人形学級

杏樹まじゅ

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【灰島先生の学級】

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 ぷつ。
 ひすいは、DVDを停止した。

「さあ! ヒントはここまで!」
 リモコンを教卓置いて、にっこり笑った。
「月子ちゃん、もう、分かったかな?」
 月子は、床に落ちたガラスの剣を拾った。
「あれれ。駄目だったか。……まあ、いいよ。ここの時間は無限。いつだって、ひすいが付き合ってあげる」
 十一歳のひすいは、ポケットからガラスの剣を取り出した。
「さあ、おいで、月子ちゃん」
 剣を、正眼に構えた。

 月子は、後ろを見た。
 両親は「台」に乗って、縄を掴んでいる。
 床を見た。
 太陽は苦しそうで、もうまともに呼吸が出来ていない。

 ビデオで、見た通りだ。
 ──時間が無い。

「ぼたん! アキ! サクラ! つばき!」
 月子は叫んだ。
 祈りを込めて。

「あなた達のいのち、あたしに頂戴っ!」

 校舎中に響くくらいに。

「!」
 サクラが反応した。
「いのちぃ? なんで?」
 ぼたんは気づかない。
「! ……わかったよ、月子ちゃん……」
 つばきが心を読んだ。
「……なんなの? 教えなさいよ」
 アキがつばきを突く。
「みんな、聞くのです!」
「……みんな、糸を月子ちゃんに……」
 妹達が鈍い姉達に教えようとした。
 その時。

「はいはい、皆さん、ちょっと。ちょっと待ってね。……月子ちゃん。月子ちゃん?」
 ガラスの剣をポケットに仕舞ったひすいが近づく。
「いのちって。だめだよ。だめだめ。この子達は──」
「ひすい。ごめん。でも、これしかないの」
 月子は、ガラスの剣を握りしめたまま、動かない。
「本気で言ってる? この子達はひすいの大切なお友達で、大切な娘達みたいな」
 ひすいは目を細めた。
「だから謝ってるの。あなたの大切なお友達の、いのちを、頂戴って。ひすいの協力も要る」
 でも、月子は引かない。
 一歩も引かない。
「良いって……言うと思った? いのちを? あげる? ひとりぼっちになっちゃうよ。ひすい。そんなの」
 ひすいに焦りの表情が浮かび始める。
「ひすいは! あたしに! 先生になって欲しいんでしょっ? 最高の、先生に!」
「ひすいちゃんっ! 聞くのです!」
 サクラが、叫んだ。
「サクラには分かったのです、月子ちゃんの考えが! 決意が!」
「サクラ……」
 ひすいが振り返ってサクラを見る。
「……月子ちゃんを最高の先生にする為に、わたしたちのいのちが必要……そう、言ってる」
「つばきまで……」
「さっき、テレパシーでつばきに教えて貰ったよ! 私のいのち、月子ちゃんにあげる!」
「ふふ、こんな人形のいのちで、月子ちゃんを最高の先生に出来るなら、喜んで」
「ぼたん……アキ……」

「さあ、決めて! ひすい! もう時間が無いっ」

「……最高の、最高の先生になるって、約束して」
 ひすいは月子の元まで歩いて、その手にもうひとつのガラスの剣を渡した。
「……ありがとう、ひすい」
「で、何をすればいいの?」
 ひすいが月子の目を見る。
「編みぐるみの毛糸を持ってきて! ありったけ!」
 ひすいは、教室隅に置いてある紙袋に走った。
「いくよ! つばき! おいで!」
「……うん!」
 しゅるしゅるしゅるしゅる……
 金色の優しい光を放つ毛糸が、つばきから月子の髪の毛まで飛んで行った。
「ひすいちゃん!」
 紙袋から毛糸玉を手にしたひすいが、ハッとしてつばきを見る。

「姉妹でいちばん短い時間しか居れなかったけど、じゅうぶん、幸せだったよ。心を読む力をくれたこと、とても感謝してる。……ありがとう……」

 毛糸が解れ尽くしたつばきは、月子の輝く金髪になって、消えた。

「サクラ、おいで!」
「わかったのです!」
 するするするする……
 桃色の愛おしさを纏った毛糸が、サクラから月子の顔まで飛んで行った。
「ひすいちゃん!」
 毛糸玉を持って月子の元に駆けつけたハッとしてサクラを見る。

「怪我をしちゃったサクラのこと、もう一人のサクラと共に、愛してくれてありがとうなのです! サクラは月子ちゃんと、最高の先生になるのです! さようなら!」

 毛糸が解れ尽くしたサクラは、月子の優しい表情になって、消えた。

「アキ、おいで!」
「今行くわ!」
 さらさらさらさら……
 青い気品を纏った毛糸が、アキから月子の脚まで飛んで行った。
「ひすいちゃん!」
 編み棒を持って毛糸を巻き付けていたひすいは、ハッとしてアキを見る。

「いつもいつも、ぼたんと比べてばかり。本当は一番になりたかった。でも、ひすいちゃんにもらったほくろ、本当に嬉しかった。また新しい編みぐるみも、青い髪で作ってね。それじゃあ、ね!」

 毛糸が解れ尽くしたアキは、月子の力強い脚になって、消えた。

「ぼたん、おいで!」
「任せてっ!」
 くるくるくるくる……
 真っ赤な炎を纏った毛糸が、ぼたんから月子の手まで飛んで行った。
「ひすいちゃん!」
 新しい毛糸で編み始めたひすいは、ハッとしてぼたんを見る。

「いちばん初めに編んでもらった。いちばん初めにいのちをもらった。いちばん初めにお姉ちゃんにしてくれた。なんでも私がいちばん。……もう、これ以上、望むものはないよ。じゅうぶん、じゅうぶん生きたよ! また作ってね、大好き!」

 毛糸が解れ尽くしたぼたんは、月子の暖かい手になって、消えた。

「さっき、消えかけたつばきから、作戦は聞いたよ! 月子ちゃんを編みぐるみで置き換えればいいのね!」
「うん。ひすいなら、出来る。信じてる」
 月子は、手にしたガラスの剣を見つめた。
「人間の身体だと、ぜったい出来ないから……」
 前を向く。
 両親は首に縄を掛けている。
 太陽はチアノーゼ寸前だ。
 はやく……はやくはやく──
「出来たよ! 作戦通り、『心臓以外』を編みぐるみで置き換えたよ!」

 よし。
 やるわ。
 やるのよ、月子。
 あの日逃げた自分を精算するの。

 虹色の髪になった月子が、ガラスの剣を見つめる。
 月子が反射して映っている。
 髪は赤、青、ピンク、金色のグラデーションに輝いている。
 瞳も、同じだ。

 剣を自分の胸目掛けて構える。
 ぼたん、アキ、サクラ、つばき。
 ありがとう。
 ひすい。
 大好きよ。
 萌。黒木先生。
 ごめんなさい。
 紫園太陽くん。
 ──いま、行くわ。

 ずぶっ。

 ガラスの剣を、心臓の「横辺り」に刺した。
「ぐうっ……」
 痛い。痛い、痛い。
 でも、不思議と血は出ない。
 まだ、まだまだ──

 ずぶぶぶ。

 刺したナイフで、胸の周りを切り裂いていく。
「ぐ……ぐあ……」
「月子ちゃん……!」
 ひすいが小さく悲鳴を上げる。
 からん。
 ガラスの剣を捨てた。
 そして。

「うあああああっ!」

 心臓を、「取り出した」。

 どくん、どくん。

 真っ赤なその命は、今もまだ身体にあるかのように力強く脈打っている。
 月子は、歩いた。
 心臓を持って。
 そして倒れた太陽の傍で歩みを止め、しゃがんだ。

「あたしは、生きるのを自分で止めた愚かな人間。人を一人、巻き込んで殺した最低な人間。でも──」
 愚かな女は、自分の命そのものを、病で苦しむ少年に与えた。
「神様、もう一度チャンスを。こんな女に、誰かを救う、チャンスを──」
 心臓は、太陽の胸に近付けると、吸い込まれるようにして、消えた。

「神様──」

 ころん。

 胸に大穴が空いた、虹色の髪をあしらわれた編みぐるみは、静かに、静かに転がった。

 ひすい以外誰もいなくなった教室で。
「月子ちゃん、おめでとう」

「最終試験は、合格。あなたは、正式に人形学級の教師になりました」

 ひすいは涙を流しながら、虹色の髪の人形に、そう告げた。

「つくったよ、ひすい。吉祥寺で約束した虹色の、いちばん素敵なお友達を『作った』よ……月子ちゃん……」

 新人教師の願いが神様に届いたかは、この学級から窺い知ることは出来ない。
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