うそつきな友情(改訂版)

あきる

文字の大きさ
上 下
75 / 135

第58話

しおりを挟む
 沈黙がもの凄ーく痛かった。

 心許しあえる関係になりたいと告げたら(友人の意味でな!)久賀は固まってしまった。

 シリアスで重い空気が流れる。
 シリアスが嫌いなんです、と言っていた久賀の気持ちがなんと無く分かります。
 重い。
 息苦しい。
 今すぐ「さっきのは冗談だから気にしないで。聞かなかったことにして」とでも言って逃げてしまいたい。
 でも、逃げても結局つらいだけで、何も解決しないだろう。
 もうほとんど意地だ。

 はぁ、と大きな溜め息をつかれた。
 胃がきゅーってなる。苦しいと悲しいでいっぱいだ。

 俺は、そんなに高望みな事、言ったかな。

「トモダチ、ね……」

「……な、そんな悩むような事か?」

「うーん…………眠い」

「真面目にやって久賀さん」

 久賀は『いや、真面目ですよ。大真面目』と肩をすくめた。
 視線を彷徨わせながら言われても、説得力は皆無ですよね。

「なぁ、俺とダチになんの、そんなにイヤか?」

「…………あー」

 薄ら笑いを浮かべて、あらぬ方向を見る相手にズンと気持ちが沈み込んだ。

 イヤなのかよ……凹む。凹みまくる。
 心が折れる。パキッて音がしなかった?

 後はただただ気持ちが落下する。
 何処までも俺の独り善がりの、独り相撲なんですね。

「ですよねーウザいですよねーそもそも友人なんて宣言してなるもんじゃねぇーじゃん。気づいたら自然にダチになってるよね」

 一緒につるんで楽しくて、困ってる時なんかに損得無く助け合えるなら、立派にトモダチだと思うわけだよ。 
 いちいちトモダチ宣言なんていらないんだよと、そう思って生きてきたけど、久賀にはそれが通用しなくて、ダチだと思っていたのは俺だけで、友情なんてカケラもなかった。
 それが悲しくて悔しくて、ホンモノのダチになろうと足掻いて、うっかり恋心に気づいちゃって、恋人になりたいと願ってみたり。
 だけど、望みが薄いから当初の予定通りオトモダチを目指そうとか、なんて汚くて弱いですか、俺。

 そりゃあ嫌だろこんなヤツ。
 久賀でなくてもイヤだろう。
 そしていま気づいたんだけど、西河原に俺が久賀を好きなことが見抜かれたように、久賀にもとっくにバレちゃってたりして?
 有り得る、有り得る。って事は久賀さん的には「いやいや、お前のそれは明らかに友情じゃないだろ、このうそつきが」みたいな?

「うがぁぁああぁあ」

 頭を抱えて、額をベッドに押し付けた。
 穴があったら入りたい。

 嘘をついた。
 友情じゃなくて愛情なんです。
 友だちになりたいんじゃなくて、恋人になりたかったんです。ゴメンナサイごめんなさいゴメンナサイ。
 マジで消えます。許してください。
 恥ずかしい、なんというアホな行動。
 道化か!
 うそつきなピエロかっ。
 ああ、穴は何処だ。入りたい。
 寧ろ底まで掘り進みたい。
 掘り進めるだけ進んで埋まりたい。
 春がくるまで冬眠したい。
 その間に俺の恥ずかしい醜態を忘れてください、お願いします。

 心の中で懺悔しまくって咽び泣く。
 いや、俺も色々あってメンタルがガタガタな時に溜息とかつかれちゃうと、もうひたすら落ちるくらいしか出来ないわけですよ。

「尾上、尾上、うるさい……頭痛いって」

「はい。スミマセン黙りますウザくてキモくてスミマセン」

「……?いや、ウルサいだけで、キモくはない……って前に言ったよな。今も同意見だ。あ、鬱陶しいのはちょっとあるけど、他と大差ねぇー。で、なんで敬語……?」

「鬱陶しくてゴメンナサイ。俺は星になります」

「まじか。お前って、強いのか弱いのか、良くわかんないね」

 弱いよ。
 自分でもビックリするぐらい弱いよ。
 もっと強いと思ってた。
 切なさで泣くだなんて、お前に恋するまで知らなかったよ。
 でも、頑張ってんだよ。
 側にいたいから頑張ってるんだ。
 俺が足掻くの止めちゃったら、お前との距離は開くだけだろ?
 どんなに想っても……想い返される理由にはならない。頭では理解わかっていても、心は勝手に傷ついてズキズキと痛む。
 その痛みに耐えられなくなって、俺が立ち止まったとしても、久賀は振り返ったりしないだろう。

 そうやっていつか、今日が遠い過去になって、お互い何処で何をしていようが、全然関係なくなって、気にもならなくて、思い出すこともなくなるのかな。
 遠い何処かで苦しんでいても、知らない場所で死んでしまったとしても、心に小さな痛みすら浮かばなくなるのだろうか。

 それは決して悪いことではない。ヒトは弱くて、少し身勝手で、今を生きるために過去の何かを少なからず忘れていく。
 俺だって過去に何人かの女の子と付き合ったけど、別れてしまった今も、その時と同じ好きがあるわけではない。
 キモチは変わっていくし、思い出は色褪せていく。

 今はこんなに痛い胸の傷も、いつかは跡形もなく無くなって、好きな人は昔好きだった人に変わる。
 それは決して悪いことではない。
 普通だ。
 そこらにありふれた、ふつーの流れ。

 だけど……俺は。

 ぽんぽんと、なれない仕草で頭を撫でられて、床に座り込みマットレスに沈めていた顔をあげると、ちょっぴり苦笑いの久賀の顔があった。

 なに?コレって慰めてんの?

 辿々しい手の動きに泣きそうになった。

しおりを挟む

処理中です...