その秘め事は誰の為

Rg

文字の大きさ
1 / 23
第一話

1-1

しおりを挟む
 小料理屋『ひそか』に通い始めて、もう二年半になる。ひそかは和を基調とした創作料理が有名で、常に賑わっているその店は、夕方から夜にかけて特に繁盛していた。

 久賀くが静真しずまは手を合わせ、激務により疲労した体に一杯の水を流し込んだ。
 忙しく駆け回るホールスタッフを呼び止めると、栗色の髪をした彼、桐ヶ谷きりがや理士りひとがにっこりと微笑む。

「静真君、お仕事お疲れ様」
「桐ヶ谷さんもお疲れ様です。今日も忙しそうですね」
「まぁ毎日こんな感じだけどね。……えっと、いつものやつで良いかな?」
「はい。お願いします」 
「かしこまりました。少々お待ちください」

 理士は軽く礼をすると、厨房へと歩いていった。その背中をじっと見つめていると、鼓動が早くなる。まるで騒音さえも掻き消すような、激しい動悸だった。


 静真の中で理士という存在が特別なものになったのは、約一年前の事だ。
 きっかけと呼べるような出来事はなく、気が付けば、彼目当てに此処に通うようになっていた。
 恋心を自覚した事による戸惑いや焦りのようなものはあった。

 だが、彼にもっと近付きたいという気持ちが静真を突き動かし、連絡先の交換にまで漕ぎ着けた。
 他愛ない会話は冴えない日常に多幸感を齎したが、静真が望むような関係への発展は、その予兆すら見せてはくれなかった。


 運ばれてきた料理を味わいながら、理士の声に耳を澄ませる。
 全ての客に等しく振り撒かれるあの笑顔が、自分だけのものだったら。
 ここに来るたびにそんな気持ちが強くなっていく。
 不特定多数の人間に嫉妬している自分に嫌気が差して、思わす溜め息が零れた。

「静真君」

 弾かれたように顔を上げる。目の前には、先程まで脳内を侵していた笑顔があった。彼の持つ丸盆には、ひとり分の抹茶のアイスクリームが乗っている。

「あの……僕それ頼んでないです」
「僕からのサービスだよ。静真君抹茶のアイス好きだったもんね?」

 胸がざわついた。
 自分でも忘れていたような何気ないやり取りを、理士は覚えていてくれたのだ。

「……静真君なんだか疲れてるみたいだからさ、あんまり無理しないようにね」

 理士が目を細めて微笑む。
 あの笑顔はずるい。無意識なのだとしたら、なおさらの事だ。
 微熱で頭がぼんやりするような感覚が、静真を襲った。火照りを冷ますように、心地の良い甘みが喉を流れ落ちた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

双葉の恋 -crossroads of fate-

真田晃
BL
バイト先である、小さな喫茶店。 いつもの席でいつもの珈琲を注文する営業マンの彼に、僕は淡い想いを寄せていた。 しかし、恋人に酷い捨てられ方をされた過去があり、その傷が未だ癒えずにいる。 営業マンの彼、誠のと距離が縮まる中、僕を捨てた元彼、悠と突然の再会。 僕を捨てた筈なのに。変わらぬ態度と初めて見る殆さに、無下に突き放す事が出来ずにいた。 誠との関係が進展していく中、悠と過ごす内に次第に明らかになっていくあの日の『真実』。 それは余りに残酷な運命で、僕の想像を遥かに越えるものだった── ※これは、フィクションです。 想像で描かれたものであり、現実とは異なります。 ** 旧概要 バイト先の喫茶店にいつも来る スーツ姿の気になる彼。 僕をこの道に引き込んでおきながら 結婚してしまった元彼。 その間で悪戯に揺れ動く、僕の運命のお話。 僕たちの行く末は、なんと、お題次第!? (お題次第で話が進みますので、詳細に書けなかったり、飛んだり、やきもきする所があるかと思います…ご了承を) *ブログにて、キャライメージ画を載せております。(メーカーで作成) もしご興味がありましたら、見てやって下さい。 あるアプリでお題小説チャレンジをしています 毎日チームリーダーが3つのお題を出し、それを全て使ってSSを作ります その中で生まれたお話 何だか勿体ないので上げる事にしました 見切り発車で始まった為、どうなるか作者もわかりません… 毎日更新出来るように頑張ります! 注:タイトルにあるのがお題です

優しく恋心奪われて

静羽(しずは)
BL
新人社員・湊が配属されたのは社内でも一目置かれる綾瀬のチームだった。 厳しくて近寄りがたい、、、そう思っていたはずの先輩はなぜか湊の些細な動きにだけ視線を留める。 綾瀬は自覚している。 自分が男を好きになることも、そして湊に一目で惹かれてしまったことも。 一方の湊は、まだ知らない。 自分がノーマルだと思っていたのにこの胸のざわつきは、、、。 二人の距離は、少しずつ近づいていく。

真剣な恋はノンケバツイチ経理課長と。

イワイケイ
BL
社会人BL。36歳×41歳なので、年齢高めです。 元遊び人と真面目なおっさんという、割とオーソドックス(?)なお話です。個人的には書いてて楽しかった記憶あり。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

新生活始まりました

たかさき
BL
コンビニで出会った金髪不良にいきなり家に押しかけられた平凡の話。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

だって、君は210日のポラリス

大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺 モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。 一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、 突然人生の岐路に立たされた。 ――立春から210日、夏休みの終わる頃。 それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて―― 📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。  15,000字程度の予定です。

愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜

立坂雪花
BL
羽月優心(はづきゆうしん)が ビーズで妹のヘアゴムを作っていた時 いつの間にかクラスメイトたちの 配信する動画に映りこんでいて 「誰このエンジェル?」と周りで 話題になっていた。 そして優心は 一方的に嫌っている 永瀬翔(ながせかける)を 含むグループとなぜか一緒に 動画配信をすることに。 ✩.*˚ 「だって、ほんの一瞬映っただけなのに優心様のことが話題になったんだぜ」 「そうそう、それに今年中に『チャンネル登録一万いかないと解散します』ってこないだ勢いで言っちゃったし……だからお願いします!」  そんな事情は僕には関係ないし、知らない。なんて思っていたのに――。 見た目エンジェル 強気受け 羽月優心(はづきゆうしん) 高校二年生。見た目ふわふわエンジェルでとても可愛らしい。だけど口が悪い。溺愛している妹たちに対しては信じられないほどに優しい。手芸大好き。大好きな妹たちの推しが永瀬なので、嫉妬して永瀬のことを嫌いだと思っていた。だけどやがて――。 × イケメンスパダリ地方アイドル 溺愛攻め 永瀬翔(ながせかける) 優心のクラスメイト。地方在住しながらモデルや俳優、動画配信もしている完璧イケメン。優心に想いをひっそり寄せている。優心と一緒にいる時間が好き。前向きな言動多いけれど実は内気な一面も。 恋をして、ありがとうが溢れてくるお話です🌸 *** お読みくださりありがとうございます 可愛い両片思いのお話です✨ 表紙イラストは ミカスケさまのフリーイラストを お借りいたしました ✨更新追ってくださりありがとうございました クリスマス完結間に合いました🎅🎄

処理中です...