24 / 29
【第四章.燃えカス月子の一生】
【二十四.保護されるまで】
しおりを挟む
難産だったけれど、二千九百グラムの元気な赤ちゃんが生まれた。相変わらず喜ぶ人はいなかったが、熾神月子はひとりぼっちではなくなった。
『かわいいね』
『かわいいね。……この時はね』
◇
「はいはい、ミルクですかー」
熾神月子は、ぼうっとしながら仮眠から目覚める。深夜三時。前回からちょうど三時間、判で押したように泣く。
「はーい、ちょっと待ってねえ……」
まともに眠れない。だから気を抜くとミルクを作っている最中に寝てしまう。
「はいはい、出来ましたよー」
でも、一生懸命に哺乳瓶の乳首を吸っている姿を見ると、それだけで勇気づけられる。
あなたは、間違えてはいないのだ、と。
産休は取ったものの、最初の一ヶ月は眠れなかった。母乳の出が悪くて、粉ミルクに頼らなくてはならず、三時間おきに泣いては起きた。ポットからお湯を入れ、適温になるまで冷やし、あげる。あげてもあげてもうたた寝から起こされる。おしっこもうんちも替えた。それでも、この子は茜の生まれ変わり。今度こそしっかりふつうの人として育てあげるんだ。その一心で日々を乗り越えて、そして三ヶ月が経っていた。
◇
そうだ。お宮参りに連れて行ってあげよう。病院を退院してから三ヶ月。まともに外に出て無かった。十二月で山あいの多摩ニュータウンは指がかじかむくらい寒かったけれど、近くの小さな神社にベビーカーを押して参拝した。境内には葉を落とした御神木の大きなケヤキが、枝を広げていた。とても荘厳に感じて、ベビーカーを押す手を止め、目をつぶって手を合わせた。
ぱきんっ。ぱちぱちぱちぱち。
ん? なんの音だろう。目を開けて見ると、ケヤキの大木は真っ赤な光を放って燃え上がっていた。
「きゃっきゃっ」
朝陽ちゃんは、燃える木を見つめ、嬉しそうに笑った。
熾神月子の頭の中を、地獄の炎がまた焼き付くしていった。
『はい、おきがみつきこちゃんの負けー。今回もこの子はわたしが連れて行くからね』
『この日この瞬間。お姉ちゃんはお母さんとしての心が折れてしまったの』
頭の中で、妹が淡々と告げた。
◇
ぴんぽーん、ぴんぽーん。
「熾神さん? 熾神さーん。市の保育士です。ちょっとお伺いしたいことがー」
居留守を使いたかった。だから呼び鈴には出ない。けれど。えーん、えーん。一歳になった朝陽ちゃんが泣き止まない。
ぴんぽーん。
「熾神さーん。いらっしゃるんでしょう?」
えーん。えーん。ぴんぽーん。えーん。ぴんぽーん。
「うるっさい! いい加減泣き止めよ!」
びたん。
うわーん。
「熾神さん、おひとりでつらいでしょう。ドアを開けましょ。お話、お聞かせください」
「うっさい! 帰れよ! うっさいんだよ!」
「そうは参りません。このままだと虐待疑いありで報告しなきゃいけなくなりますよ」
「帰れ! 帰れよっ」
熾神月子はそれどころではなかった。
『ふふふふ、あはははは! いいね、おきがみつきこちゃん。すごくいいよ!』
朝陽ちゃんが泣けば泣くほど。頭の中で美影の声が乱反射して、心を締め上げた。うるさいっ! 何度目かに手をあげた時。
「……ぎあああっ」
顔の左半分に火がついた。慌てて洗面台に駆け込む。
「大丈夫ですかっ」
異変を察知した保健士達が、扉の外で叫ぶ。熾神月子は洗面所で倒れて動けない。彼女らが大家から合鍵を貰って開けた時。
気を失った熾神月子を、朝陽ちゃんが、じいっと見ていた。
◇
それから朝陽ちゃんは、児童相談所に一時保護された。お母さんのもとに返されたのは二ヶ月後。顔に大きな包帯を巻いた熾神月子は、朝陽ちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、ごめんね」
そう言っては、ぼろぼろ大粒の涙を零した。
また児童相談所のお世話になる訳にはいかない。母親らしく優しくいなきゃ。……けれど、どうしていいか分からない。熾神月子は、お母さんとしての自分と、地獄から逃げたい自分との間の迷路で、迷子になっているように見えた。
◇
『かわいいね』
『かわいいね。……この時はね』
◇
「はいはい、ミルクですかー」
熾神月子は、ぼうっとしながら仮眠から目覚める。深夜三時。前回からちょうど三時間、判で押したように泣く。
「はーい、ちょっと待ってねえ……」
まともに眠れない。だから気を抜くとミルクを作っている最中に寝てしまう。
「はいはい、出来ましたよー」
でも、一生懸命に哺乳瓶の乳首を吸っている姿を見ると、それだけで勇気づけられる。
あなたは、間違えてはいないのだ、と。
産休は取ったものの、最初の一ヶ月は眠れなかった。母乳の出が悪くて、粉ミルクに頼らなくてはならず、三時間おきに泣いては起きた。ポットからお湯を入れ、適温になるまで冷やし、あげる。あげてもあげてもうたた寝から起こされる。おしっこもうんちも替えた。それでも、この子は茜の生まれ変わり。今度こそしっかりふつうの人として育てあげるんだ。その一心で日々を乗り越えて、そして三ヶ月が経っていた。
◇
そうだ。お宮参りに連れて行ってあげよう。病院を退院してから三ヶ月。まともに外に出て無かった。十二月で山あいの多摩ニュータウンは指がかじかむくらい寒かったけれど、近くの小さな神社にベビーカーを押して参拝した。境内には葉を落とした御神木の大きなケヤキが、枝を広げていた。とても荘厳に感じて、ベビーカーを押す手を止め、目をつぶって手を合わせた。
ぱきんっ。ぱちぱちぱちぱち。
ん? なんの音だろう。目を開けて見ると、ケヤキの大木は真っ赤な光を放って燃え上がっていた。
「きゃっきゃっ」
朝陽ちゃんは、燃える木を見つめ、嬉しそうに笑った。
熾神月子の頭の中を、地獄の炎がまた焼き付くしていった。
『はい、おきがみつきこちゃんの負けー。今回もこの子はわたしが連れて行くからね』
『この日この瞬間。お姉ちゃんはお母さんとしての心が折れてしまったの』
頭の中で、妹が淡々と告げた。
◇
ぴんぽーん、ぴんぽーん。
「熾神さん? 熾神さーん。市の保育士です。ちょっとお伺いしたいことがー」
居留守を使いたかった。だから呼び鈴には出ない。けれど。えーん、えーん。一歳になった朝陽ちゃんが泣き止まない。
ぴんぽーん。
「熾神さーん。いらっしゃるんでしょう?」
えーん。えーん。ぴんぽーん。えーん。ぴんぽーん。
「うるっさい! いい加減泣き止めよ!」
びたん。
うわーん。
「熾神さん、おひとりでつらいでしょう。ドアを開けましょ。お話、お聞かせください」
「うっさい! 帰れよ! うっさいんだよ!」
「そうは参りません。このままだと虐待疑いありで報告しなきゃいけなくなりますよ」
「帰れ! 帰れよっ」
熾神月子はそれどころではなかった。
『ふふふふ、あはははは! いいね、おきがみつきこちゃん。すごくいいよ!』
朝陽ちゃんが泣けば泣くほど。頭の中で美影の声が乱反射して、心を締め上げた。うるさいっ! 何度目かに手をあげた時。
「……ぎあああっ」
顔の左半分に火がついた。慌てて洗面台に駆け込む。
「大丈夫ですかっ」
異変を察知した保健士達が、扉の外で叫ぶ。熾神月子は洗面所で倒れて動けない。彼女らが大家から合鍵を貰って開けた時。
気を失った熾神月子を、朝陽ちゃんが、じいっと見ていた。
◇
それから朝陽ちゃんは、児童相談所に一時保護された。お母さんのもとに返されたのは二ヶ月後。顔に大きな包帯を巻いた熾神月子は、朝陽ちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、ごめんね」
そう言っては、ぼろぼろ大粒の涙を零した。
また児童相談所のお世話になる訳にはいかない。母親らしく優しくいなきゃ。……けれど、どうしていいか分からない。熾神月子は、お母さんとしての自分と、地獄から逃げたい自分との間の迷路で、迷子になっているように見えた。
◇
1
あなたにおすすめの小説
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/14:『でんしれんじ』の章を追加。2026/1/21の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)
本野汐梨 Honno Siori
ホラー
あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。
全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。
短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。
たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
【完結】百怪
アンミン
ホラー
【PV数100万突破】
第9回ネット小説大賞、一次選考通過、
第11回ネット小説大賞、一次選考通過、
マンガBANG×エイベックス・ピクチャーズ
第一回WEB小説大賞一次選考通過作品です。
百物語系のお話。
怖くない話の短編がメインです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる