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隣国
しおりを挟む「綺麗だねぇ!」
船を降りる際に、うまく上官や軍の連中の目を盗み、晴れて密入国に成功した俺は、故郷とはまるで違う、隣国の美しい景色に思わず感嘆の声を上げた。
何せ、生まれ故郷のどんよりとした雲が垂れ込めた戦場から抜け出して、生まれて初めて目にした青空だ。
交易船の行きかう運河や、小奇麗な街並み、そのすべてが全く違う。
その感嘆の声は、本当に素直に俺の口から出た言葉だった。
街中に入ると、木々には小鳥がさえずり、道を行きかう人々は、故郷とは違い微塵も恐れたりおびえた様子はなく、実に満ち足りた様子で暮らしている。
道を行けば、市場からの物を売る声が景気良く響き渡る。
とにかく辺りは平和そのものだった。
「さて……こっからどうしよっかなぁ」
どこかへ落ち着くにしても、まず手持ちがないことには何もならない。
とりあえず元着ていた血まみれの服を持って来ていたが、コイツよりは、変装に使った兵士の身なりの方が怪しまれないか。
「って言っても、この格好も十分目立つよなぁ」
鎧の上からマントを羽織り、軍の記章を隠して、隣国の兵士とは分からないようにしながら俺は独り言を言った。
「仕方ない、適当な『獲物』でも捕まえるか」
と、そこへ人のよさそうなツラをした男が通りかかった。
「お、兵隊さん、迷子にでもなったのか?」
「……ん?」
やけに一般市民が兵士にも馴れ馴れしい。故郷でこんな態度を兵士に対してとろうもんならあっという間に蜂の巣だ。
まさかこの国では、軍隊も市民と共存しているのか? そんな国があるのか?
「ああ、ちょっと道に迷って……」
初対面の相手に警戒させないため、少し低い作り声で答える。それは、半ば俺の習慣になっていた。
「近くの駐屯所まで連れて行ってやろうか? なんせこの国を隣の野蛮な国の奴らから守ってもらってる兵隊さんだからなぁ!」
「……!」
それを聞いた途端、俺の中で何かが弾けた。
この国が故郷へ攻めて来たんじゃなかったのか? この戦争は。
それが違うとは……俺が生まれてから聞かされてきたことはどうなっているんだ?
「まさか……」
どこかで俺達は、情報を誰かに『操作』されている?
「本当に……その通りだとしたら」
脳裏をよぎる、故郷の凄惨な景色。
それが誰かの手によって、作為的に作られているとしたら……。
そして、その上に成り立っているのがこの国の『平和』だとしたら……!
――その時、俺の中に湧き上がってきたのは純粋な、実に純粋な『怒り』の感情だった。
「ああ、助かったよ、ちょっと――」
「新しい服が欲しくてなぁ!」
「うわぁ…… あ……」
「ちょーどいいとこに通りかかってくれて、ありがとよ、おっさん」
物言わぬ肉塊になったその男から、文字通り身ぐるみをはぎ取る。
すると、俺にはいつもの、血と悲鳴にまみれたなじみ深い感覚が戻り、妙な安心感を覚えた。
「へっ、ざまぁねぇなぁ!」
新しい服と金品を手に入れた俺は、兵士の格好と血の付いた服、それに肉塊一つを、人目に付かない路地裏へと運び、処分をした。
「それにしても気に食わねぇ……これが『平和のぬるま湯に浸かった』ヤツらか」
足元の、既に物言わぬ塊は、それに対して何も答えなかった。
俺は、しばらくその男から奪い取った金品で日々を過ごした。
しかし、その間、俺には次第に戦地から解放された安心より、鬱屈した怒りがたまっていった。
「何だこの国?」
この国では、生まれ故郷と違って命も財産も、法の下に守られている、いわゆる法治国家ってやつだ。
人を殺しても、数年で牢屋から出てこられる。『普通の市民』として。
もっと運のいいやつは、精神錯乱とかで刑が減刑され、牢屋にすらブチ込まれない。
そんな人道的な『法』に守られ、平和を謳歌している連中にも、この国にも、俺は違和感を通り越した言いようのない『怒り』を感じていた。
「しかももしかしたらこの戦争も平和も、誰かに『謀られたもの』かも知れないってヤツか」
面白れぇ。
「この国に来た甲斐があったかも知れないな」
この国の空気は、生まれてから戦争の瘴気(しょうき)の中で生きてきた俺には、あまりに綺麗過ぎた。
そろそろ引き上げ時かも知れない……と思ったが、どうしても気になるのが、あの見知らぬ男の言葉だ。
「ヒマはあるし、しばらく探りを入れてみっか……古巣に帰るにしても、何か手土産が欲しいところだ」
俺はそうつぶやくと、辺りを見渡した。
手持ちが付きかけていた俺は、今度は人一人なんてケチくせぇ盗みよりも、どこかへ強盗にでも入ってやろうと考えていた。
「ついでにそうだな……物知り顔のヤツがいれば、ソイツにこの国の事情をちょっと吐かせてみるのも一興か」
とすると、出来るだけ人の集まりそうな建物がいいが……と、運河に沿って視線をめぐらす。
「おっ、おあつらえ向きハッケーン♪」
辺りを見渡すと、河畔にやたら金持ちそうな教会が見える。
人を『信仰』という名の偽善で惑わして、たんまり引き寄せ、寄付させて貯めこんだ金は相当美味いだろうな。
オマケに教会なら神父サマとやらがいる。ソイツを締め上げてみるか。
「決めた♪」
「これはこれは、お綺麗なこって」
豪華なステンドグラスに洒落た燭台、金銀に輝く装飾。目が痛いほどそれらはきらびやかに輝いていた。
「ここにいる『神様』は俺みたいな極悪人でも大歓迎ですかぁ~?」
挨拶めかしてそんなことを言いつつ、部屋の奥へと進む。
神父も誰も居やしない。
「俺が言うのもおかしいが、不用心なこった」
行き止まりまで進むと、一つのドアがあった。
構わずドアノブを引く。
するとそれは意外にもすんなり開いた。
「ますます大歓迎ってか、いやぁ嬉しいねェ」
だが、そのドアの奥は薄暗く、明かりもろくについていなかった。
「変なところでケチくせぇな」
「ま、いい。 めぼしい物はあっかなー」
と、不意に声がした。
「よぅ」
「んぁ? なんだやっぱり人がいたのか?」
「人、か」
そいつはどうも暗がりで、くっくっと笑っているようだった。
気に食わねェ。
姿も見えない奴に笑われている。
「いや、気を悪くしたか? なんせここに人が来るのは数十年ぶりでね」
「とりあえず姿見せろ。お前は何者だ」
すると、その『人影』らしきものはもぞりと動き、立ち上がってこう言った。
「その前に、面白い話でもしようか」
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