人形学級

まじゅ

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【緑川先生の学級-一】

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 ──思い、出した?

「……うん」

 ──月子ちゃんのこと、ずっと、ずっと見てたんだよ。

「でも家まで見られたのは、なんかヤだ」

 ──……それは、わたしもそう思う……

 ──でも。

 ──独りじゃ、なかったんだよ。

「……そうだったんだね……」

 ──さあ、始まるよ。

「何が?」

 ──最終試験、だよ。

 きーんこーんかーんこーん。

「はいはーい!」
 二十一歳の緑川先生がにこやかな笑顔で入ってくる。
 腰まである緩やかなウェーブの髪。
 くりくりしたリスみたいな目。
 髪の色は翡翠色。
 瞳の色は緑。
 清潔感溢れる白のブラウスに緑のカーディガン。
 黒のスカート。
 優しい優しい、人形達の先生だ。
「皆さん、教室に入りましょうねー!」
「はーい!」
 その声に、月子はハッとする。
「ついにここまで来たねー!」
「まあ、あたしは月子先生なら来れると思ってたわ」
「先生がここまで来てくれて、嬉しいのです!」
「……よく、がんばりました……」
 大好きな女の子達の姿を見て、月子は涙が出そうになる。
「ぼたん! アキ! サクラ! つばき!」
 思わず叫んだ。
 もう……会えないと思っていたから。

 ──ひすいちゃんは、編みぐるみを作るのが上手いから。直すのもお手の物なんだよ。

 カラフルな少女達は、緑川先生の前に一列に並んだ。
「あの……君たち……だれ?」
 紫園太陽が唖然とする。
「きりーつ!」
 アキが号令する。
「うわあっ」
 いつの間にか後ろにいたのっぺらぼうの人形に、月子も、太陽も立たされた。
「れー!」
 ぐいっ。
 アキの声と一緒にのっぺらぼうが二人の頭を押し下げる。
「ちゃくせきー!」
 がたん!
 いちばん前の席二つに、月子と太陽は座らせられた。
「あのー、これってどういう……」
「はーい、皆さんも、席に着きましょうね」
「はぁい!」
 最前列中央に、右からぼたん、月子、太陽、つばき。
 二列目中央に、右からアキ、サクラ。
 二人を囲むように四人が席に着いた。
「皆さん、今日で月子先生の教育実習は、終わりです。明日から、この学級の先生になります。皆は、この数日間、どうだったかしら?」
「楽しかった!」
「なかなか良かったわ」
「お勉強たくさんしたのです!」
「……いい、数日間でした……」
 緑川先生は、うんうん、と首を振った。
「そう、だから今日は──」
「あのっ!」
 高校一年生の太陽が、耐えきれず挙手した。
「なんで僕ここに居るんですか? 教育実習とか、月子先生とか、この子達とか、全然、なんにもわかんないんですけど──」
「授業中は」
 緑川先生の目が光る。
「お口にチャックですよ」
「むぐっ……むむむ……」
 太陽が口の辺りを掻きむしる。
 月子が太陽を見ると、口が「無くなっている」。

 ──気をつけて。ここはひすいちゃんの学級。全てはひすいちゃんの思いのままだよ。

「つばきさんも。授業中はおしゃべり禁止ですよぉ?」
「会話」を読まれたつばきがそっぽを向いた。

 緑川先生に笑顔が戻る。
「こほん。そう。皆さん、楽しかったですねぇ。先生も、見ていてとても楽しかったです。……じゃあ、ぼたんさんから。月子先生に教えてあげたことを、立って発表しましょうか」

「はーい!」
 ぼたんが起立する。
 赤いポニーテール。腰まである。緋色の瞳。
 赤いTシャツにベージュのキュロット。
 いつだって元気いっぱい、みんなのお姉ちゃん、ぼたん。
「先生は子供に手を出してはいけないことを教えました」
 月子を見て、ウインクする。
「そうですね、先生は子供に手を出してはいけませんね」
 緑川先生は笑顔だ。
 月子は、赤面した。

「次はアキさんと、サクラさん」
「はい!」
 アキとサクラが後ろで起立する。
 青のツーサイドアップの髪。青い瞳。
 白い半袖のブラウスの上に水色のワンピース。
 いちばん背が高くていちばんお洒落な、アキ。

 ピンクの髪の、癖のあるボブ、桃色の瞳。
 白いTシャツの上にピンクのパーカー。
 フードは上げて、被っていない。
 デニムのショートパンツ。
 いちばん頭のいい、みんなの先生、サクラ。
「あたしはサクラと」
「いじめを許さない大切さを教えたのです!」
 二人が、月子に手を振った。
「そうですね、いじめは絶対にだめですね」
 緑川先生も、うんうんと満足気だ。

「じゃあ、最後につばきさん」
「……はい」
 つばきが起立する。
 金色の髪に二つのお団子、黄色い瞳。
 肌の色は皆より濃い、異国情緒溢れる小麦色。
 黄色いTシャツの上にデニムのジャンバースカート。
 いちばん幼くて、でもいちばん思慮深い、つばき。
「……どんな困難にも負けない強い覚悟と意思を、教えました」
 月子を見て、うん、と一回頷いた。
「そうですね。先生は強くないといけませんね」

「みなさん、よく教えてあげられました。とっても良かったですよ! 月子先生にも、しっかり伝わったようですよー」
 月子を見て、優しく微笑んだ。
 つばきが、席に着いた。

 ぱちん。

 緑川先生が手を叩いた。
「さて、先生も月子先生に、最後の試験を与えてあげたいと思います」
「最後の……試験……」
 月子が呟く。
「ええ、文字通り最後の。月子先生を、最高の先生にする為の。この学級、人形学級に相応しい先生にするために、ぜひ受けていただきたいの。……出来るかしら?」
 月子は下を向いた。
 人形たちとの「試験」の日々が蘇る。

 ──さあさあ、月子先生。私たちの人形学級の先生に、なってみてください!

 ──先生、ぼたんのこと、見て?

 ──こいつがっ! ひすいちゃんや月子ちゃんのいじめから目を背けて! ひすいちゃんの死を、いじめと認定しなかったっ!

 ──あたしがっ! ひすいちゃンが! つきコちゃんガ! どれホド苦しんダト、思っていやがル!

 ──月子ちゃん……よく頑張りました。あなたは、わたし達姉妹の試験を、全部合格しました。

 ……

 やらなきゃ。
 あたしは、世界一の、教師になるんだ。
 世界で一番優しくて世界で一番平和な、この学級の。

「……はい、やります」
 緑川先生の目が光る。

「そう。そうでなきゃ。そうでなきゃ、月子ちゃん。ひすいは見てきた。人形達に魂を分けて。あなたの頑張りを、ずっと。ずっと。だから、見せて。あなたの最後の選択を」

 十一歳の黒髪のひすいが、優しく微笑む。

 右手を上げてぱちん、と指を鳴らした。

「ぷはっ」
 太陽の口が元に戻る。
「なにすんだよ、僕は──」
 ぱちん。
 もう一度右手を鳴らした。
「ぐっ……」
 突然、胸を抑えて苦しみ始めた。
 がたん。
 椅子から倒れ込んでしまった。
「紫園くんっ?」
 駆け寄ろうと、椅子から腰を浮かす。
 ぱちん。
 だが、ひすいが指を鳴らすと動かなくなった。
「焦らないで。まだ試験は始まってないよ」

 左手を上げてぱちん、と指を鳴らした。

 がらっ。
 音のする方を──首だけは動くようだ──見る。
 驚愕する。
 後ろの扉から──お母さんと、お父さんが入ってきた。
 生気のない目で歩いて、中央で止まり、くるりとこちらを向いた。
「お父さん、お母さん!」
 二人は何も言わない。
「ひすい、一体何を──」

 ぱちん。

 もう一度鳴らす。
 ちゃりん。
 アキとサクラを刺したガラスの破片が、苦しむ太陽と後ろに立つ両親のちょうど間に落ちてきた。
 同時に、両親の前に縄がするすると降りてきた。
 縄の先は丸い輪になっている。
 首を括る時に使う、結び目──
 最後にのっぺらぼうが、台を持ってきて、両親の足元に置く。

 床には、胸を押さえて倒れる太陽。
 後ろには、絞首台の前に立つ両親。
 その中央に落ちている、ガラスのナイフ。

「さあ、月子ちゃん! 最後の試験の始まりだよ! 選んで! 命を!」

 あっははははは!

 ひすいは嬉しそうに両手を広げて、笑った。
 あの頃の、十一歳の頃の、子供の姿で。
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