月宮 遠

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生い立ち

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「……にいちゃん」


「……あ?」


「まだ、隠れてなきゃダメ?」


「ああ、まだこの辺りは兵士がうろついてる」


「絶対に姿を現すなよ。髪の先でも見えたら即撃たれる」


「うん、わかった」


 と、突然弟は激しく咳き込んだ。


「大丈夫か!?」


「うん、だってもうすぐ僕、お医者さんに診てもらえるんでしょう? それまで頑張る……」


「おい……おい! しっかりしろ!」

 顔からみるみる血の気が失せていく弟を抱きかかえて、俺は思わず大声を上げてしまった。






がさっ


「何だ? この地区はもう人は全部処分したと聞いたが……誰かいるのか?」


「しまっ……!」

 やっぱりまだ、この辺りに兵士がいやがっ――


「何だ、子ネズミが一匹隠れていたか……まぁいい、とりあえず連れて行け」


「!」


 おい、おい。何をするんだ、それは俺の弟だ!

 手を出すな、乱暴に扱うな!




 連れて行くなぁぁぁ!!!
 




 ――――――――――――――――――






 「……あ?」


 夢……を見ていたのか? 俺は。


 「いつもの……嫌な汗が出ているが」


 思い出せない。


 起きると同時に忘れてしまう、悪夢らしきもの。

 それが何だったのか、俺には知るすべはなかった。


 ただいつも『それ』を見たと分かるのは、人殺しても顔色一つ変えない俺が唯一かく嫌な汗。

 それがその悪夢らしきものが訪れた証だった。


 「胸糞わりぃ……」


 ただ、それ以外の実害はほとんどないので、いつの間にかそのことは忘れているのが常だった。










 すっかり日が昇った頃、俺は仮眠していた土手でむくりと起き上がり、昨夜襲った軍の医療所付近まで歩いて行った。

 そこには、早くも腐乱しかけた軍医の死体があった。

 「昨日『片づけた』のが、まだ転がってるか」


 本当にずさんなものだ。

 人が殺されても、後始末なんざ二の次で、そのまま惨状は二日三日は放置されている。


 いや、この国の体質がそれに慣れきっているのだ。

 血と硝煙と、人のうめき声に。


 流石に生まれたときから人の悲鳴と銃声が子守唄だったとはいえ、俺もいい加減飽き飽きしていた。


 「何だろな……こう、この腐りきった日常をぶっ壊すようなあっと驚くことは起きないもんかね」


 と、その時、またも人の気配がし、俺はとっさに壁際へと身を隠した。







 カツ、カツ、カツ

 広い廊下に、軍靴の音が鳴り響く。

 どうやら兵士とその上官が二人でこちらに歩いてくるようだ。


「――ああ、二日後に隣国への船が出るらしいな。」


「いーっすね、俺もこんな国、とっとと抜け出したいですよ」

 下士官と思われる若い兵士は、あくびをしながら退屈そうにそう言った。


「ま、それは誰しも同じだな。こんな腐った国、とっととおさらばしたいとこだ」


「上官でもそうなんすか。あれ? ……その笑顔、ひょっとして何かツテがあるんです?」


「フフ、カンの良いヤツだ、実はな、ワシと後一人、その船に『空き席』が取ってある」


「おお、上官! 是非俺! 俺を連れて行って下さいよ!」


「まぁ考えてやってもいいが……今夜の『仕事』の働き次第だな」




 そこで下士官は、意味ありげにニヤリと笑った。


「E地区の掃討作戦ですか。分かりました、そうとなれば張り切って――」


「住民を全滅させて見せます」


「フフ、頼んだぞ」






 ――E地区。ここから数キロと離れていない小さな村があったはずだ。

 あの無害な村まで、掃討作戦の対象になっていたのか。







 「反吐がでる……なんて言葉は俺にゃ似合わねェが」


 渡りに船とはこのことだ。

 その反吐が出る奴らの上前をはねてやるか。






 ザシュッ!

 「ぎゃあああ!!」


 「こんなモンかな♪」


 待ち構えていた所へ通りかかった、あの兵士の喉を掻き切る。素早くそいつから手に入れた鎧で身を包みながら、俺は掃討作戦に参加した。

 出くわす村人をろくすっぽ顔も見ずに切り刻む。そんな俺を見て上官は笑いながらこう言った。


 「お、何だ今夜は? ばかに張り切ってるじゃないか」


 「そうですか? 何せ『ご褒美』がかかってますからねェ」


 気付かれないよう、声色は極力トーンを落とす。

 いつもと違う俺の手際のいい働きに、上官はひどく上機嫌だった。



 ―――――――――――――――



 俺は武装もしていない村人ほとんどの全滅を成し遂げると、見事隣国への乗船を許された。





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