学園物語

白い犬

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第1章 売却少女

第7話 網にかかった獲物

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 あれから、1ヶ月が経った。

 新しいクラスではそれなりに馴染めているとは思う。どうにも尊敬の眼差しのようなものが向けられているのはむず痒いものだが、それに目を瞑れば、学園生活は概ね好調だろう。

 そして今、クラスはとても燃えている。なぜなら、1週間後、決闘祭が開かれるからだ。この1ヶ月、訓練と学業に励んできたからこそ、その実力を発揮したいというもの。

 かくいう俺も、この決闘祭を楽しみにしていて、魔法の鍛錬や、体術の訓練などもしてきたものだ。それに、戦場は校長の魔法で毎回変わるらしいので、座学で学んだ戦略も使い所となる。

 放課後、そんな風に意気込んでいる俺のところに、いつものメンバーが集まってくる。貢献部の面々だ。

「トラン、口元が緩んでるぜ。どうせ一週間後が楽しみで仕方ないんだろ。」

 そう話しかけてくるのはグウェント。そういう彼も、口元が緩んでいる。

「好戦的です、2人とも。まぁ、私も新しい道具を試せるのは楽しみですけど。」

 そう言うのはティナ。また何か作ったらしい。1週間前の彼女の発明品については、思い出したくもない記憶となっている。

「はいはい、楽しみなのはいいけど、今日は依頼があるからそれを忘れないでね?」

 そう言うのは、アリス。

「今日の依頼はどんなのだった?」

「えーと、猫の捜索と、ブレイザーズへの見学ね。」

 ん?猫の捜索はわかる。貢献部は民間からの依頼も受けているので、恐らく小さい子かそこらの依頼だろう。だが、ブレイザーズとはなんだろうか?

「アリス嬢、多分トランのやつブレイザーズがわかってないぜ。」

 グウェントに呆れられながら言われる。そんな反応しなくてもいいだろう。

「まぁ、トランさんは紅い狂犬も知らないですから。」

 ティナまでそんなことを言ってくる。すまないね、世間知らずで。

「えっとね、ブレイザーズって言うのは、民間の何でも屋さんみたいな組織なのよ。荒事とかも請け負うから、戦力としても大きな存在だし、この街では有名な組織よ。」

「凄い組織なんだな。でもなんでそこが俺たちに見学の誘いを?」

「ほら、うちの学校でブレイザーズに近いことやってるし、それなりに強い人が集まってるから、勧誘みたいなものでしょうね。」

 なるほど。将来の引き抜きということか。まぁ、依頼は依頼だから、行くしかないのだけど。

「とりあえず、猫の捜索からやろうか。依頼主は?」

「学校裏に住んでるミルちゃんね。なんでも、旧市街に連れて行った後に見失ったから、そこらへんにいるかもってことらしいわ。」

 旧市街ときたか。これは手間だな。なぜなら、トルーパーの旧市街はとにかく広いのだ。

「お嬢、もう少し絞れないか?流石に旧市街全域は無理があるぜ。」

 さすができるグウェント。俺の聞きたいことを的確に聞いてくれた。

「うーん、そうは言っても、これ以上書いてないし・・・。」

「あー、てなると、しらみつぶしに探すしかないか・・・。」

 これは仕方ない。書いてないことまで考えるのは不可能だからな。

「多分、旧市街のマンションメチルダじゃないでしょうか?」

 と、ここでティナがそんなことを言う。

「なんでだ?」

 ティナは適当なことを言わない。そう思うからにはそれ相応の理由があるはずだ。

「まぁ、予測の域は出ないですよ。ミルちゃんはお母さんを亡くしてるんですが、昔一緒に住んでたのが確かあのマンションだったはずです。それ以外にミルちゃんが旧市街に行く理由も思いつきませんから、そう思っただけです。」

「思い出巡りって、ことか。それはありそうだな。」

「じゃあ、とりあえずメチルダマンションに向かいましょうか。」

「そうだな、確か旧市街は街の南東部にあったはずだ。」




 #####



「さて、メチルダマンションに着いたが。」

 ボロッボロである。すでに廃墟化しているとは聞いていたけれど、よくこんなところに入ろうと思ったね、ミルちゃん。

「噂に、魔物も湧いてるって話もあるです。」

「とんでもないな、おい。」

 グウェントが顔をひきつらせる。横で俺とアリスもひきつらせる。猫は大丈夫なのか?

「と、とにかく、早く猫ちゃんを助けてあげましょ。」

 皆、アリスの言葉に頷く。というか、早く助けて、早く帰りたい。不気味すぎるぞ、このマンション。

 ーーさて、中に入りましたけども。暗いし、ギシギシ音はするしで、不気味極まりない。

「ティナ、ミルちゃんのお母さんはどの部屋に居たんだ・・・?」

「流石にそこまでは知らないです。」

 ティナはそう言いながら、グウェントを盾にして歩いている。

「おい、ティナすけ。何してる。」

「1番頑丈そうな人を、1番役立てる場所に置いてます。」

「お前、俺相手のその容赦のなさはなんなんだ?」

 仲良しの2人はいつもこんな感じだ。なんやかんやで、ティナはグウェントを1番頼りにしてると思う。しかし、部屋がわからないとなるとな・・・。

「じゃあ一つずつ探すしかないってことね。」

 アリスが嫌そうな顔をしている。まぁ、ここに長時間いるのは俺も嫌だ。

「とにかく、ゆっくりやるのは滞在時間を増やすだけだから、できる限り速やかに見つけよう。」

「じゃあ二手に分かれようぜ、トラン。」

 グウェントがそう言う。なるほど、それは一理ある。

「じゃあ、私はグウェントさんと行きます。いざという時はおぶってもらいます。」

「便利アイテムじゃないぞ俺は。」

「そうなると、俺とアリスのペアだな。」

「ええ、頼むわね、トラン。」

 ニッコリと微笑むアリス。これはいざという時は盾になれという脅迫でないだろうか。

 とにかく、二手に分かれることにした俺たちは、4階建てマンションの1.2階をグウェントとティナ。3.4階を俺とアリスで回ることになった。

「よし、とにかく部屋を開けて探していこう。」

「そうね。・・・幽霊とか、居ないわよね?」

「はは、まさか。・・・まさか。」

 いや、居そうなんだよ、この雰囲気。だから、そんな目で見つめないでください、アリスさん。

「と、とにかく、ほら。部屋を探していこう。」

「・・・そうね。怖がってても仕方ないわ。」

 そういい、部屋を開けて猫を探していく俺とアリス。結果、3階には
 猫はいなかった。

「じゃあ4階を探しにーー。」

 カサッ。

「「・・・。」」

 今、階段の奥から、聞こえちゃいけない音が聞こえた気がする。横を見ると、顔の引きつったアリス。その口が、わずかに開き、言葉を紡ぐ。

「ーー頼むわね、トラン。」

 俺に一任してきた。その顔は青ざめていて、本当に無理、と激しく意思表示している。俺もあの黒いナニカは嫌いだが、アリスを見ると、まだマシだなと思う。仕方ない、ここは俺が行くしかないな。

「はは、わかったよ。じゃあ、アリスは下で待っててくれ。」

「ごめんね、あれは本当に無理なの。」

 そう言ってアリスは降りて行く。よし、なら4階の捜索に行くか。黒いあいつは見つけ次第赤色で囲って、隔離だ。

 階段を一段、また一段と上がって行く。その度にギシギシと鳴る音が更に恐怖を掻き立てる。どこだ、どこからくる。目を光らせながら、階段を上がりきる。

 カサッと、もう一度音がなる。右上天井、そこか!すぐさま俺は朱色を展開、そこにいる生物を下に落とす!すると、床にどたん、と音を立てその生物が落ちてくる。・・・え、そんなGって重かったっけ?暗闇でよく見えない。落ちた地点を赤で囲い、逃げられないようにして近寄る。そこにいたのは。

「ーー蜘蛛、の女の子?」

「痛い・・・。」

 めそめそと泣いている、下半身蜘蛛、上半身女の子の生物だった。



 #####



 猫は、グウェントたちが見つけていた。あの後、無事に猫は飼い主のミルちゃんの元へ届けて、そして今、俺たちは学校の部室で、蜘蛛の少女が俺の作った炒飯を食べているところを見ている。

「美味しい!」

「ーーおい、トラン。どういうことだ、説明しろ。」

「何もわかってないのはむしろ俺だ、グウェント。」

「もしかして、噂の魔物ってこの子?」

「恐らく、そうです。」

 困った。どうすれば良いのだろうか。何となく落とした申し訳なさから連れて帰ってきてご飯も上げてしまったけれど。これは大変ではないか?

「魔物だとしたら、ここに連れて帰ってきてるのまずいんじゃないか?」

「そうね、害をなすようには見えないけど、周りの人はそう思わないかもしれないし。」

「街の外に還すのがいいです。」

 まぁ、そうだろうな。3人のいう通りだと俺も思う。

「せめて、人間と同じ姿ならまだ何とかなるんだけどな・・・。」

 その言葉に、蜘蛛の少女はこちらを見て、首を傾げる。人間の言葉はわかるけど、会話の意味まではわかんないか。仕方ない、俺はしゃがんで、少女に話しかけようとしたその時、少女が、淡く光り始める。その光に目を閉じた次の瞬間。

「これでいーの?」

 下半身蜘蛛の少女は、完全に人間の姿になっていた。

「「「「ーーえ?」」」」

 俺たちは彼女を間抜けな顔で見ることしかできなかったのだった。
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