僕は魔王の寵愛を受けて復讐する

神尾瀬 紫

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優豪と四天王の雑談

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 謁見の間。
 優豪が初めてこの世界に落ちてきたときの部屋だ。
 ドーム型の高い天井を見上げて、あんな高いところから落ちたら普通に死ぬんじゃ?と背筋が冷える。そもそもこの世界に来たときに死んでいたというのは、溺死ではなくて転落死だったのではないだろうか?
 今になってはどうでもいい自分の最初の死因に思いを馳せてしまうのは、ただの現実逃避だ。
 どうして現実から逃避したいのか。
 その理由は、今優豪が立っている場所にある。
 サッカーコートがすっぽり入りそうな広い部屋に集まっている千人の魔族達。
 三日ほど前にテラスから(図らずも)見送った軍隊がここに集結している。
 確実に数は減っている。しかし激減はしていない。目を凝らせば半数以上はなんらかの手当てが成された姿ではあるが、あの日出陣して行った殆どがこの場に立っていると言うことだ。
 人族を殲滅しろと命令されて、帰ってきた意味。
 しかし優豪が現実逃避をしている原因は、その罪悪感からではなかった。
 横にはきらびやかな大きな玉座があり、魔王がどっしりと腰を下ろしている。
 それだけなら良い。当たり前の光景だろう。
 その横に見知らぬ人族が立ってさえいなければ。
 優豪は数多の魔族たちの視線に晒されて、内心諾々と汗を流していた。
 玉座は十段ほどの階段状の段の最上階にあり、後ろの方まで見下ろせる。
 その途中、下から三段目が広めに踊り場のような空間になっていて、そこに四天王のうち行軍に参加した赤マントと紫マントが横並びで跪いていた。
 さらに三段ほど上がったところにまた踊り場があり、そこには両端に一人ずつ青マントのシーリャン、緑マントのエンミが立っていた。
 優豪は何度も考えている。
 どうして自分は魔王の横にいるんだろうか。
 
 当然、自ら望んだわけではない。
 
 魔族軍が凱旋したという報告を魔王が受けたとき、優豪は魔王の膝に抱かれていた。
 別に何かをしていたわけではないが、ただ抱えられていた優豪は、謁見の間で労いをすると聞いて、その膝の上から降りた。もちろん魔王が謁見の間へ移動しなくてはならないからだ。その時間は優豪は暇になる。
 何をしていようか、王城内なら魔王から離れていても命の危険を感じるほど苦しくはならない。数時間くらい探検していてもいいだろうか。そんなことを考えていた。
 魔族軍が謁見の間に集まったと言う報告を受けた魔王は、まるで王の持ち物として当たり前のように優豪を連れ出した。
 現世にいた時にゲームや映画で見た王様は、よく豪華な王杖を持っていた。それを持っているかのような自然な動きで、そのまま謁見の間の最上段に続く通路を引っ張られ、玉座に着く魔王の横に立たされた。
 全員が跪いて頭を下げているので、誰一人異変には気づいていない。
 優豪はつい、腰に回されている魔王の手を掴んでいた。
「魔王陛下の御前である。忠誠を。」
 厳かに、シーリャンの声が凛と響いた。
 次の瞬間。
 全員が顔を上げてから上半身を起こす。右の拳で胸の真ん中あたりをドンと叩く。
「魔王陛下に忠誠を!この血のすべて御身のために!」
 喋れる何十人もの声がたった一人の声に聞こえるくらいピッタリと揃っていた。
 そして顔を上げた千人もの魔族の目が魔王とその横に立つ優豪に注がれる。
 赤マントと紫マントは明らかに怪訝な顔をした。
 わかっている。優豪もなんでここにいるのかわからないのだから。
 全身から汗が吹き出す。現実逃避をしてもこの状況は変わらない。
 離してほしくて掴んでいた魔王の手に力を入れてみるが、さらに力強く腰を支えられるだけだった。
 シーリャンとエンミが、体をこちらに向けて跪いた。
「陛下。お言葉を賜りたく存じます。」
 頭を垂れる寸前、エンミに睨まれた気がしたが気のせいだ。
 魔王が鷹揚おうように頷く。
「皆、大儀であった。傷を負った者も多いようだ。しっかり休め。」
 その言葉に、内心優豪は驚いた。
 部下の体を心配して休めと言っている。ホワイト企業じゃないか。
 現世で進路を考えていた時に目に入ってきたブラック企業のネタに、いずれする就職に対してかなりビビってしまった。
 しかし魔王の言葉は続いていた。
「・・・だが、人族の一つの国に対してなぜそんなに苦戦した?予想の倍以上戦力を削られているようだが。」
 優豪を抱えていない方の腕は、肘掛けに乗せて頭を支えている。
 そのスタイルはかなり高圧的だ。
 すると、跪いていた紫マントのウルフヘアが口を開いた。
「はい。私からご報告したく存じます。魔王陛下。」
 魔王の頭を支えていた指が、ツイッと動いて彼を指す。
 発言を許可されたと理解した。
「今回は人族の大地の十二区を攻めましたが、こちらには魔族を討伐するための戦力が集められていました。数はおよそ二千。さらに、我らに対抗するための魔術師を増やして応戦してきました。そのため、我が魔族軍の最下隊が押し負けてしまいました。」
「我が魔術隊の防護が間に合わず、申し訳ありません。」
 もう一人の赤マントも頭を下げる。
 報告の内容から、紫の方が武術で赤の方が魔術らしい。
 意外だ。なんとなく逆だと思っていた。
 魔王はなぜか優豪のグレーのマントを弄んでいた。
「人族が魔術師を増やして対抗してきたということか。生意気だな。」
 クックックといかにも魔王らしい笑い声を出す。
「は。そして武術隊に対しても、武器を強化して勇者なるリーダーを擁してまいりました。人族にしては手強い相手でしたが、もちろん首を獲ってまいりました。」
 紫マントがそう言うと、段下から一人の鎧を着たそこそこイケメンの軍人がトレーを掲げて進み出てきた。
「っ・・・」
 優豪の口から微かにうめきが漏れる。
 そのトレーには傷だらけの男の頭部が乗っていた。歳の頃はまだ若く、20代前半だろう。その瞳は虚ろに半開きで、虚空に向けられている。
 生命活動を止めてただの物質となった『勇者の首』。
 現世のゲームやマンガは勇者が魔王を倒すように出来ていた。
 しかしこの世界は違う。
 勇者は弱者だ。精一杯の戦力を投入して・・・負けた。
 戦争とはそういうことだ。
 魔王は、それをしばらく観察し、持って行けとばかりに手をヒラっと返す。
 軍人が、元いた場所に戻った。
「それで、十二区は落とせたのだな?」
「は。勇者と討伐隊を倒せばあとは丸裸の王と民がいるのみ。殲滅するのに一日で片付きましてございます。」
 そして今度は別の軍人が別のトレーを持って現れる。
 今度は白髪の頭に王冠を頂いた、まさしく“国王”だ。
 苦しんだようで、顔が歪んだまま硬直している。
 優豪は堪えられず口を抑えてうずくまった。
 戦争の現実。人が殺される世界。
 ゲームでもマンガでも映画でもなく、失われた命は戻らない世界。
 優豪はたまたま魔王の目の前に出現して、興味を惹かれたので助けてもらえた。
 命は簡単に奪える。
 魔力を使えばより簡単に。
 優豪の体がブルッと震えた。
 吐いてしまいたいのに、吐ける物が胃袋にない。
 優豪は食事を取らなくてもいい体になっていた。だから食べていない。
 それが幸いしたと、強くえづいて溢れた唾液を拭う。
「どうしたユウゴ。」
 冷たい虹彩だけの瞳が優豪を見下ろす。
「いえ、何でもありません。」
 もう一度口元と、勢いで濡れた目元を拭った。
 この武器を、この体に取り入れる。
 人の生命を蹂躙できる力を、この体に取り入れる事ができる。
 もう一度優豪の体が震えた。
 それは恐怖や嫌悪ではなく。
 その瞳は歓びに輝いていた。
 魔王が面白いものを見るようにその目を細めた。
「それならいい。立て。」
 そう言いながら魔王も同時に立ち上がる。
 もう一回口元を拭いて、優豪は立ち上がった。
 確かに、玉座の隣であまりうずくっているのも見た目が悪い。
 魔王は優豪を再び引き寄せた。
「皆に紹介しよう。ここにいる人族は異世界からやってきた特別な人族だ。これは我の保護化にある。誰もこれに手を出すことのないように。」
 そう言ってチラリとエンミを見る。
 彼はビクッと肩を揺らした。
 優豪もあのときの衝撃を思い出し、そっと口に手を添える。
 ほんのちょっと、共犯のような親近感を、誘惑した事の罪悪感とともに感じていた。
 
 
「だからってなんでオマエが灰銀色なんだよ。」
 エンミが口をとがらせて優豪のマントを掴んで揺らす。
 場所を移して、そこはいわゆる談話室のようなところだ。
 重厚な応接セットの脇で、四天王と優豪が立ち話をしていた。
「なんでって言われましても、これをもらったからですよ。」
 その手からマントを奪い返す。
 紫マントが笑いながら、頭一つ分低いエンミの頭に腕を乗せた。
「まぁまぁ。お前は陛下大好きだからなぁ。この色を頂いたってことは、この異世界の人族の方が気に入られてるってことなんだろう?」
 そしてその笑顔を優豪に向ける。
「俺はハニム。武術隊の隊長だ。よろしくな。」
 暑苦しいことで有名な、その人物がいると気温が一度上がるという都市伝説を持つ、元スポーツ選手の某タレントを思い出す笑顔でそう言った。
「私は魔術隊隊長、ビャラカイです。お名前をお聞きしても?」
 もう一人、グレーのオカッパ赤マントがスマートに聞いてくる。
 やはり戦隊で育ってきた身としては、色のイメージは固定されてしまっていて、紫の熱血とクールな赤に慣れない。
 熱血は赤だろう。
「こいつはキタガワユーゴ。変な名前だろ。」
 何故かエンミがふんぞり返って紹介する。
 魔族と人族の四対の目が呆れたように彼を見た。
「優豪とお呼びください。喜多川は苗字・・・家名なので。」
 改めて優豪が名乗る。すると今度は魔族の四対の目が不思議そうに優豪を見た。
「かめい?名前以外に名乗る言葉があるのか?」
 やはり溌剌という言葉が似合うハニムが訊ねた。
「はい。えっと、家の・・・名前です。一族の、どこの家の者かわかるように。」
 もっとも、その家族にも見捨てられた自分に名乗りたい苗字はもうない。
 すると、シーリャンが縦ロールを軽く指で払ってその指を顎に添えた。濃いグレーの縦ロールが褐色の美しい顔を縁取る。こちらは少し古い少女漫画のようだ。
「カゾクとかイエとかよくわからないが、そういえば人族は長い名前を名乗っていたな。」
「ああ、なんとかの家の誰だ、みたいな名乗り方をするやつもいた。ということはユーゴのいた世界の人族も、繁殖で増えるのか。」
 ハニムの言葉に、今度は優豪が怪訝な顔になる。
「魔族の方は家の名前とかはないんですか?個人名だけ?」
「そうですね。我々は繁殖で増えるわけではありませんから。」
 ビャラカイはクールに腕をくむ。
「いちいち繁殖しないと増えないなんて、非効率的ですよね。確か、雌型が産むんでしょう?」
「めすが・・・、はい。まぁそうですね。その言い方なら俺は雄型です。」
 そしてふと気付く。
「魔族には雌型はいないのですか?」
「上等魔族には雄型しかいません。それ以下、中等魔族と下等魔族には性別もないのです。」
 なるほど。繁殖がいらないなら性別もいらないということだ。ならばなぜ雄型はいるのか。そう疑問を投げると、
「そんなの、マウンティングに決まってるじゃねぇか。」
 ハニムが野性的な表情で言った。
「魔族は力が全てだ。生まれた場所でランクが決まるが、その後上に行こうとするやつは上の者を倒して、自分の証を中に注ぐ。それが魔族の立場の勝ち取り方だ。」
 なるほど。だから魔王は慣れていたのか。
 しかし優豪は違うことを訪ねた。
「生まれた場所でランクが決まるというのはどういうことですか?」
「魔族が生まれるためには魔力が貯まる場所が必要だ。そういう場所にはその魔力を核として、同じランクで同じ能力を持つ魔族が生まれる。だがその中から稀に上に立つ資質を持つものが現れる。我らのようにな。」
 シーリャンが淡々と答えた。
 エンミが得意げに自分のマントをバサッと煽る。
「だから上に立つ力のある私達は特別な色を与えられるんだ。」
 まるで“えっへん”と背後に文字が出そうな態度に、優豪が若干冷めた目を向ける。
「・・・。さっきから気になってましたが、エンミ様は先日お話した時と雰囲気が違いませんか?」
「うるさい!せっかくの陛下との時間をお前が奪ったんだ。くそぅ、なんでこんな人族なんか・・・。」
 まるでハンカチでも噛みしめていそうな態度だ。
 ハニムが爽やかに笑いながらそのグレーの頭をポンポンと叩いた。
「エンミは人見知りだからな。初対面の相手には警戒してカッコつけるけど、すぐに慣れる。」
「うるさいうるさい!頭の上に腕を乗せるな!!」
 暴れるエンミを笑いながら片腕で抑えるハニムには、多分力でも性格でも敵わないのだろう。“ムキーッ”と言う文字が見えるようだ。
 こんな子供っぽいエンミでも四天王だ。能力は高いのだろう。さっきの話だと、彼らは上等魔族と言うことだ。
 優豪はさきほど見渡した兵士達を思い出した。
 下等魔族とは、餓鬼のような見た目の明らかに知性がなさそうな奴らだ。では中等魔族は鎧や武器を携えていたあの辺りだろうか。では上等魔族はどこからなのか。ドラゴンに乗っていた兵士達は上等魔族っぽいが、あの辺りからここの四天王に挑戦してくる者がいるのだろうか。
 少し考えて、優豪は頭を振った。
 関係ない。自分は自分のいた世界に復讐できればいい。魔族と自分ではそもそもスペックが違う。
 マウンティングなんて出来る力もないから、魔王を誘惑するしかない。
 未だにわちゃわちゃしているエンミを見る。
 彼には誘惑が通じた。他のヒト達にはどうだろう。
 もちろん、もう違う魔力をこの身に受けようとは思わないが、魔王を誘惑するスキルは欲しい。
 だからといって他のヒトで練習する気はないが。
 あの後のお仕置きがまたすごかった。
 思い出しかけた優豪は慌ててそれを頭から追い出す。
 腹の奥の珠が疼きかけるが、今はそうじゃない。
「陛下は、生まれた瞬間から魔王だった。」
 急に声のトーンが変わったエンミに、ビクリとする。
「陛下は、謁見の間に突然集まった魔力の中から誕生された。その瞬間から、当時の魔王を凌駕する魔王の気を放っておられた。」
「あの時は、突然謁見の間に魔力が集まりだして城中が大騒ぎになったな。魔王になる素質のある魔族の生まれる場所は、王城の裏にある沼だ。もちろん常に整備をしていつそこから魔王候補が生まれてもいいように準備はしていたのに。」
 ハニムが真剣な面持ちで続けた。
 ビャラカイが口を開く。
「私達は突然謁見の間に集まりだした魔力に驚いていました。今までの記録にさえ、城の中で魔族が生まれたことはなかったのですから。」
 シーリャンがそれを受けて続ける。
「魔力が集まりだして七日間ほどした時、ものすごく濃く纏まった魔力の中から現在の魔王陛下が出現された。当時の魔王はその瞬間に自分の役目は終わったと悟ったのだろう。そのままその体を差し出し、陛下に吸収された。」
「吸収・・・」
 優豪が唾液を飲む。
 簡単な昔話のように語られているが、多分とんでもなく大きく歴史が動いた瞬間だったに違いない。記録にないことが起こる時は突然だ。
 その時、突然魔族の四人が扉に向かって片ひざを付いて頭を下げた。
 驚く間もなく、重厚な両開きの扉が開く。
 顔があるのかないのかわからない、例の人型が扉を押し開いたそこに、魔王が立っていた。
「楽しそうだな。」
 そう言いながら、ゆっくり歩いて近付いてくる魔王に優豪も跪くべきか悩む。完全にタイミングを失った。
 しかし魔王は、悩んでいる優豪の腕を掴んでそのまま歩き、豪華な応接セットのいわゆる誕生日席のソファに座った。
 当然のように優豪を膝に乗せる。
 何が起こったのかわからないうちに、優豪は魔王に抱えられてしまった。
 この流され体質はどうにかした方がいいかもしれない。
 本気で優豪が悩む。
 魔王はそんな優豪の悩みには気付かず、他の四人を座るように促した。
 エンミがまた睨んでくるかと身構えたが、意外と静かに座っている。
 そして彼の指が空中にひらめくと、そこに大きな地図のような図柄が浮かんだ。
 空中に映し出されるように。
 そういえばこの目ではっきり魔法を見るのは初めてかもしれない。飛んでいる姿くらいだ。
 優豪がほぉ、と感心しながら身を乗り出した。
 丸い天球儀のような枠の中にウネウネといろんな線が走り交差する。
 それは空に浮かんでいる人族の世界の地図だった。
 そこに今度は、直線が縦横に交差する格子模様の画面がレイヤーの様に重なった。
 所々、赤く塗られている。その枠の中に一から五十の数字が振られている。
 そして、先程聞いた数字、十二も赤く塗られていた。
 優豪はなんとなく理解した。
 あれは人族の世界の区分けだ。その赤くなっている所が殲滅された所・・・国なのだろうか。
 しかし無機質な数学的なその区分けは、人の営みを感じられなかった。
「陛下。十二区に王都があったので国王を最大の首級としましたが、次の殲滅はいかがいたしましょう。」
 さっきまでの軽口が嘘のように、真面目な顔でハニムが尋ねる。
 魔王は顎に手を添えて、フムと考えた。
 もう片方の手は優豪の腰を抑えられ、しっかりホールドされている。
「焦ることもないだろう。まだ兵は回復していないし、それを埋めるだけの魔族が生まれるには時間もかかる。我の魔力も回復出来てないしな。」
 顎に添えていた手をへその下まで動かし、内側の珠を撫でるように動かす。
 狙っているのだろう。それだけでジンジンしてくるのが憎たらしい。
「そうだな、楽に落とせそうなのはどの辺りだ?」
 するとシーリャンが指先からレーザーの様に細い光を何本も出し、いくつかの四角を示した。
 丸い地図を格子で区切っているその端の方と、真ん中から下寄りの方にまとまって十数カ所。
「この辺りは世界の果ての近くなのと、日が当たらなくて食物が育たないせいで、あまり人口はおりません。いたとしても田舎の少数部隊。中央よりは戦力は下がるかと。」
 科学力の発達した世界から来た優豪は、うっかりこの世界の有り様を不思議に感じるが、きっとこれも魔法の力なのだと自分を納得させる。
 引力や重力がどうなっているかとか、自転公転、そもそも球体を真っ二つにしたようなこのふたつの大地が、この距離で付かず離れず一緒にいることも謎で、優豪はすべて魔法だからと理解した。
 そこで、ふと思う。
「向こうの大地からこっちの大地を見たら、どんなふうに見えるんだろ・・・」
 こちらから見たら覆い被さっているように見える向こうの大地。では向こうから見たらこちらも覆い被さっているのか下半分が地平線から顔を出しているのか。
「でも、見る場所によって景色は変わるのか・・・」
 とつぶやいて、全員の目が自分に向いていることに気が付いた。
 しまった、声に出ていた。邪魔しないように黙っているべきだった。
「すみません、なんでもないデス。」
 しかし優豪を抱えている魔王が、両腕でぎゅっと抱きしめてきた。
「そうだな、見てみるか。いずれ我らのものになるあの大地からの景色を。」
「だとすると、どの辺りからの景色が最も見るにふさわしいでしょう。」
 エンミが真剣に地図を見つめる。
「立体図は出せないか?」
 ビャラカイの言葉に、ハッとしたエンミが一度地図を消し、二つに割れた惑星の立体図を出した。
 平行ではなく、少しずれて傾いた二つの大地が寄り添っている。
「ユーゴ、こちらが我らの大地。あちらが人族の大地だ。」
 向かって右を我ら、左を人族と、エンミが説明してくれる。
「そしてこのあたりが、今我々のいる王城がある中央都です。」
 シーリャンがさっきと同じようにレーザーポインター的に右の大地の真ん中あたりを指した。
 優豪の中で王城のテラスから見上げた空と目の前の立体図が重なる。
 なるほどここからならあんなふうに見えるのか。
 紫の空と赤い空。
 では向こうから見て、紫の空と青い空が見えるであろう場所はどこだろう?
 そう言うと、魔王と四天王達が真剣に記憶と照らし合わせて話し合い始めた。
 誰かが自分のために何かを考えてくれる。
 搾取されるばかりで、いつも人の顔色を窺っていた優豪は、この肌の色も目の形も倫理観も全然違う魔族達に温かさを感じていた。
 
 
 そして場所を移して魔王の居室。
 扉の向こうは寝室で、こちらは居間の様な内装だ。
 その豪華な応接セットのソファの上、またまた優豪は魔王に抱えられていた。
「次に行く四十二区という所は、どういう所ですか?」
 いい加減、その膝に抱きかかえられることは慣れてきて、魔王の前に垂れている白銀の髪を弄ぶ。
 くすぐったそうに笑った魔王は優豪の額に唇を寄せた。
「土地としては、こちらの世界が大きく覆い被さっていて日差しも入りにくい。食物が育ちにくくて人族には住みにくい場所だ。そこは人族の中でも目の退化した土人達が地中に生活している。」
 あ、今かなと優豪は感じた。
 違和感なく誘惑できるタイミング。
 今魔王は優豪を構いたくなっている。
 早く魔力を溜めたい。
 あの凶暴な力をこの体に取り込みたい。
 まだ道を開くほどの魔力が魔王に戻っていないけど、扉が開いたらすぐにでもあの世界に戻れるように、力を溜めたい。
 優豪の指が、ツツーっと魔王の角を撫でる。
 その根本を親指の腹で擦る。
 優豪のへその下、珠の外側に置かれた手をぎゅっと自分の肌に押し付ける。
 じっと見つめる魔王の目を見つめ返す。
 魔王の口が僅かに開き、二股の舌が覗く。
 優豪はそれを受け入れるために唇の力を抜いて寄せた。
「どうした?やけに素直じゃないか。」
 触れ合う寸前、囁くような魔王の声が笑う。
「そうですか?こんな感じですよ、いつも。」
 軽く触れて離れる。
 間近で魔王の黒い目をのぞき込んで思い出した。
 魔王の名前を知らない事を。
 今日四天王の名前を聞くまでうっかりしていた。魔王様で通じていたから。
「そういえば、魔王様の名前はなんていうんですか?」
 もう一度触れる。
 小さくチュッと音がして離れる。
「我に名前はない。出現した瞬間から魔王だったから、名前は必要なかった。」
「え、本当に?ないんですか?名前。」
「魔王とか陛下とか、我を呼ぶ言葉はある。不便はない。」
 そういうものかな?と優豪は首を傾げる。
 でもこちらの世界に来てもう何日か、生活に慣れてしまうほど経っているが、魔王の名前を呼ばなくても済んでしまっている。
 魔王が優豪の後頭部に手を回して、引き寄せるように口付けた。
 名前を呼ばなくても、この温もりは確かだ。
 優豪は自ら魔王の腰を跨ぐ。
 名前があっても何もなかったじゃないか。
 奪われただけだ。
 それなのにこちらでは名前がなくても与えられる。名前のない者から与えてもらえる。
 魔王の黒い瞳が優豪を写している。
 その小さな世界で、優豪は笑っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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