いざなみさまごっこ

杏樹まじゅ

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【第四章.燃えカス月子の一生】

【二十一.高校生まで】

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 ──世界の時間が早くなる。すごい早さで昼と夜とが交互に入れ替わった。私は、ずっと「熾神月子」を見ていた。ずっと。
 これより先は、私、九歳の熾神月子が自身の何度目かの人生を、俯瞰して見たお話である。未来は変えられる。そう信じて。



「あかねー! あかねぇーっ!」

 炎が全てを焼き尽くした、教団の家の跡地で、熾神月子が叫んでいる。必死に呼びかけ、必死に耳を澄ました。でも茜の意識は「こっちの私」の方にあるから、熾神月子には何も聞こえない。結局、この日から熾神月子は永遠に最愛の妹を喪った。
 いざなみのいえは、爆弾でも炸裂したかのようにほんの少しの鉄骨だけを残して、ほとんど無くなっていた。消防が着いた時、そこの熾神月子はぼんやりと立ってその惨劇のあとを見ていた。わかりますか、という消防の人の問いかけにもほとんど答えられていない。結局、施設はガス漏れによる爆発によって職員十八名・入所者十四名全員が死亡したと、ニュースが報じているのを後日、自宅で聞いていた。



 熾神月子は火の出し方を忘れてしまったようで、ライターほどの火すら起こすことはなくなっていた。でも、夢は見ているようだ。茜、茜。そう言っていつもうなされていた。

「お母さん、一緒に寝て」

 ひとりになることを極端に恐れ、中学一年生になっても、お母さんとじゃないと眠れなくなっていた。そして妹の名前を叫んで泣いては、お母さんにすがった。それでも、昼間は必死に生きた。学校の勉強も頑張った。部活は美術部で、油絵に没頭した。熾神月子の描く静物画は命が宿っている、と教師の間でも評判だった。当然、美術の成績は「五」だった。受験勉強にも全力で打ち込んだ。結果、県立だったけど名古屋市内でも有数の進学校に入った。

『見てお姉ちゃん、高校生になったよ』

「あの、熾神さん、俺と……付き合ってください!」

 ある日、日比谷夏夫君に呼び出された。二年生の夏休み前のこと。

『受けちゃいなよ、青春、エンジョイしましょうよ』
「美影、うるさい」
「え?」
「ううん、なんでも。……で、なんだっけ」

 日比谷君とは一年生から同じクラス。席が近いことも多かったし、色々優しくしてあげた。一緒に図書室で試験勉強もしたし、方向が一緒だったから紫の帯の市営地下鉄で一緒に帰ったりもした。なぜそうしたか、熾神月子は自分でもよくわからない。でも日比谷君の笑った顔は──妹に似ていた。だから。

「ごめんなさい」

 その日から、熾神月子の顔から笑顔がまた消えていった。そしてやっぱり、毎晩毎晩、茜、茜。辛そうにうなされてはそればかりを呟いた。



 大学は東京の大学を志望した。もう名古屋や三重に居たくなかったんだろうと思う。熾神月子は何もかもを忘れるように、必死に受験に打ち込んだ。第一志望は落ちたけど、第二志望の八王子の大学に受かった。貧しい家庭だったから、奨学金制度を受けながらの受験だった。東京にお母さんと受験に行き、合格発表も一緒に見に行った。

「○一二四六、○一二四六、○一二四六……あった! お母さんっ! あったぁ!」
「やったねえ、月子、やったねえ! 茜も喜んでるよ」
「うん! あかねえ、お姉ちゃん頑張ったよ!」

『そうだね、よく頑張ったね、熾神月子お姉ちゃん』

 合格発表で自分の名前を見つけたとき。舞い上がってお母さんと飛び上がりながら喜んでいた。お母さんも泣いて喜んでくれた。それがお母さんとの最後の思い出だった。一年が経った二年生のころ、くも膜下出血で倒れて、急いで駆け付けたけど間に合わなかった。五十二歳だった。火葬のみの、寂しい寂しいお葬式。
 燃えカスの熾神月子は、今度こそ本当に天涯孤独になった。

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