うそつきな友情(改訂版)

あきる

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狂い兎の妄執

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 まるで、刃のように細い月を背に、彼はその場所に立っていた。
 狭く薄汚い路地に漂う鉄の匂いと、すえたドブの匂い。
 低い呻き声が地に伏した男たちから発せられた。
 誰もが地に倒れたその場所で、ただひとり彼だけが立っていた。

 闇色の瞳。
 冷ややかなその眼差しを見上げた刹那、意識のすべてが捕らわれた。
 
 まるで、世界で意味をなしているモノが、彼だけのように思えた。
 髪の毛から靴のつま先まで、黒を纏った彼の体は、半分ほど闇と同化しているようにも見えた。
 同じ年頃の少年なのに、ゴミくずのような自分とはまるで違う。
 そもそも、彼は本当に人間なのだろうか?

 悪魔か死神か。
 それらの呼び名は相応しいようでやはり違う。
 風に揺れる黒い髪を見ながら、考える。
 彼は、なんだろう。
 当然のように、何の色も浮かべない瞳を見上げながら、考える。

 今この瞬間も、男たちを打ちのめした時も、欠片ほどの感情も浮かべない瞳。

 闇に溶けそうなくらい、朧気にも見える姿。

 ただ一滴、彼の頬を汚す血の赤だけが、光すら乏しいその場所で、異常なくらいハッキリと存在を主張していた。

 冷たい闇色の目を見上げながら、狂気にも似た激しい望みが胸の中に生まれたことに気づいた。

緋色ひいろ

 氷よりも冷たい声音が路地に響き、何の色も浮かべない瞳が、視界から消えさった。
 声が発せられた方へと向かう冷たい背中を、無意識に視線が追いかける。
 その背を見ながら思った。
 ああ、彼はケモノなんだ。と。

 ヒトのカタチをした闇色のケモノ。
 何にも捕らわれない、孤高の獣。

 強烈にそう思った。
 ドクドクと激しく心臓が高鳴った。
 恐怖は確かにあったのだ。だがそれよりも、熱く激しいモノが胸の中を支配していた。
 ぎゅっと服の上から胸を押さえつけた。そうしなければ皮膚を突き破って、飛び出して来そうだった。

 切望。

 こんなにも、何かを望んだことはないだろう。

「……ったく。あのガキ、本当にカタギか?本職の方がよっぽど行儀がいい。おぃ、そこに転がってる荷物をさっさと片付けろ」

「へぃ、若頭」

 ぐいっと腕を掴まれて、体が浮いた。

「おい。しっかりしろ、鎌兎れんと

「レン坊ちゃん。大丈夫ですか?」

 兄に叱咤され、よく世話をやいてくれる兄の弟分に心配をされても、意識の全てが遠くにある小さな背中に奪われていた。

 誰も近づけない男の側に、緋色ひいろと呼ばれた少年が並んだ。

 鎌兎れんとにとっては雲の上の存在にも等しい従兄弟の黒曜くろあきの隣に、闇色のケモノはいた。なんの違和感もなく、二つの黒がそこに並んでいた。

 憧れと畏怖の対象である黒曜の側に、ケモノのような少年は当然のように並んで立つ。
 その光景は、弱く、ちっぽけで、己をゴミくずだと思うような、卑屈に歪んだ劣等感を抱き続けてきた鎌兎の心に、嵐を生み出した。

 こんなにも深く、こんなにも激しく、何かを欲したことは無いだろう。
 内側から飛び出してきそうな心臓を押さえつけた。胸に抱く望みがカタチとなって溢れ出ないように、言葉を飲み込んだ。

 己の心の歪みを自覚したのはこの時だった。
 言葉というカタチにしなくても、自分の中に息づいた欲望に鎌兎は気付いていたのだから。

 恋ではない。そんな曖昧な感情ではない。
 愛でもない。そんな安っぽい言葉で示せるような熱ではない。
 誰にも理解できないさ。きっと。
 黒曜さんにも兄にもほかの誰にも、理解なんて出来るはずがない。
 誰にも―。





 パチリとまぶたをあげると、一面に彼の姿があった。
 自室の壁中を埋め尽くしても、まだ足りなかった。
 乾いた砂のような心は、ちっとも満たされない。

 過去の記憶は少しも色褪せないで、目を閉じただけで真っ黒い闇を背負った少年の姿を連れてきてはくれるけれど、その姿と部屋の壁を埋め尽くす彼の姿は、まったくの別物だ。

 赤い髪の、キレーな顔をした今の彼が、にこやかに笑っている。

 笑顔の先には女の子たちがいたのだけれど、そんな余計なモノはさっさと破り捨てた。

 クラスの人気者である彼の写真は、写真部に所属する生徒の隠し撮りからはじまり、一部の生徒の間で売買されていて、手に入れことは容易かった。

 昔の写真はあらゆる手を尽くしたけれど、卒業アルバムしか手に入れる事が出来なかった。
 どうやら昔の彼は写真が嫌いだったらしく、集合写真の小さな姿以外に写っているページはない。
 黒いケモノのような姿は、もはや記憶の中にしか見いだせない。

「あ。赤い髪も、嫌いじゃないんだよ」

 うっとりするくらい、色っぽく笑う彼も好きだ。
 ベッドで激しく攻め立てる彼も好きだ。
 傍らの存在なんて無視して、ぼんやりと風景を見る彼も好きだ。

 でも、あの日の彼には、遠く及ばない。

 一瞬で、空気を凍りつかせたような、闇を体現した、あの日のケモノのような彼を探しているのだけれど、まだ見つからない。
 ああ、でも一度だけ。
 うっかり学校で“緋色”という呼び名を言葉にしてしまった時。
 あの瞬間。
 ひんやりと、寒気を感じるくらいには、冷たかった。
 期待と緊張で、胸が躍った。
 ひっそりと闇に佇む彼の姿が、ほんの少しだけ垣間見えたような、そんな気がする。
 もっともそれはほんの僅かな間で、その後室内に乱入してきた騒がしいバカどもの所為で、台無しになってしまった。

(優雅くんと、もうひとりは……誰だっけ。緋色につきまとっているウルサい金髪……いや、アレはまだいい、それよりも)

 カリッと爪を噛みながら、床に散らばる写真を拾い上げた。
 肩を組む高校生が二人、仲良さげに笑っている。少し高い位置から隠し撮りしたようなアングルだ。
 がりっと、爪を噛む。
 うっすらと鉄の味が口内に広がった。
 緋色の周りは騒がしい。
 あの頃はとても静かだったのに。いつもひとりか、黒曜の隣にいた。

 ケモノはあまり喋らなかった。
 ケモノは少しも笑わなかった。

 黒い髪も冷たい目も、誰のモノにもならない証だった。

 いさかいが起きても、暴力で彼に勝てる者はいなかった。
 躊躇ためらいを知らない彼は強く、孤高だった。
 彼は変わっただろうか。
 見た目が変わったように、内側も変わっただろうか。
 少なくとも昔は、ガラス細工のように儚げに笑ったりしなかった。

“世界よりも、愛しているヒトがいるよ”

 あんな風に、愛を語ったりしなかった。昔の彼なら、誰も愛したりしないはずだ。

「……緋色の愛してるヒトって、こいつ?」

 血に染まった左の親指で、写真の中の黒髪の男子生徒の顔の部分をぐっと押さえつける。
赤い色で汚れる写真。

(僕の緋色と、楽しそうに肩を組んで笑っている、一番の邪魔者)

 他人の名前になど興味が無くても、コイツの名前はすぐに覚えることが出来た。
 だって。

「あのとき、コイツを呼んだよね。緋色」

 白い砂浜。青い空と海。白い部屋。二人だけの異国の地。

 お金で手に入れた、二人だけの空間をぶち壊した存在。

 遠い目が、なにも映さない目が、誰のモノにもならないそれが、ほんの瞬きのような僅かな時間、確かに誰かを探して彷徨った。

“おがみ”

(そう、呟いたよね?“龍二くん”)

 酷い、ね。緋色。
 僕が抱きしめても、キスしても、身体をあわせても、ちっとも君の目は僕を見ないのに。

 ずっとずっと焦がれて、切望に、胸を灼いた。
 自分の歪みも受け止め、狂った願いを抱きつづけた。

 あの頃のケモノみたいな君に、もう一度逢いたいなぁ。

 恋ではない。そんな曖昧な感情ではない。
 愛でもない。そんな安っぽい言葉で示せるような熱ではない。

「ふ、ふふふ……邪魔者は、消さなきゃ、ね」

 鈍い輝きを放つ刃。
 シャキンと写真にハサミを入れた。
 余計な部分を切り捨てて、ゴミ箱に放り込む。

 君を手に入れたいと、少しは思う。
 だけど、それは一番の望みではない。
 君に愛されたいと願わないわけでもない。
 だけど、それだって一番の望みが叶うならどうだっていい。
 誰にも理解できないだろう。
 黒曜さんにも兄にもほかの誰にも、理解なんて出来るはずがない。それでもいい。

「愛しているヒトがいなくなったらさ……戻ってきてくれるかな」

 静かに激しく決意をする。
 愛を得たいだなんて、思わなければ何だってできる。
 憎まれたっていい。
 寧ろ、望みを叶えるためには、そっちの方が都合がいい。


 あの頃の君を、取り戻す
 誰のモノでもない、孤高の君を……。


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