いざなみさまごっこ

杏樹まじゅ

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【第三章.妹】

【二十.業火】

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 そうして、一年が過ぎた。私は九歳、茜は八歳になっていた。
 お母さんと名古屋の自宅を出て、紫の帯と黄色の帯の地下鉄を乗り継いで、近鉄名古屋駅まで行く。そこで特急に乗って宇治山田駅までは、お母さんも一緒に来てくれる。でも。
「ほら、バスが来てるよ、行っておいで」
 そう言うと自分は、駅前の古びた喫茶店に入ってしまう。後の三十分のバス旅は、一人で行かなければならない。最寄りバス停からは大人の足でも十五分、私だと二十分かかる。山道をどんどん川沿いに上っていくと、その「家」はある。コンクリート造二階建ての、私たち姉妹の家。最愛の妹が待つその場所に、今日も私は足を運ぶ。



 泣かないで。ここ最近はよくそんなようなことを言うようになった。でも、言われれば言われるほど、涙がとめどなく溢れて止まらない。そしてある日、ついにはこんなことを盲目の妹が言った。

「お姉ちゃん、か、悲しんでる。つ、伝わってくるよ」

 ううん、いいの、私のせいだから。大丈夫だよ。いつもの会話のつもりだった。



 だから、気付くのが遅れた。妹が「決めて」しまったことに。途方もない惨劇と、そのあと続く永遠の地獄の。

「そっか。お姉ちゃん。こ、ここと、茜が、嫌いなんだ」

 妹の体が光始める。暑い。室温が急激に上昇しているのがわかる。

「あっ」

 茜を押さえていた美影が、自分の手を見る。その手は焼きゴテを当てられたかのように、手錠の跡が真っ赤に焼き付いている。「発火」しているのだ。ばきん。妹は真っ赤になった手錠を「引きちぎった」。

「あ、茜? ダメだよ、座って?」

 私がそう言い終わる前に。
 ぼんっ。
 美影が火柱に包まれた。

「ふ、ふふふふふふ、始まるのね。ようやく私の願いが叶うんだわ!」

 真っ赤なドレスも。綺麗な金髪のシニヨンも。真っ赤に燃え上がった。
 そして茜は、悠然と立ち上がってこう言った。

「続きしよ? 茜とのいざなみさまごっこの」



 ごおおっ。勢いを増した炎が唸りを上げている。妹から立ち上がった火は瞬く間に自身を包み込んで、そして燃やし始めた。

「だめだよ、茜、だめ! 落ち着いて!」
「いいのお姉ちゃん。茜、お姉ちゃんの悲しんでいるの、み、見たくないから」

 こうするしかないの。茜は笑った。

「あっははは、これよ、これこそわたしが見たかった地獄の炎だわ!」

 美影は、笑いながら灰になっていった。けれど、彼女を消し炭にしてもなお、妹は止まらなかった。

「さあ、続きを始めよう。茜たちのいざなみさまごっこを」

 だめだよ、と私は妹に懇願する。

「お願い、茜、やめて!」
「ううん。があるから、お姉ちゃんは苦しい」

 ぎゃああ。うぁああ。あつい、あつい。「家」のあちこちから絶叫が響き始める。

「はは。こんなことだって、やろうと思えばいつだって出来た」
「茜、やめて茜! 誰か……」

 そして、本来燃えるはずのないコンクリートの壁が沸騰し始めた。

「茜、茜ぇ! 誰か、誰かあ!」

「お姉ちゃん、見て、見て。茜、いざなみさまになれたみたい」

 どばっ。

 茜は最後に津波のような炎を召喚した。私はその波にのまれ、コンクリートの壁を突き破って、外に投げ出され、そして気を失った。

 ……はずなのだけれど、私の意識は「体の外」に投げ出されて──ちょうどあの葉っぱを嚙んだ時のように──「いざなみのいえ」の敷地に転がり、残りの惨劇すべてを目に焼き付けた。
 海の荒波のように溢れ出した炎は、施設全体を〇.五秒で覆い尽くして、子供も大人も、等しく意味の無い炭の塊に変えていった。

『見える? お姉ちゃん』

 体から開放された茜が聞いてくる。

『お姉ちゃんを苦しめる、を消してみたよ』

 よたよた。「私」の前で、熾神月子が立ち上がる。あかね、あかね。そう呼びながら。

「私、どうなってるの?」
『あはは。お姉ちゃんの一部だけ、火と一緒に持って来ちゃったの。……ううん、お姉ちゃんの一部を体に置いてきた、と言った方が正しいかな。お姉ちゃんを勝たせるために』

 私がきょとんとしていると、茜が続ける。

『いざなみさまごっこ、だよ。前にも言ったでしょ。繰り返してるの、お姉ちゃんってば』

 そういえばそんなこと……言われた気がする……けれど今は、あっちが気になる。

「あっちの私は……?」
『うーん、燃えカスみたいなもん? でも、これから頑張って生きて、そして守るの。世界でいちばん大切な、朝陽ちゃんを。あの子──美影ちゃんからね』

 あさひ……世界でいちばん大切な、私の、私の……。

『うん、そうだよ。お姉ちゃんの大切な朝陽ちゃん。それじゃあ、見ていこっか。お姉ちゃんのこのあとを。燃えカス熾神月子の一生を、ね!』

 はあ。燃えカスって……随分とひどく言うなあ。でも、いいや。こうして茜とずうっといっしょにいるのも悪くない。

 うん。
 悪くないよ。

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