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第8話
しおりを挟む腹が立つ。ムカつく。最低。シネ。
すぐ側で腹を抱えて笑い続ける久賀にも、聞こえるくらいの大きさで罵ったが、当の本人は痛くもかゆくもないらしい。
人気のないロビーを、目撃者N、加害者K、被害者Oの順番で進む。
「ははっ……はぁ……ぶっ!ぎゃははははっ」
何とか笑いを止めようと試みた久賀は、俺の顔をちらりと見るなり再び吹き出した。
どうやら相当、ツボにハマったようですね。
失礼が服を着て歩いているような男だな、シネバイイ。
笑う度に切れた唇が痛いらしく、まだ血が滲む傷を手で押さている。
それでも笑いの虫が治まらず、口をあけて笑い傷口が開き、シャツの袖口を血の赤で汚していた。
「龍二、傷が広がるから口を動かすな」
「だって……ぶぶっ、はははははっ。おなか痛いっ」
見かねて声を掛ける相手に、久賀は「助けて」と笑いながらその肩に手を置いて立ち止まった。
笑いが止まらなくて実に苦しそうである。
理由が理由だけに、心の底からムカつくヤツだ。
ゲンコ一発じゃぁとてもじゃないが怒りが鎮まらない。
やっぱりもう二、三発殴ってやれば良かったと、俺は無意識に手を握りしめ拳をつくった。
ケタケタと笑い続ける久賀の頬に手を伸ばしながら「仕方のないやつだな」とナガノさんが呟くように言った。
血でうっすら汚れた頬をそっと撫でた手は、そのまま頭の後ろへと伸び、そして。
「……」
呆然と、目の前の光景を凝視する。
久賀の笑いを止めるために、ナガノさんは自らの唇で久賀の口を塞いだ。
見ている方が恥ずかしくなるくらい、たっぷりと念入りに口づける。
笑いすぎて乱れていた呼吸を、今は別の意味で乱す同級生は、路地で俺を相手にした時のような余裕ある態度ではなく、ただ同等の相手から熱を奪い尽くそうとするような獰猛さで、淫猥に舌を絡め合わせていた。
ああ、誰か。コイツらに【恥じらい】というものを叩き込んでくれないだろうか、今すぐに。
見ている方が照れるような大人のキスに、けれども俺の心は自分でも驚くほどに静まっていた。
先ほどまで腹の底でたぎっていた怒りすら今は感じない。
ただ、痛い。
意味も分からず、胸に当てた手をぎゅっと握って服を掴んだ。
男同士のキスシーンなど、誰がみたいモノか、気持ち悪ぃ。
だけど、目が離せないのは何故だろう。
血の付いた唇や、絡む舌や、肩を押さえる指のカタチ。
首のラインや、柔らかそうな髪や、欲望に染まった溜め息。
久賀の唇の端がふっと持ち上がった。何者も恐れない、不敵な笑みだ。
心地良さげに細められた目を見て、意味も分からず心臓が痛んだ。
コイツ等が後10秒長く続けていたらきっと、止めろよと叫んだだろう。
「ふぅ……やっと止まった。ありがと」
ペロリと傷口を舐めながら、久賀が晴れやかに笑う。
エロい行為に似合わない爽やかさだ。実に嘘っぽい。
「どういたしまして。ああ、傷口を舐めるな。後で忘れずに薬を塗りなさい。まったく、シャツが血塗れじゃないか」
「おかーさん?」
「誰がだ。お前の母親役はもう適任者がいるだろう」
「史ちゃんの事かよ。確かに俺の愛するおにーたまは、眉目秀麗、容姿端麗、冷静沈着、頭脳明晰な才色兼備で、完全完璧パーフェクトだから、家事も片手でこなせちゃうけどね」
いったいソレはどんな超人だろうか。
いわゆる身内贔屓ってやつか?
クールでセクシーが売りなナイスガイが実は重度のブラコンとか、どうだろうかこのギャップ。
…………いや、別に萌えたり、してない、よ?ホントだよ?
アレ、なんだコレ。と原因不明な不整脈に首をかしげる俺なんか空気扱いで、ヤツラはthe二人の世界。
なんか、こう、見ている方が恥ずかしくて居たたまれなくなる。うん、誰かハンマーとか、持ってないかな。
あの空気を叩き壊して、please。
「相変わらずのブラコン振りだな」
久賀に向けてナガノさんがふわりと顔に浮かべたモノは、目の前の誰かを大切に慈しむ笑みだった。
俺の存在を忘れて盛り上がらないでくれないだろうかと、居心地の悪さを感じながら思った。
ナチュラルにホモるの止めてくれないかな。
(このヒト。えーと……ナガノさん?……は、久賀のことが好きなのか、な)
久賀よりは若干低いが、それでも十分な長身。
ワイシャツの上からは分かりにくいが、ひょろ男の久賀よりもしっかりしたガタイ。
しかしおそらくそれもガッチリ筋肉ムキムキマンではなく、世の男たち(つっーか俺)の羨望の的である所謂「細マッチョ」の部類だろう。
目鼻も整っていて、ハンサムと呼んで差し支えない顔立ちだ。
さっきも思ったことだけれど、女の子には不自由しなさそうなのに、男が好きな人種なんだよね?と失礼を承知でマジマジと観察する。
知ってたけどさ、久賀ってば面食い、だよな。
「そう?普通じゃね、こんくらい……っと。はい、コレ」
絶対にお前のブラコン振りは普通ではないと、口を開けたまま今度は久賀に視線を移動させた。
久賀はポケットから取り出したモノをナガノさんに差し出していた。
俺は「は?」と思わず間抜けな声を溢し、目の前の光景を疑った。
眉を歪めて、友人を凝視する。
「さっきのお礼。危うく笑い死ぬところを助けられたから」
久賀の手に握られているのは万札だった。
コイツマジで、金が全てな男なのか?
ナガノさんってヒトは金の為に助けたワケじゃないと思いますが。
俺は一体、何に対して怒りを感じているのだろう。
わからない。
でもさ、ナガノさんがお前を大事に思ってる事くらい、知り合って20分未満の俺にも分かったぜ、久賀龍二。
「テメェ……マジでクソみてぇなヤローだな」
自分でも信じられないくらい低い声音だった。
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