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第92話
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久賀の手が、俺が持っていた鞄の一つを掴み「お前、走るのは速いな」と言った。
ふざけた口調ではなくて、至ってまじめに。
真面目だけど、緊張してるのかしていないのかは、よく分からない。……余裕だったりするの、お前?
不良に追いかけられることなんか、当然人生初の体験である俺は、まさに渦中のただ中にあって気持ちが乱れまくっていた。
恐怖と混乱と疑問。
心臓が痛い。
それに、久賀が俺を突き放そうとしているみたいで、なによりもソレが怖かった。
「あ……うん、単純に跳んだり走ったりするのは結構得意……っあ!お前、足は?走って大丈夫だったの!?」
「ん。お前、先に帰れ」
短くそれだけ言って、路地を出て行こうとする相手の後を慌てて追いかけた。
「ちょっ!!どこ行くの、お前っ」
「どこって……当然、逃げるんだよ。あいつ等とヤりあっても一円の稼ぎにもならないし」
「あいつ等なんだよ?お前なんかしたの?まさか女の子寝取ったとか?」
「知らね。興味もねぇ。じゃ、見つからないように気をつけて帰れよ」
おつかれー。と、軽いカンジで手を振って立ち去ろうとする相手の腕を掴んで止めた。
「いたたたっ。ちょっ、体重かけるなよ。足が痛む」
「やっぱ、痛いんじゃん!お前、その足でどうやって逃げんの?ひとりでいるより、二人の方が助け合えるじゃん!!一緒に逃げよう」
「ヤだよ。面倒くさい。自分の身くらい自分で守れるし、俺は他人の助けなんかいらね。お前を助けたりもしねー。だから、尾上も、自分のコトだけ考えてだな、さっさと……」
「俺だって嫌だよ!お前置いて逃げんのとか絶対嫌だ!助けてなんてくれなくていいよ!お前が嫌でも、お節介でも、俺が勝手にお前を」
守ってやる!
そう、続く言葉が、笑い声にかき消された。
「のっらネコちゃぁぁん。あっそぼーぜ?」
声が聞こえた方とは真逆へ、久賀が俺を引っ張ってダッシュする。
……助けないって言ったくせに、嘘ばっかりだ。
「おい!ぬるま湯につかり過ぎて脳みそがふにゃけたかぁ?緋色!!!」
後方からの笑みさえ含む罵声が発せられた。
進行方向。
道の角から突如として黒い影が飛び出してきた。
ドゴッ!と、鈍い音を立てて、久賀の体が壁に叩きつけられた。
パタパタと、地面に滴る、赤い雫。
目の前に立ちふさがる男の手に握られた細いパイプにも、赤い液体がついていた。
「何度も同じ手がつーよーするわけねぇでしょー。すっかり不抜けたなぁ!ざまぁねぇなぁ!!ひゃははははは!」
男の笑い声が、路地に響く。
呆然とする俺の目には、久賀の姿だけが映っていた。
ずずっと、壁に体を擦りながら、久賀が膝をつく。頭をおさえた指の隙間から、赤い色が……。
「久賀っ!」
呼び声は悲鳴に近かった。心臓が煩くて、視界が狭くなる。
久賀の側に寄って、肩に触れた。頬を伝う赤色に泣きたくなった。
ガキの喧嘩で、こんなのは酷い。
彼らの間の因縁なんて、何も知らねぇけど、それでも、明らかにやりすぎた。
「あっ、あんたら!常識ねぇのかよ!!死んだらどーするんだ!」
「はぁ?じょーしきぃ?」
ぎゃぁはははは、と、男たちは笑い出す。どいつもこいつも、頭の中が腐ってるんじゃねぇだろうか。
「……っお前、余計なこと言ってないで、さっさと行けよ。帰れって」
声を抑えながら久賀が言った。
ひとりで逃げろって言うの?こんなムチャクチャなヤツらの中にお前を置き去りにして。
「ばっ、か!なに言ってんだよ、こんなのほって置けるわけ無いだろ!」
「良いからっ……帰れ」
「嫌だ!何も出来なくても、見捨てるなんて嫌だっ」
喧嘩なんてしたこと無いけど、多勢に無勢過ぎて勝敗なんか明らかで、ただボコられて終わるかもだけど、それでも、知らんぷりして、ひとりだけ逃げるなんて嫌だ。
コイツが殴られるのを黙って見てられるくらい、冷静でもない。
体を張ってでも、コイツを守る。そう決意して、久賀の服を握る指に力を込めた。
久賀の表情は、傷を押さえる腕に隠れて見えない。ただ、唇が、緩く、ほんの僅かな間だけ、小さな笑みをつくった。
バッと久賀が腕を振り、突き飛ばされた俺は地面に尻餅をつく。
「しつけーんだよ!部外者がしゃしゃり出てくるな。失せろ!!!」
冷たい、闇色の目で、射抜かれた。久賀がこんな風に、声を荒げたのは、はじめてだ。
彼はいつも、冷たい笑みで相手を拒絶する。
優しい声音で、心を抉る。
だから、こんな風に、真っ直ぐな怒りを向けられたのは、初めてだった。
よろめきながら、久賀が立ち上がった。
真っ直ぐ、俺を見る。
暗い闇色の目に、ハッキリと拒絶が浮かんでいた。
カタカタと、勝手に肩が震えた。
恐怖と悲しいが、半分ずつ、心を支配した。
「いい加減ウンザリなんだよ。安ぃ、オトモダチごっこは余所でやれや。チョロチョロしてねぇで消え失せろ!!」
真っ直ぐに向けられる、揺るぎない殺意。
痛くて悲しくて怖くて、動けなかった。
「ひゃはははぁ。相変わらず冷たいねぇー。やっぱ、間違いなく野良猫ちゃんだぁ。そのムカつく目とかさぁぁ!」
青髪男が蹴りをくりだし、コンクリの地面に久賀が倒れた。
ガシッと、ブーツの底で、倒れた体を男が踏みつけた。
ふざけた口調ではなくて、至ってまじめに。
真面目だけど、緊張してるのかしていないのかは、よく分からない。……余裕だったりするの、お前?
不良に追いかけられることなんか、当然人生初の体験である俺は、まさに渦中のただ中にあって気持ちが乱れまくっていた。
恐怖と混乱と疑問。
心臓が痛い。
それに、久賀が俺を突き放そうとしているみたいで、なによりもソレが怖かった。
「あ……うん、単純に跳んだり走ったりするのは結構得意……っあ!お前、足は?走って大丈夫だったの!?」
「ん。お前、先に帰れ」
短くそれだけ言って、路地を出て行こうとする相手の後を慌てて追いかけた。
「ちょっ!!どこ行くの、お前っ」
「どこって……当然、逃げるんだよ。あいつ等とヤりあっても一円の稼ぎにもならないし」
「あいつ等なんだよ?お前なんかしたの?まさか女の子寝取ったとか?」
「知らね。興味もねぇ。じゃ、見つからないように気をつけて帰れよ」
おつかれー。と、軽いカンジで手を振って立ち去ろうとする相手の腕を掴んで止めた。
「いたたたっ。ちょっ、体重かけるなよ。足が痛む」
「やっぱ、痛いんじゃん!お前、その足でどうやって逃げんの?ひとりでいるより、二人の方が助け合えるじゃん!!一緒に逃げよう」
「ヤだよ。面倒くさい。自分の身くらい自分で守れるし、俺は他人の助けなんかいらね。お前を助けたりもしねー。だから、尾上も、自分のコトだけ考えてだな、さっさと……」
「俺だって嫌だよ!お前置いて逃げんのとか絶対嫌だ!助けてなんてくれなくていいよ!お前が嫌でも、お節介でも、俺が勝手にお前を」
守ってやる!
そう、続く言葉が、笑い声にかき消された。
「のっらネコちゃぁぁん。あっそぼーぜ?」
声が聞こえた方とは真逆へ、久賀が俺を引っ張ってダッシュする。
……助けないって言ったくせに、嘘ばっかりだ。
「おい!ぬるま湯につかり過ぎて脳みそがふにゃけたかぁ?緋色!!!」
後方からの笑みさえ含む罵声が発せられた。
進行方向。
道の角から突如として黒い影が飛び出してきた。
ドゴッ!と、鈍い音を立てて、久賀の体が壁に叩きつけられた。
パタパタと、地面に滴る、赤い雫。
目の前に立ちふさがる男の手に握られた細いパイプにも、赤い液体がついていた。
「何度も同じ手がつーよーするわけねぇでしょー。すっかり不抜けたなぁ!ざまぁねぇなぁ!!ひゃははははは!」
男の笑い声が、路地に響く。
呆然とする俺の目には、久賀の姿だけが映っていた。
ずずっと、壁に体を擦りながら、久賀が膝をつく。頭をおさえた指の隙間から、赤い色が……。
「久賀っ!」
呼び声は悲鳴に近かった。心臓が煩くて、視界が狭くなる。
久賀の側に寄って、肩に触れた。頬を伝う赤色に泣きたくなった。
ガキの喧嘩で、こんなのは酷い。
彼らの間の因縁なんて、何も知らねぇけど、それでも、明らかにやりすぎた。
「あっ、あんたら!常識ねぇのかよ!!死んだらどーするんだ!」
「はぁ?じょーしきぃ?」
ぎゃぁはははは、と、男たちは笑い出す。どいつもこいつも、頭の中が腐ってるんじゃねぇだろうか。
「……っお前、余計なこと言ってないで、さっさと行けよ。帰れって」
声を抑えながら久賀が言った。
ひとりで逃げろって言うの?こんなムチャクチャなヤツらの中にお前を置き去りにして。
「ばっ、か!なに言ってんだよ、こんなのほって置けるわけ無いだろ!」
「良いからっ……帰れ」
「嫌だ!何も出来なくても、見捨てるなんて嫌だっ」
喧嘩なんてしたこと無いけど、多勢に無勢過ぎて勝敗なんか明らかで、ただボコられて終わるかもだけど、それでも、知らんぷりして、ひとりだけ逃げるなんて嫌だ。
コイツが殴られるのを黙って見てられるくらい、冷静でもない。
体を張ってでも、コイツを守る。そう決意して、久賀の服を握る指に力を込めた。
久賀の表情は、傷を押さえる腕に隠れて見えない。ただ、唇が、緩く、ほんの僅かな間だけ、小さな笑みをつくった。
バッと久賀が腕を振り、突き飛ばされた俺は地面に尻餅をつく。
「しつけーんだよ!部外者がしゃしゃり出てくるな。失せろ!!!」
冷たい、闇色の目で、射抜かれた。久賀がこんな風に、声を荒げたのは、はじめてだ。
彼はいつも、冷たい笑みで相手を拒絶する。
優しい声音で、心を抉る。
だから、こんな風に、真っ直ぐな怒りを向けられたのは、初めてだった。
よろめきながら、久賀が立ち上がった。
真っ直ぐ、俺を見る。
暗い闇色の目に、ハッキリと拒絶が浮かんでいた。
カタカタと、勝手に肩が震えた。
恐怖と悲しいが、半分ずつ、心を支配した。
「いい加減ウンザリなんだよ。安ぃ、オトモダチごっこは余所でやれや。チョロチョロしてねぇで消え失せろ!!」
真っ直ぐに向けられる、揺るぎない殺意。
痛くて悲しくて怖くて、動けなかった。
「ひゃはははぁ。相変わらず冷たいねぇー。やっぱ、間違いなく野良猫ちゃんだぁ。そのムカつく目とかさぁぁ!」
青髪男が蹴りをくりだし、コンクリの地面に久賀が倒れた。
ガシッと、ブーツの底で、倒れた体を男が踏みつけた。
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