人形学級

杏樹まじゅ

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【下校の時間】

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 藍田つきは、立川市に住む四歳のお転婆な女の子だ。
 四歳だけど他の子よりすらりと高い身長、ふわふわのショートヘア。
 低体重で生まれたから二歳の時からメガネを付けていた。
 そんなつきは、ママと徒歩三分の所にある、「からふるすべりだい」の公園に遊びに行って、お気に入りの青いレジンのボールで遊ぶのが大好きだ。
 だから、その日もママと「からふるすべりだい」の公園で遊んでいたはずだった。

 お空は青くて、春だからぽかぽか陽気で、近所のゆうとくんとつきのボールを投げあって遊んでいたはずなのだ。
 でも、ゆうとくんは時々いじわるだ。
 つきのボールを全然ちがう方向に投げるのだ。
 その時も、やめて、というのにいじわるした。
 公園の出口の方につきの大事なボールを投げた。
 てん。てん。
 レジンのボールは小気味いい音を立ててつきから遠ざかった。
「やめてよう」
 つきは叫んだけど、ゆうとくんは笑っておどけるだけ。
 ママを見る。
 ゆうとくんのママと仲良くお喋りしてる。
 もう。ママったら。
 しょうがないから、つきが走って取りに行くことにした。
 つきのボールは道路の向こうがわ。
 なあんだ。
 近くにあったじゃん。
 まっててね、いま取りにいくから──

 ききいっ。

 ごちん。

 気がついたら。
 知らないベッドの上だった。
 おでこが痛いなと思って触ったら、おっきなガーゼがくっついている。
 お手手には、大きな注射が刺さってる。
 おくすりの臭いもする。
 ここは──病院なのかな。
「つきちゃん!」
 見ると、となりでママがびっくりしてるみたいな顔をしている。
「つきちゃん気がついたのっ? ああ、良かった、良かった……」
 ママは、そう言ってぽろぽろ泣いている。
 ママって泣くんだ……
 つきはびっくりした。
 ママはやさしくて、かっこよくて、お仕事もがんばる、すごい人だと思っていたから。
 すぐにお医者さんが来た。
 つきちゃん、わかりますか。
 わかるにきまってる。
 おでこ以外、どこも痛くないもん。
 でも、お医者さんは、どんなに「うん」っていっても聞いてくれない。
 目に懐中電灯みたいなのを照らされるし、風邪でもないのにおなかにもしもしする。
 病院のあちこちに連れていかれて、よくわからない写真みたいなのを撮られたり、とにかく疲れた。
 早くおうちに帰りたかった。

 おうちに帰った時、もう外は暗くなっていた。
 つきにお父さんはいない。
 いつも晩ご飯は二人っきりだ。
 だけどその日は、ママがとっても美味しい料理を作ってくれた。
 つきの大好きなクリームシチューだ。
 もりもりたべて、おかわりもした。
「二日、目が覚めなかったんだよ、覚えてる?」
 でも、つきにはまだよくわからなかった。
 ふつかって、なんだっけ。

 三日後、ママに連れられて、知らないお家に行った。
 ぴんぽーん。
 ママが呼び鈴を鳴らした。
 表札をみる。
 むずかしい字で分かんなかったけど「紫園」と書いてあった。
 そして、おばあさんが出てきた。
 とっても悲しそうな顔をしている。
 そして、ママがとっても大きくおじぎをして、言った。

「この度は、誠に、申し訳ございませんでした」

 おうちの中に入った。
 何か、燃えてるみたいな、いい匂いがした。
 たたみのお部屋に、大きな写真があった。
「昨日、告別式が終わったばかりですよ」
 おばあさんが、やさしい声で言った。
「本当に、なんと申し上げれば良いのか……本当に申し訳ございません」
「いえいえ、そんなに頭を下げないで……あの人も、教師でしたから。きっとお嬢ちゃんが助かって天国で喜んでいると思いますよ」
「ほら、つき、ありがとういいな」
 ママがつきをゆすった。
 でも、つきはそれどころでは無かった。
 思い出してたから。
 あたまをごっちんした時、何があったのか、を。

 ──五日前。

 ボールを取りに行ったつきは、片側一車線の都道に飛び出していた。
 道路では、運送業の男性が、二トントラックを時速三十キロで走っていた。
 十五秒前にレジンのボールが車道を横切っていた時はまだ数十メートル手前に居て、その危険性を察知出来なかった。
 だから四歳の女の子が突然車道に飛び出した時、ブレーキが間に合わなかった。

 その時。

 レジンのボールの傍を、一人の初老の男性が歩いていた。
 去年定年退職するまで、生涯にわたり小学校教師を務めていた、現場一筋の、真面目な教師であった。
 そんな男性は、道路の傍に落ちている青いボールに気がついた。
 ──こんな所に子供用のボール……まさか!
 長年の教員の経験で、危険をすぐに判断出来た。
 そして。
 ボール目掛けて一直線で走る、ふわふわショートヘアでメガネの女の子を目にした。

 体が、自然に動いていた。

 ──二分後。

 突き飛ばされ、道路のはしっこの石におでこをぶつけたつきは、薄れゆく意識の中、つきは目を薄く開けた。
 おっきなトラックが止まっている。
 その横で知らないおじいさんにのしかかられて、つきはそこに居た。
「つきこさん、つきこさん」
 おじいさんは頭からいっぱい血を出してたけど、つきにむかって、呼んでいた。
 ──おじいさん、わたし、つきよ? つきこじゃないよ。
 でも、おじいさんは呼ぶのを止めない。
「大丈夫かい、つきこさん」
 あたまいたい。
 そう言いたかったけど、体が動かなかった。
 そして、こう言った。

「返すよ。君からもらったいのちを返すよ……だから……目を開けて……」

 おじいさんはそう言うとつきの上で、倒れた。
 ママの声が遠くでする。
 ママだ。
 ママ、あのね、このおじいさんね──

 つきも、そのまま意識を無くした。

 ──五日後。
 本当に、本当にありがとうございました。
 ママは涙ぐみながらそう言って、また深くおじぎをして、ドアを閉めた。
「あのね、ママ」
 夕方の帰り道、ママに声をかけた。
「ん? どうしたの?」
 普段よりやさしい声で、ママが返事をした。

「いのちをかえすって、なに?」

「ん? なに? もう一回言って?」
 ちょうど風が強くふいて、ママには聞こえなかった。
 でも。
「──なんだっけ」
 つきも忘れてしまった。

 ──かみさまがくれたんだよ。チャンスを。

「え?」
 つきは、知らないおねえさんの声に、振り返った。
「どうしたの、つき?」
 ママが急に止まったつきに、聞く。
「ううん。なんでもない」

 つきはまた、歩き出した。
 しらないおじいさんにもらった、大切ないのちを胸に。
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