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【第三章.妹】
【二十.業火】
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そうして、一年が過ぎた。私は九歳、茜は八歳になっていた。
お母さんと名古屋の自宅を出て、紫の帯と黄色の帯の地下鉄を乗り継いで、近鉄名古屋駅まで行く。そこで特急に乗って宇治山田駅までは、お母さんも一緒に来てくれる。でも。
「ほら、バスが来てるよ、行っておいで」
そう言うと自分は、駅前の古びた喫茶店に入ってしまう。後の三十分のバス旅は、一人で行かなければならない。最寄りバス停からは大人の足でも十五分、私だと二十分かかる。山道をどんどん川沿いに上っていくと、その「家」はある。コンクリート造二階建ての、私たち姉妹の家。最愛の妹が待つその場所に、今日も私は足を運ぶ。
◇
泣かないで。ここ最近はよくそんなようなことを言うようになった。でも、言われれば言われるほど、涙がとめどなく溢れて止まらない。そしてある日、ついにはこんなことを盲目の妹が言った。
「お姉ちゃん、か、悲しんでる。つ、伝わってくるよ」
ううん、いいの、私のせいだから。大丈夫だよ。いつもの会話のつもりだった。
「無理してる」
だから、気付くのが遅れた。妹が「決めて」しまったことに。途方もない惨劇と、そのあと続く永遠の地獄の。
「そっか。お姉ちゃん。こ、ここと、茜が、嫌いなんだ」
妹の体が光始める。暑い。室温が急激に上昇しているのがわかる。
「あっ」
茜を押さえていた美影が、自分の手を見る。その手は焼きゴテを当てられたかのように、手錠の跡が真っ赤に焼き付いている。「発火」しているのだ。ばきん。妹は真っ赤になった手錠を「引きちぎった」。
「あ、茜? ダメだよ、座って?」
私がそう言い終わる前に。
ぼんっ。
美影が火柱に包まれた。
「ふ、ふふふふふふ、始まるのね。ようやく私の願いが叶うんだわ!」
真っ赤なドレスも。綺麗な金髪のシニヨンも。真っ赤に燃え上がった。
そして茜は、悠然と立ち上がってこう言った。
「続きしよ? 茜とのいざなみさまごっこの」
◇
ごおおっ。勢いを増した炎が唸りを上げている。妹から立ち上がった火は瞬く間に自身を包み込んで、そして燃やし始めた。
「だめだよ、茜、だめ! 落ち着いて!」
「いいのお姉ちゃん。茜、お姉ちゃんの悲しんでいるの、み、見たくないから」
こうするしかないの。茜は笑った。
「あっははは、これよ、これこそわたしが見たかった地獄の炎だわ!」
美影は、笑いながら灰になっていった。けれど、彼女を消し炭にしてもなお、妹は止まらなかった。
「さあ、続きを始めよう。茜たちのいざなみさまごっこを」
だめだよ、と私は妹に懇願する。
「お願い、茜、やめて!」
「ううん。ここがあるから、お姉ちゃんは苦しい」
ぎゃああ。うぁああ。あつい、あつい。「家」のあちこちから絶叫が響き始める。
「はは。こんなことだって、やろうと思えばいつだって出来た」
「茜、やめて茜! 誰か……」
そして、本来燃えるはずのないコンクリートの壁が沸騰し始めた。
「茜、茜ぇ! 誰か、誰かあ!」
「お姉ちゃん、見て、見て。茜、いざなみさまになれたみたい」
どばっ。
茜は最後に津波のような炎を召喚した。私はその波にのまれ、コンクリートの壁を突き破って、外に投げ出され、そして気を失った。
……はずなのだけれど、私の意識は「体の外」に投げ出されて──ちょうどあの葉っぱを嚙んだ時のように──「いざなみのいえ」の敷地に転がり、残りの惨劇すべてを目に焼き付けた。
海の荒波のように溢れ出した炎は、施設全体を〇.五秒で覆い尽くして、子供も大人も、等しく意味の無い炭の塊に変えていった。
『見える? お姉ちゃん』
体から開放された茜が聞いてくる。
『お姉ちゃんを苦しめる、ここを消してみたよ』
よたよた。「私」の前で、熾神月子が立ち上がる。あかね、あかね。そう呼びながら。
「私、どうなってるの?」
『あはは。お姉ちゃんの一部だけ、火と一緒に持って来ちゃったの。……ううん、お姉ちゃんの一部を体に置いてきた、と言った方が正しいかな。お姉ちゃんを勝たせるために』
私がきょとんとしていると、茜が続ける。
『いざなみさまごっこ、だよ。前にも言ったでしょ。繰り返してるの、お姉ちゃんってば』
そういえばそんなこと……言われた気がする……けれど今は、あっちが気になる。
「あっちの私は……?」
『うーん、燃えカスみたいなもん? でも、これから頑張って生きて、そして守るの。世界でいちばん大切な、朝陽ちゃんを。あの子──美影ちゃんからね』
あさひ……世界でいちばん大切な、私の、私の……。
『うん、そうだよ。お姉ちゃんの大切な朝陽ちゃん。それじゃあ、見ていこっか。お姉ちゃんのこのあとを。燃えカス熾神月子の一生を、ね!』
はあ。燃えカスって……随分とひどく言うなあ。でも、いいや。こうして茜とずうっといっしょにいるのも悪くない。
うん。
悪くないよ。
◇
お母さんと名古屋の自宅を出て、紫の帯と黄色の帯の地下鉄を乗り継いで、近鉄名古屋駅まで行く。そこで特急に乗って宇治山田駅までは、お母さんも一緒に来てくれる。でも。
「ほら、バスが来てるよ、行っておいで」
そう言うと自分は、駅前の古びた喫茶店に入ってしまう。後の三十分のバス旅は、一人で行かなければならない。最寄りバス停からは大人の足でも十五分、私だと二十分かかる。山道をどんどん川沿いに上っていくと、その「家」はある。コンクリート造二階建ての、私たち姉妹の家。最愛の妹が待つその場所に、今日も私は足を運ぶ。
◇
泣かないで。ここ最近はよくそんなようなことを言うようになった。でも、言われれば言われるほど、涙がとめどなく溢れて止まらない。そしてある日、ついにはこんなことを盲目の妹が言った。
「お姉ちゃん、か、悲しんでる。つ、伝わってくるよ」
ううん、いいの、私のせいだから。大丈夫だよ。いつもの会話のつもりだった。
「無理してる」
だから、気付くのが遅れた。妹が「決めて」しまったことに。途方もない惨劇と、そのあと続く永遠の地獄の。
「そっか。お姉ちゃん。こ、ここと、茜が、嫌いなんだ」
妹の体が光始める。暑い。室温が急激に上昇しているのがわかる。
「あっ」
茜を押さえていた美影が、自分の手を見る。その手は焼きゴテを当てられたかのように、手錠の跡が真っ赤に焼き付いている。「発火」しているのだ。ばきん。妹は真っ赤になった手錠を「引きちぎった」。
「あ、茜? ダメだよ、座って?」
私がそう言い終わる前に。
ぼんっ。
美影が火柱に包まれた。
「ふ、ふふふふふふ、始まるのね。ようやく私の願いが叶うんだわ!」
真っ赤なドレスも。綺麗な金髪のシニヨンも。真っ赤に燃え上がった。
そして茜は、悠然と立ち上がってこう言った。
「続きしよ? 茜とのいざなみさまごっこの」
◇
ごおおっ。勢いを増した炎が唸りを上げている。妹から立ち上がった火は瞬く間に自身を包み込んで、そして燃やし始めた。
「だめだよ、茜、だめ! 落ち着いて!」
「いいのお姉ちゃん。茜、お姉ちゃんの悲しんでいるの、み、見たくないから」
こうするしかないの。茜は笑った。
「あっははは、これよ、これこそわたしが見たかった地獄の炎だわ!」
美影は、笑いながら灰になっていった。けれど、彼女を消し炭にしてもなお、妹は止まらなかった。
「さあ、続きを始めよう。茜たちのいざなみさまごっこを」
だめだよ、と私は妹に懇願する。
「お願い、茜、やめて!」
「ううん。ここがあるから、お姉ちゃんは苦しい」
ぎゃああ。うぁああ。あつい、あつい。「家」のあちこちから絶叫が響き始める。
「はは。こんなことだって、やろうと思えばいつだって出来た」
「茜、やめて茜! 誰か……」
そして、本来燃えるはずのないコンクリートの壁が沸騰し始めた。
「茜、茜ぇ! 誰か、誰かあ!」
「お姉ちゃん、見て、見て。茜、いざなみさまになれたみたい」
どばっ。
茜は最後に津波のような炎を召喚した。私はその波にのまれ、コンクリートの壁を突き破って、外に投げ出され、そして気を失った。
……はずなのだけれど、私の意識は「体の外」に投げ出されて──ちょうどあの葉っぱを嚙んだ時のように──「いざなみのいえ」の敷地に転がり、残りの惨劇すべてを目に焼き付けた。
海の荒波のように溢れ出した炎は、施設全体を〇.五秒で覆い尽くして、子供も大人も、等しく意味の無い炭の塊に変えていった。
『見える? お姉ちゃん』
体から開放された茜が聞いてくる。
『お姉ちゃんを苦しめる、ここを消してみたよ』
よたよた。「私」の前で、熾神月子が立ち上がる。あかね、あかね。そう呼びながら。
「私、どうなってるの?」
『あはは。お姉ちゃんの一部だけ、火と一緒に持って来ちゃったの。……ううん、お姉ちゃんの一部を体に置いてきた、と言った方が正しいかな。お姉ちゃんを勝たせるために』
私がきょとんとしていると、茜が続ける。
『いざなみさまごっこ、だよ。前にも言ったでしょ。繰り返してるの、お姉ちゃんってば』
そういえばそんなこと……言われた気がする……けれど今は、あっちが気になる。
「あっちの私は……?」
『うーん、燃えカスみたいなもん? でも、これから頑張って生きて、そして守るの。世界でいちばん大切な、朝陽ちゃんを。あの子──美影ちゃんからね』
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『うん、そうだよ。お姉ちゃんの大切な朝陽ちゃん。それじゃあ、見ていこっか。お姉ちゃんのこのあとを。燃えカス熾神月子の一生を、ね!』
はあ。燃えカスって……随分とひどく言うなあ。でも、いいや。こうして茜とずうっといっしょにいるのも悪くない。
うん。
悪くないよ。
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