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【第四章.燃えカス月子の一生】
【二十二.母親になるまで】
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「熾神さん、私たちとサークル入らない?」
「熾神さん、このあとカラオケ行こうよ」
「ごめん、私、パス。またね」
なによ、お高くとまって。熾神さんっていつも一人だよね。
──あの、全部聞こえてるんですけど?
『なによう、カラオケ、楽しいのにぃ』
「私、別に美影を楽しませるために生きてるんじゃないんだよ」
『けちー』
美影が隣で唇を尖らせる。
◇
寂しさを忘れるように講義に打ち込んでいるのが見える。恋人も、友達も作らなかった。サークルの勧誘もカラオケに誘うクラスメイトも、ぜんぶ断っていた。寂しさを忘れるように……ううん。寂しい中に身を置くことでしか、亡くしてしまった妹へごめんなさいが出来ないと思っているかのように見えた。
『見て、大企業の会社員になったよ』
おかげで就職活動はとんとんと、階段を駆け上がるかのように上手くいった。一次面接も二次面接も、最終面接もインターンシップも順調だ。
そして見事、四月一日付けで大手出版社の広報部に配属になった。中学、高校での美術部のスキルがうまく生かされた。
「この度配属させていただきました、熾神月子と申します。よろしくお願いします」
ぱちぱちぱちぱち。
『ふふ、楽しそうだね』
毎日が飛ぶように過ぎていた。多忙ではあったけれどやり甲斐のある仕事。
「ふふふ、ありがとうございます!」
笑顔になる日も増えた。だんだん、妹の夢も見なくなっていった。あれ、「私」って、こんな顔して笑うんだ、と不思議だった。けれど燃えカスだった方の熾神月子は、地獄の中でも確かにこの時。人生でいちばん幸せな時期だった。
「熾神さんじゃないか」
広報部の一大プロジェクト成功で係長に昇進した熾神月子。お祝いの打ち上げに参加していた時に、隣のテーブルにいた高校時代に告白してきたあの日比谷夏夫君に偶然出会う、その時までは。
◇
「久しぶりだなあ。十一年ぶりかあ!」
あれから十一年経っていた。燃えカス熾神月子は二十八歳になっていた。
「え、係長、お知合いですかー?」
新卒の日向さんが食いつく。
「ああ、地元の高校行ってた時の」
「彼氏でーす」
「あのねえ、告白断ったでしょ」
わっはっは。お酒の席は和やかなムード。
──日比谷君、随分明るくなったなあ。なんか……手慣れてて楽しそう。
そう、見えたからかもしれない。熾神月子がお酒に弱く飲み慣れてなかったのも原因かもしれない。でもいちばんは、昔の甘酸っぱい思い出話に花が咲いて気を許し過ぎたのかもしれない。だから気付くのが遅れた。
次の朝、ホテルのベッドの彼の横で目を覚ます、その時まで。自分が大切にしていた物が、いつの間にか失われていたことに。
◇
それから、気まずかったけれど、熾神月子は黄緑色のモバイルメッセンジャーアプリで連絡先を交換して、少しづつ連絡を取り合うようになった。元気? 今日は何時上がり? そんな他愛のない会話をしながら、時々会ったりもした。あの夜のことは覚えていない。けれど、好きな気持ちは熾神月子の中で確実に芽生えつつあった。だから、改めてもう一度あげたくなった。
熾神月子の、心からの初めてを。
彼も同意してくれた。成り行きでしでかしたことを、深く詫びてくれた。
『うわ、おきがみつきこちゃん。趣味悪っ。あんなゴリラみたいなのがいいの? うえー』
「スポーツマンなの。いい人なのよ。美影にはわかんないだろうけど」
そして迎えた夜。ベッドの上でふたり下着になって、そして彼は上に乗った。びくん。身体が強ばった。かたかたかたかた、と熾神月子は小刻みに震えだした。
「どした? うわ、熱があるじゃないか」
「あ、いや……なんでも……」
かたかたかたかた。幼い頃の、陽一さんたちを炎で焼き尽くした恐怖の記憶が頭の中に蘇っているように見えた。
「離れて。私から離れて」
「おい、まて、この傷、これどうした」
彼は気が付いた。左手に何重にも刻まれた電撃の火傷の後を。
「いいから、離れて」
「そうはいかない。こんなひどい傷。いったいどこで」
「お願い、お願いよ」
「月子、誰にやられた? 月子?」
「早く離れてってばぁ!」
『お姉ちゃんを、いじめるなっ!』
ぼんっ。
あの時の妹の声が頭に蘇るのと、高校時代想いを寄せてきたその相手が「燃え上がる」のは、ほとんど同時だった。
◇
熾神月子は保護された。あの日と同じように。責める人は誰一人として居なかった。けれど、あの断末魔が耳に焦げ付いて離れない。どんなに体を洗っても、肉の焦げる臭いがどうしても取れない。茜、茜……。この頃から夜、眠ることを恐れるようになった。また、妹の夢を見るようになったのだ。
奇しくも、二ヶ月が経っていた。急に気持ちが悪くなって会社のトイレに駆け込んだ。嫌な予感がした。帰りにドラッグストアに寄って、自宅のトイレで熾神月子は知った。検査薬には陽性を表す線。
──自分はこれから母親になるということを。
「熾神さん、このあとカラオケ行こうよ」
「ごめん、私、パス。またね」
なによ、お高くとまって。熾神さんっていつも一人だよね。
──あの、全部聞こえてるんですけど?
『なによう、カラオケ、楽しいのにぃ』
「私、別に美影を楽しませるために生きてるんじゃないんだよ」
『けちー』
美影が隣で唇を尖らせる。
◇
寂しさを忘れるように講義に打ち込んでいるのが見える。恋人も、友達も作らなかった。サークルの勧誘もカラオケに誘うクラスメイトも、ぜんぶ断っていた。寂しさを忘れるように……ううん。寂しい中に身を置くことでしか、亡くしてしまった妹へごめんなさいが出来ないと思っているかのように見えた。
『見て、大企業の会社員になったよ』
おかげで就職活動はとんとんと、階段を駆け上がるかのように上手くいった。一次面接も二次面接も、最終面接もインターンシップも順調だ。
そして見事、四月一日付けで大手出版社の広報部に配属になった。中学、高校での美術部のスキルがうまく生かされた。
「この度配属させていただきました、熾神月子と申します。よろしくお願いします」
ぱちぱちぱちぱち。
『ふふ、楽しそうだね』
毎日が飛ぶように過ぎていた。多忙ではあったけれどやり甲斐のある仕事。
「ふふふ、ありがとうございます!」
笑顔になる日も増えた。だんだん、妹の夢も見なくなっていった。あれ、「私」って、こんな顔して笑うんだ、と不思議だった。けれど燃えカスだった方の熾神月子は、地獄の中でも確かにこの時。人生でいちばん幸せな時期だった。
「熾神さんじゃないか」
広報部の一大プロジェクト成功で係長に昇進した熾神月子。お祝いの打ち上げに参加していた時に、隣のテーブルにいた高校時代に告白してきたあの日比谷夏夫君に偶然出会う、その時までは。
◇
「久しぶりだなあ。十一年ぶりかあ!」
あれから十一年経っていた。燃えカス熾神月子は二十八歳になっていた。
「え、係長、お知合いですかー?」
新卒の日向さんが食いつく。
「ああ、地元の高校行ってた時の」
「彼氏でーす」
「あのねえ、告白断ったでしょ」
わっはっは。お酒の席は和やかなムード。
──日比谷君、随分明るくなったなあ。なんか……手慣れてて楽しそう。
そう、見えたからかもしれない。熾神月子がお酒に弱く飲み慣れてなかったのも原因かもしれない。でもいちばんは、昔の甘酸っぱい思い出話に花が咲いて気を許し過ぎたのかもしれない。だから気付くのが遅れた。
次の朝、ホテルのベッドの彼の横で目を覚ます、その時まで。自分が大切にしていた物が、いつの間にか失われていたことに。
◇
それから、気まずかったけれど、熾神月子は黄緑色のモバイルメッセンジャーアプリで連絡先を交換して、少しづつ連絡を取り合うようになった。元気? 今日は何時上がり? そんな他愛のない会話をしながら、時々会ったりもした。あの夜のことは覚えていない。けれど、好きな気持ちは熾神月子の中で確実に芽生えつつあった。だから、改めてもう一度あげたくなった。
熾神月子の、心からの初めてを。
彼も同意してくれた。成り行きでしでかしたことを、深く詫びてくれた。
『うわ、おきがみつきこちゃん。趣味悪っ。あんなゴリラみたいなのがいいの? うえー』
「スポーツマンなの。いい人なのよ。美影にはわかんないだろうけど」
そして迎えた夜。ベッドの上でふたり下着になって、そして彼は上に乗った。びくん。身体が強ばった。かたかたかたかた、と熾神月子は小刻みに震えだした。
「どした? うわ、熱があるじゃないか」
「あ、いや……なんでも……」
かたかたかたかた。幼い頃の、陽一さんたちを炎で焼き尽くした恐怖の記憶が頭の中に蘇っているように見えた。
「離れて。私から離れて」
「おい、まて、この傷、これどうした」
彼は気が付いた。左手に何重にも刻まれた電撃の火傷の後を。
「いいから、離れて」
「そうはいかない。こんなひどい傷。いったいどこで」
「お願い、お願いよ」
「月子、誰にやられた? 月子?」
「早く離れてってばぁ!」
『お姉ちゃんを、いじめるなっ!』
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奇しくも、二ヶ月が経っていた。急に気持ちが悪くなって会社のトイレに駆け込んだ。嫌な予感がした。帰りにドラッグストアに寄って、自宅のトイレで熾神月子は知った。検査薬には陽性を表す線。
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