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【ビデオ学習の時間】
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「この度は、一連の事件を止めることが出来ず、誠に申し訳ございませんでした」
大学の多目的ホールを仮設の記者会見のスペースにしたそのマイクの向こうで、大学の理事長が頭を深く下げている。
ぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃ。
シャッター音とフラッシュがシャワーの様に浴びせられた。
この記者会見は、二度目である。
ひと月前、一人の教育実習生が、一人の小学生女児にわいせつ行為を働いた。
ただのわいせつ事件なら、ここまで大事にならないだろう。
いや、寧ろそれも大問題であるのだが。
それは別の問題として、今回の一件で開いた一度目の小さな記者会見は、校長と副理事長は解任、理事長は続投するという内容であったのだが、それが大きな波紋を呼んだ。
会見の場は、なぜ副理事長と校長のみの処分に留まったのかと糾弾の場になった。
そこで理事長は、マスメディアに根回しをして、当初はクローズドにしていた加害者情報を大々的に報じた。
なんと男性だと思われていた加害者は女性で、同性愛者で、小児性愛者であったと、世間全体に広めた。
理事長の目論見通り、自身の進退責任から世間の目は逸れた。
事件は学校の教育の結果によるものではなく、一人の異常者による異常な犯行だった。
加害者にも、退学処分にした。
そこで終止符が打たれるはずだった。
その日の──退学届けに印を押させた、その──夕方、一人の生徒が飛び降り自殺を計ったという連絡が理事長に入った。
しかも、まだ未確認ではあるが、下を歩いていた在校学生も巻き添えになったという情報まである。
すかさず新聞社に電話を入れるが、時すでに遅し。
自殺を計ったのは加害者生徒で、加熱したマスコミ報道が原因だと既に夕方の記事の一面を飾った。
だから、こうして二度目の記者会見を開く運びとなった。
一度目はふんぞり返っていた理事長も、青菜に塩をかけたかのように肩を落として、会見に望んだ。
続投の「ぞ」の字も出せないまま、理事長は解任となった。
そんなとてつもなく愚かな内容の記者会見が、病室のテレビで流れている。
でも。
流れている映像を、その青年が見ることは叶わない。
ぴっ。ぴっ。
心電図の信号は、限りなく弱い。
人工呼吸器を付けないと呼吸が出来ないその体の心臓は、弱りきっていた。
その青年が高校一年生の時倒れてから七年。
意識は戻っていない。
その横で、母親が涙している。
元々涙脆い性格だった。
映画を家族で見に行っては、号泣して息子に笑われた。
入学式の時。卒業式の時。
人目をはばからず泣いた。
中学校の卒業式では、あんまり泣くんで、もう来るなと息子に怒られた。
もう。
笑われることも、怒られることもないのかもしれない。
最近は、その「ないのかもしれない」が、「ないのだろう」になりつつある。
そのことを、もう受け入れつつある自分に戸惑った。
日々弱くなる息子の心臓の信号音。
首に刺された人工呼吸器の管からなるひゅうひゅうという音。
それらを見る度、聞く度。
胸に大きな大きな穴が空いてしまっているのを、自覚してしまって。
泣いていないのに涙が零れ落ちるようになった。
泣き虫だったころより、「泣かなくなった」青年の母親が、毎晩毎晩看病するその第一病棟と、同じ敷地にある第二病棟で。
同じように涙が枯れ果てた夫婦が、娘の診察結果を受けていた。
「残念ながら、大脳の損傷が大きすぎました。機能の回復は望めないでしょう」
「それって……」
娘の診断結果を聞いた母親の目に、みるみる涙が溢れる。
「脳死状態、にあると思われます」
医師は、努めて淡々と宣言した。
あああ……あああああ……
母親は、唸るような嗚咽と共に、とっくに枯れた涙を、絞るように零した。
父親は、妻の肩を抱いた。
「先日ご相談いただいた件ですが──」
医師は極力リズムを崩さずに宣言を続けた。
「ご本人の『確認』は取れている事がわかりました。後は──ご両親様次第です」
ううう……ああああ……
母親は、肩を震わせている。
「大切なご決断です。どうか──お二人でよく、話し合ってお決めください」
その夜。
「ねえ、あなた」
涙の枯れた母親は、夫に呼びかけた。
「毎晩、ここに通って……もし──」
嗚咽が漏れそうになる。
必死に堪えて言った。
「私達が『決める』より早くこの子が逝ってしまったら」
ふー。
息を吐いて、呼吸を整えた。
「私達も、一緒に『逝き』ましょう」
言った。言ってしまった。
でも、聞いた夫は、穏やかに答えた。
「ああ、そうだね。そう、しよう」
娘を最後まで守れなかった両親は、肩を抱き合った。
それから夫婦は、毎日通った。
風の日も雨の日も雪の日も。
額の骨は、ぶつかった衝撃で粉々だ。
頚椎も、折れてしまっている。
娘の心を司る部分は、全て壊され尽くしている。
けれどどうしてか、命を司る部分は、ほとんどが奇跡的に生きていた。
だから、何日も、何十日も、何ヶ月も、一年以上、持った。
夫婦は「決められず」に居たが、ある時母親は、気付いた。
──この子は、待っているんじゃないか、と。
私達の「決断」を。
来るべき、その瞬間を。
大学の多目的ホールを仮設の記者会見のスペースにしたそのマイクの向こうで、大学の理事長が頭を深く下げている。
ぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃ。
シャッター音とフラッシュがシャワーの様に浴びせられた。
この記者会見は、二度目である。
ひと月前、一人の教育実習生が、一人の小学生女児にわいせつ行為を働いた。
ただのわいせつ事件なら、ここまで大事にならないだろう。
いや、寧ろそれも大問題であるのだが。
それは別の問題として、今回の一件で開いた一度目の小さな記者会見は、校長と副理事長は解任、理事長は続投するという内容であったのだが、それが大きな波紋を呼んだ。
会見の場は、なぜ副理事長と校長のみの処分に留まったのかと糾弾の場になった。
そこで理事長は、マスメディアに根回しをして、当初はクローズドにしていた加害者情報を大々的に報じた。
なんと男性だと思われていた加害者は女性で、同性愛者で、小児性愛者であったと、世間全体に広めた。
理事長の目論見通り、自身の進退責任から世間の目は逸れた。
事件は学校の教育の結果によるものではなく、一人の異常者による異常な犯行だった。
加害者にも、退学処分にした。
そこで終止符が打たれるはずだった。
その日の──退学届けに印を押させた、その──夕方、一人の生徒が飛び降り自殺を計ったという連絡が理事長に入った。
しかも、まだ未確認ではあるが、下を歩いていた在校学生も巻き添えになったという情報まである。
すかさず新聞社に電話を入れるが、時すでに遅し。
自殺を計ったのは加害者生徒で、加熱したマスコミ報道が原因だと既に夕方の記事の一面を飾った。
だから、こうして二度目の記者会見を開く運びとなった。
一度目はふんぞり返っていた理事長も、青菜に塩をかけたかのように肩を落として、会見に望んだ。
続投の「ぞ」の字も出せないまま、理事長は解任となった。
そんなとてつもなく愚かな内容の記者会見が、病室のテレビで流れている。
でも。
流れている映像を、その青年が見ることは叶わない。
ぴっ。ぴっ。
心電図の信号は、限りなく弱い。
人工呼吸器を付けないと呼吸が出来ないその体の心臓は、弱りきっていた。
その青年が高校一年生の時倒れてから七年。
意識は戻っていない。
その横で、母親が涙している。
元々涙脆い性格だった。
映画を家族で見に行っては、号泣して息子に笑われた。
入学式の時。卒業式の時。
人目をはばからず泣いた。
中学校の卒業式では、あんまり泣くんで、もう来るなと息子に怒られた。
もう。
笑われることも、怒られることもないのかもしれない。
最近は、その「ないのかもしれない」が、「ないのだろう」になりつつある。
そのことを、もう受け入れつつある自分に戸惑った。
日々弱くなる息子の心臓の信号音。
首に刺された人工呼吸器の管からなるひゅうひゅうという音。
それらを見る度、聞く度。
胸に大きな大きな穴が空いてしまっているのを、自覚してしまって。
泣いていないのに涙が零れ落ちるようになった。
泣き虫だったころより、「泣かなくなった」青年の母親が、毎晩毎晩看病するその第一病棟と、同じ敷地にある第二病棟で。
同じように涙が枯れ果てた夫婦が、娘の診察結果を受けていた。
「残念ながら、大脳の損傷が大きすぎました。機能の回復は望めないでしょう」
「それって……」
娘の診断結果を聞いた母親の目に、みるみる涙が溢れる。
「脳死状態、にあると思われます」
医師は、努めて淡々と宣言した。
あああ……あああああ……
母親は、唸るような嗚咽と共に、とっくに枯れた涙を、絞るように零した。
父親は、妻の肩を抱いた。
「先日ご相談いただいた件ですが──」
医師は極力リズムを崩さずに宣言を続けた。
「ご本人の『確認』は取れている事がわかりました。後は──ご両親様次第です」
ううう……ああああ……
母親は、肩を震わせている。
「大切なご決断です。どうか──お二人でよく、話し合ってお決めください」
その夜。
「ねえ、あなた」
涙の枯れた母親は、夫に呼びかけた。
「毎晩、ここに通って……もし──」
嗚咽が漏れそうになる。
必死に堪えて言った。
「私達が『決める』より早くこの子が逝ってしまったら」
ふー。
息を吐いて、呼吸を整えた。
「私達も、一緒に『逝き』ましょう」
言った。言ってしまった。
でも、聞いた夫は、穏やかに答えた。
「ああ、そうだね。そう、しよう」
娘を最後まで守れなかった両親は、肩を抱き合った。
それから夫婦は、毎日通った。
風の日も雨の日も雪の日も。
額の骨は、ぶつかった衝撃で粉々だ。
頚椎も、折れてしまっている。
娘の心を司る部分は、全て壊され尽くしている。
けれどどうしてか、命を司る部分は、ほとんどが奇跡的に生きていた。
だから、何日も、何十日も、何ヶ月も、一年以上、持った。
夫婦は「決められず」に居たが、ある時母親は、気付いた。
──この子は、待っているんじゃないか、と。
私達の「決断」を。
来るべき、その瞬間を。
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