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【第四章.燃えカス月子の一生】
【二十三.出産まで】
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『おきがみつきこちゃん。いざなみさまごっこ、しましょうよ』
自宅最寄りの産婦人科で待っていると、美影がそんなことを言い出した。
『その子を愛せれば、貴女の勝ち。でも愛せなかったら。……わたしの勝ちね』
「そんな約束、してないわ」
きゃはははっ。真っ赤なドレスの美影が笑う。
『強制参加だよ、決まってるでしょ。さあ、今回はおきがみつきこちゃん勝てるかなあ? わたしまた、地獄の炎に焼かれたいのー!』
「……」
「熾神さーん。熾神月子さーん」
看護師さんによばれて、熾神月子は診察室へ入った。
「妊娠なさってますね。おめでとうございます。三か月です」
私は産婦人科の帰り道に、父方の叔母にスマホで電話をかける。私が教団に入信してから疎遠になって久しいけれど、誰かに伝えたかった。でも、現実はそんなに甘くはなかった。
「もしもし……うん、久しぶりだね、二十年ぶりくらいかな。……うん、そうだね、うん、命日にはお参りいくから。うん、うん。……それでさ……私、妊娠したの……うん、うん……相手? ……いないの。……うん……わかってる。そうだよね、そうだよね。ううん、気にしないで、一人で生むから大丈夫。大丈夫だから……それじゃ」
帰り道、胸に空いた穴を通り過ぎる木枯らしが、寒くて寒くて。それは地獄に灯った小さな小さな勇気を吹き消すのには、十分だった。
◇
『天涯孤独のまま、熾神月子はお母さんになったんだ』
『そうだよ。それでね、お姉ちゃんは頑張りすぎちゃったの』
◇
『やくそくよ。その子を愛せなかったらわたしの勝ち、ね?』
咎める者も、祝う者も誰一人としていなかったが、中絶しようとは思わなかった。ただ、ひとつ。
──茜をもう一度、今度こそ普通の子として産んであげたかった。
だから、熾神月子は女の子の名前ばかりを考えていた。愛梨、絵里香、雪、はな──。可愛い名前ばかり浮かんでいるよう。でもある夜のこと、酷いつわりで吐き気が止まらない。トイレに何時間も籠った。そしてやっと出られるようになって団地の窓の外を見た時。とても、とても綺麗な朝日が、空を柔らかく染め上げていた。まるで、自分を苛む悪夢をうち払ってくれているかのように。
あさひ……あさひかあ。
懐かしい、何度も聞いたことのあるような名前だった。でも、自分の子に付けるにはこれしかないと確信できた。まだ地獄の真っ只中にいることを、熾神月子は知らない。けれどもともかく、娘の名前は朝陽に決まった。
◇
性別がわかるまでには時間がかかったけれど、女の子だと判明した時は天にも昇るほど嬉しかった。つわりも幸い終わり、朝陽の成長も順調。熾神月子は、地獄の中の晴れ間で、大きなお腹をさすって幸せそうに月日が流れた。そして。
おぎゃあ、おぎゃあ。
「ほら、熾神さん、元気な女の子ですよ」
おぎゃあ、おぎゃあ。
「はあっ、はあっ」
おぎゃあ、おぎゃあ。
「おお、よしよし、元気ですねえ」
おぎゃあ、おぎゃあ。
「はあっ、はあっ……あさひ……」
「あら、決まってたんですか。いい名前ね」
おぎゃあ、おぎゃあ。
「あさひ……」
その子は誰よりも熱く、誰よりも光っていて、誰よりも命を燃やしていた。
自宅最寄りの産婦人科で待っていると、美影がそんなことを言い出した。
『その子を愛せれば、貴女の勝ち。でも愛せなかったら。……わたしの勝ちね』
「そんな約束、してないわ」
きゃはははっ。真っ赤なドレスの美影が笑う。
『強制参加だよ、決まってるでしょ。さあ、今回はおきがみつきこちゃん勝てるかなあ? わたしまた、地獄の炎に焼かれたいのー!』
「……」
「熾神さーん。熾神月子さーん」
看護師さんによばれて、熾神月子は診察室へ入った。
「妊娠なさってますね。おめでとうございます。三か月です」
私は産婦人科の帰り道に、父方の叔母にスマホで電話をかける。私が教団に入信してから疎遠になって久しいけれど、誰かに伝えたかった。でも、現実はそんなに甘くはなかった。
「もしもし……うん、久しぶりだね、二十年ぶりくらいかな。……うん、そうだね、うん、命日にはお参りいくから。うん、うん。……それでさ……私、妊娠したの……うん、うん……相手? ……いないの。……うん……わかってる。そうだよね、そうだよね。ううん、気にしないで、一人で生むから大丈夫。大丈夫だから……それじゃ」
帰り道、胸に空いた穴を通り過ぎる木枯らしが、寒くて寒くて。それは地獄に灯った小さな小さな勇気を吹き消すのには、十分だった。
◇
『天涯孤独のまま、熾神月子はお母さんになったんだ』
『そうだよ。それでね、お姉ちゃんは頑張りすぎちゃったの』
◇
『やくそくよ。その子を愛せなかったらわたしの勝ち、ね?』
咎める者も、祝う者も誰一人としていなかったが、中絶しようとは思わなかった。ただ、ひとつ。
──茜をもう一度、今度こそ普通の子として産んであげたかった。
だから、熾神月子は女の子の名前ばかりを考えていた。愛梨、絵里香、雪、はな──。可愛い名前ばかり浮かんでいるよう。でもある夜のこと、酷いつわりで吐き気が止まらない。トイレに何時間も籠った。そしてやっと出られるようになって団地の窓の外を見た時。とても、とても綺麗な朝日が、空を柔らかく染め上げていた。まるで、自分を苛む悪夢をうち払ってくれているかのように。
あさひ……あさひかあ。
懐かしい、何度も聞いたことのあるような名前だった。でも、自分の子に付けるにはこれしかないと確信できた。まだ地獄の真っ只中にいることを、熾神月子は知らない。けれどもともかく、娘の名前は朝陽に決まった。
◇
性別がわかるまでには時間がかかったけれど、女の子だと判明した時は天にも昇るほど嬉しかった。つわりも幸い終わり、朝陽の成長も順調。熾神月子は、地獄の中の晴れ間で、大きなお腹をさすって幸せそうに月日が流れた。そして。
おぎゃあ、おぎゃあ。
「ほら、熾神さん、元気な女の子ですよ」
おぎゃあ、おぎゃあ。
「はあっ、はあっ」
おぎゃあ、おぎゃあ。
「おお、よしよし、元気ですねえ」
おぎゃあ、おぎゃあ。
「はあっ、はあっ……あさひ……」
「あら、決まってたんですか。いい名前ね」
おぎゃあ、おぎゃあ。
「あさひ……」
その子は誰よりも熱く、誰よりも光っていて、誰よりも命を燃やしていた。
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