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ーーー彼らは

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 その日は朝から学校中がそわそわしていた。
 裏にはパトカーが停まり、職員室には警察官が来て何やら教師たちと話をしている。
 何も後ろ暗いことがなければ、パトカーや警察官のいる非日常にワクワクしてしまっても仕方がない。特に男子生徒はスマホで写真を撮ったり職員室を覗きに行ったり、終始落ち着きがなかった。
 その中で、ある教室の隅で纏まって話している男子生徒が三人いた。
「なんだよあれ。」
 菱沼が腕を組んで肩を揺らしながら、小さな声で訊ねる。「知るかよ。」
 ズボンの両ポケットに手を突っ込んで、せわしなく目を動かしながら上岸が答える。
「ばれたのかな。」
 下唇を指先でいじりながら林がオロオロとつぶやく。
「バカ。そんなことあるか。アレは消したんだろ?俺達が昨日あいつと一緒だった証拠はねぇんだよ。」
 菱沼がさらに小さい声で、しかし強く言い返す。
 そう。写真も動画も消した。
 あいつに関わる記録はみんな消した。
 クラスの何人かはまだ持ってるかもしれないが、そんなこと知ったことか。
 林がブルブルと頭を振る。
 あいつが川に入って足を掬われ水中に沈んだ。
 その直前、彼を見た。
 怯えた顔で、彼を振り返った瞬間、川の流れに足を取られて沈んだ。
 バシャバシャと流されながらもがく腕。
 三人はすぐにその場から逃げ出した。
 何も見てない何もしてないあそこにはいなかった。
 そして奪ったあいつのスマホを持ったままだと気付く。
 このままではバレてしまう。
 咄嗟に川に向かってスマホを投げた。
 その投げる動作をするために振り返った時、もう藻掻いて水面を叩く腕は見えなかった。
 流されたのか、沈んだのか。
 三人は足を止め、じっと川面を見つめる。
 顔を出すな。
 沈んでいろ。
 そうすれば今この時の証人はいない。
 彼らは無言で見つめ合い、頷く。
 体が震える。足がもたつく。
 それでも走って走って走って・・・
 商店街の端にあるコンビニの脇で、車座になった。
 スマホの画像や動画を消す。
 SNSの自分達が送ったメッセージを消す。
 やつのスマホには残ってるが、水没して壊れたし流されたから見つからない。きっと見つからない。
 そんな三人の元に、廊下から戻ってきた一人の男子が駆け寄った。
「お前ら何やった?」
 小さな声なのに怒鳴るようなニュアンスで、三人の中に首を突っ込む。
 その慌てた様子にお互いの目を見合う。
「何もしてねぇよ。なんだよあの警察は。」
「喜多川が帰ってないらしい。」
 ビシッと音がしそうなほど三人が固まる。
 なんとなく嫌な予感があって職員室を探ってきた男子生徒、木次は顔をしかめた。
 木次は傍観者だった。
 ただこの教室の中で起こっていたこと、外で起こっていたことを知っていただけだ。
 彼らのように積極的にいじめはしない。でも止めたりしない。
 枠の外から笑って見ている側だった。
 だから登校して警察が来ていることを知って、教室の中でまとまる主犯格に嫌な予感がした。
 木次は傍観者だ。そして事なかれ主義だ。何事にも積極的に参加はしないし、笑って見ているタイプだ。
 責任は取りたくないから。知らないふりをする。
 木次がスマホを取り出す。
 彼が様々なデータを消去するのを、三人は黙って見ていた。
 その時、クラスで作ってあるグループチャットが着信した。
『喜多川関連のデータ消せ。警察が教室に行く。このグループも消せ』
 それは担任からだった。
 
 
 
 
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