いざなみさまごっこ

杏樹まじゅ

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【第二章.いざなみのいえ】

【八.家】

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 くすくす、あははは。
 物置部屋は薄暗い。スチールラックにパイプ椅子、使わないデスク、ベッドのマットレス。それらはみな一様に埃を被っておやすみなさいをしている。たぶん、持ち主はもう二度と現れないに違いない、私たちを迎えに来ないお母さんと同じように。
 ははは、ふふふふ。
 けれどそこに響く笑い声は明るい。それはまるで、この世界にきらきらな明かりが灯ったかのよう。声の主は、世界で一番大切な妹と、私の笑い声。

「それで? それで?」

 ひまわりのヘアピンがよく似合う妹の茜は、私が読む物語に興味津々のようで、トパーズのようなブラウンの瞳をキラキラと輝かせている。私は優しく穏やかな声で続けた。

『いざなみは かぐつちをうんだとき おおやけどをおって しんでしまいました』

 はああ! 何度読んでも、茜はここで息を呑む。

「しんじゃったの?」
「しんじゃったみたい」

 私がそう告げると、妹は、まるで自分の大切な友達を喪ってしまったかのように、手で口を覆った。

「かわいそう!」
「わたしもおなじだよ」

 ね、ね、それで、それで? 私が柔らかく包み込むように同意すると、続きを知りたい妹がせがんだ。でも、物置部屋は暗く、絵本の文字は、絵に交じってしまって読み取れない。

「ああ、いつものねー。まってて」

 うーん。妹が人差し指を立てて力を込めると。
 ぽん。
 マッチを擦った時くらいの、小さくて優しい火の玉が、人差し指の先に暖かく灯った。

「はい、つきこおねえちゃん、つづき、よんで」

 私たち姉妹は、教団の「せんせい」たちには内緒で、物置部屋にふたりっきりで会うようになった。茜のお気に入りは、いざなみさまを描いた教団の絵本。毎回読んであげる度、まるで映画を見ているかのように息を呑んでおはなしを聞いてくれる。内緒で会っているから、いつも部屋は暗かったけれど、茜の能力のおかげで困りはしなかった。

「あ! 茜、火消して!」

 こら! 私たちに内緒でそんなところで。教団の「せんせい」が部屋のドアを開けて入ってくるのと茜が指先の灯りを消すのはほぼ同時だった。私は、あぶないあぶない、と心底ほっとする。だって茜にまで、あの地獄を見せる訳にはいかなかったから。



「まま?」
「まま」
「ねえ、ままってば」

「はっ!」

 気を失っていた。びりりっ! いたっ! いつもの痛みで目を覚ます。

「はーい、月子さん、起きましょうねえ」

 せんせいはにっこり笑った。私には絶望でしかない、その顔で。



 カルト教団「いざなみのいえ」における「開眼教育」は二段階ある。開眼をしていない子──十五人中、十人くらい──には、ひたすら教団の聖典を、朝から晩まで音読させる。内容は、穢れきったこの世界にいざなみさまが降臨なさって、新しい楽園を築くために古い世界を炎に包む、というものだ。それはそれでたいへんだとは思う。私たち開眼してる子達は、普段は(・・・)教団について普通に勉強するだけだから。楽園とそれらが俗世の穢れた人間たちに奪われていった歴史、それを聖母さまがいざなみさまを召喚して世界に約束された楽園を取り戻すまでの物語……等々。

「ひともじでもまちがえると、びんたなんだよ」

 ほっぺたを赤く腫らした茜が、それに負けないくらい大きくふくれる。

「ごめんなさいしても、だめなんだよ」

 可哀そうに。よほどつらいのか、目には涙を浮かべている。そうだ。私はいいことを思いついた。

「ねえ、ひみつのあそび、しましょ」

 私が決めた、禁じられた遊び。

「いざなみさまごっこ?」

 くりくりした目を見開いて、きょとんとする妹に、私は続ける。

「うん。あかねがね、しんぼうづよくいいこでいたら、おねえちゃんのわたしがね、いざなみさまになってたすけにいってあげるの」
「ほんと……?」
「ほんとだよ。だから、がんばっていいこでいてね。……やくそくだよ」

 やくそく。そう聞くと可愛い妹は目を輝かせる。

「うん! あかね、うんといいこで、まってるよ!」
「じゃあ、ゆびきりげんまんしよう」

 ゆーびきーりげんまん。うそついたら、はーりせんぼんのーます。ゆびきった!

「熾神月子さーん。月子さーん。くんれんのじかんですよー」
「じゃあ、またね!」

 私は、かわいい妹を置いて、教団のくんれんしつに向かった。
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