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【最終章.いざなみさまごっこ】
【二十六.ふたたびの家】
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──どこで終わらせればいいかなんてわからない。
──けれどどうせ終わらせるならあの場所が。あの場所が、いい。
◇
令和六年七月五日月曜日。東京都郊外、多摩ニュータウンの端に立つ団地の大火災から生き延びた母娘は東京駅に向かった。駅についてから、窓口でのぞみの乗車券と指定席券を二人分買った。いちばん速い列車にしたのは、もちろん朝陽ちゃんに合わせてだと思う。もし車内で……と考えると、乗車時間は少ない方がいい。
「まもなく、のぞみ三百十三号新大阪行きがまいります」
「うわあ! ねえ、これがしんかんせん?」
真新しくてぴかぴかの青い帯の車体を見るなり、五歳の朝陽ちゃんは、何度も飛び跳ねて大はしゃぎした。そう言えば、熾神月子は朝陽ちゃんが生まれてから名古屋には帰ってない。もっとたくさん乗せてあげたかったと後悔しているよう。しゅーっと、音を立ててドアが開く。ええっと、六号車の十二のAとB、AとB……。あった。熾神月子は、窓側を朝陽ちゃんに譲って、真ん中の席に座った。すぐに、サラリーマンと思しき四十代くらいの男のひとが隣に座って、ノートパソコンを広げた。間もなくして、列車は静かに新大阪に向けて発車した。
「えきべん、はやくたべよう」
まだ午前九時前だ。それでも、朝陽ちゃんは旅気分を一刻も早く味わいたいらしい。それに朝ご飯は火事の所為で食べていない。お昼は朝陽ちゃんに、と買っておいたシュウマイ弁当を開けてあげた。熾神月子は食欲がわかないから買っていない。
「いちゃだきます」
朝陽は、ぐんぐん加速する車窓を見ながら、シュウマイを頬張って満足気。熾神月子はそれを見ていても、なんの感情もわかなかった。
◇
「日置部長、申し訳ございません。娘が熱を出してしまいまして。……はい、ええ、はい、お休みをいただきたく……申し訳ございません。はい……定例ミーティング、はい、申し訳ございません……はい」
出版社の月曜日は忙しい。先週着任された日置部長はものすごい気分屋で知られている。さっそく嫌味とパワハラまがいの言葉遣いの洗礼を受けた。
「何かあったら私の携帯に……はい、申し訳ございません」
「まま」
熾神月子が新幹線のデッキで電話をしていたら、座席でお弁当を食べているはずの朝陽ちゃんが、いつの間に来て、裾をひぱった。
「え、ああ、娘が来て……ではまた明日、よろしくお願いします。失礼します。──どした?」
朝陽ちゃんは、振り向いた熾神月子に、手に持った「それ」を差し出してきた。
「まただめになった」
真っ黒に焦げた割りばし。……ああ、こんなところでも、と熾神月子は一気に地獄に引き戻された。あの隣のサラリーマンに見られただろうか。車両の火災探知機に察知はされていないだろうか。降りようか、このまま乗り続けるか──。必死で思案を巡らせていると。
「ねー、まま。おまじない、してー?」
何も知らない朝陽ちゃんが、無邪気に預けてきた手は、まるで熱病にかかった子供のように熱い。ひのかみさま、ひのかみさま……熾神月子は娘の事が心配で心配で、肺腑が抉られるような思いで、その手をさする。
「当列車は大雨のためしばらく停車いたします。お急ぎのところ誠に申し訳ございませんが……」
熾神月子は、新幹線が停車したので窓の外を見ると、いつの間にか強い雨が降っていた。新横浜を出たばかり。目指す志摩は、まだまだ遠い。
◇
ワイパーがせわしなく左右に動く。雨脚は相変わらずひどいもので、前方はハイビームにしていても見えづらい。この先、十キロ、道なりです。そう案内してからナビも黙り込んでしまっている。朝陽ちゃんは隣で寝息を立てている。ふと、雨の音が静かになっていることに気が付く。……彼女だ。美影が、近くにいる。
『ねえ、おきがみつきこちゃん。わたしにお渡しよ』
「……」
『もう、へとへとなんでしょ。五十六回もお母さんやるの』
熾神月子が黙っていると、美影が容赦なく追撃を続ける。
『ふふ。ひとりぼっちなくせに。あんなにいじめてたくせに。何度もたたいたくせに』
あはは、美影は嗤う。熾神月子は知っている、この子に心を許してはならないと。
『心の奥底では生まなきゃよかったって思ってるくせに……ねえ、その子、とても綺麗に燃えるわ。わたしに頂戴よ』
「だめよっ、だめ!」
んー。朝陽ちゃんが眠たそうに目をこすった。
「まま……でんわ?」
「ううん、何でもないの。起こしちゃってごめん。ちょっと寝ててね」
『ふふ。おきがみつきこちゃんの強情っぱり』
熾神月子は、ブレーキを踏み込む。母娘は目的地についたのだ。
宗教法人 いざなみのいえ。
「ケリをつけてくるから」
そう言って、熾神月子は土砂降りの雨の中、車を降りた。
『うふふふ、わたしたちのいざなみさまごっこも、遂にクライマックスってコトね!』
頭の中の美影は、高らかに笑った。
◇
──けれどどうせ終わらせるならあの場所が。あの場所が、いい。
◇
令和六年七月五日月曜日。東京都郊外、多摩ニュータウンの端に立つ団地の大火災から生き延びた母娘は東京駅に向かった。駅についてから、窓口でのぞみの乗車券と指定席券を二人分買った。いちばん速い列車にしたのは、もちろん朝陽ちゃんに合わせてだと思う。もし車内で……と考えると、乗車時間は少ない方がいい。
「まもなく、のぞみ三百十三号新大阪行きがまいります」
「うわあ! ねえ、これがしんかんせん?」
真新しくてぴかぴかの青い帯の車体を見るなり、五歳の朝陽ちゃんは、何度も飛び跳ねて大はしゃぎした。そう言えば、熾神月子は朝陽ちゃんが生まれてから名古屋には帰ってない。もっとたくさん乗せてあげたかったと後悔しているよう。しゅーっと、音を立ててドアが開く。ええっと、六号車の十二のAとB、AとB……。あった。熾神月子は、窓側を朝陽ちゃんに譲って、真ん中の席に座った。すぐに、サラリーマンと思しき四十代くらいの男のひとが隣に座って、ノートパソコンを広げた。間もなくして、列車は静かに新大阪に向けて発車した。
「えきべん、はやくたべよう」
まだ午前九時前だ。それでも、朝陽ちゃんは旅気分を一刻も早く味わいたいらしい。それに朝ご飯は火事の所為で食べていない。お昼は朝陽ちゃんに、と買っておいたシュウマイ弁当を開けてあげた。熾神月子は食欲がわかないから買っていない。
「いちゃだきます」
朝陽は、ぐんぐん加速する車窓を見ながら、シュウマイを頬張って満足気。熾神月子はそれを見ていても、なんの感情もわかなかった。
◇
「日置部長、申し訳ございません。娘が熱を出してしまいまして。……はい、ええ、はい、お休みをいただきたく……申し訳ございません。はい……定例ミーティング、はい、申し訳ございません……はい」
出版社の月曜日は忙しい。先週着任された日置部長はものすごい気分屋で知られている。さっそく嫌味とパワハラまがいの言葉遣いの洗礼を受けた。
「何かあったら私の携帯に……はい、申し訳ございません」
「まま」
熾神月子が新幹線のデッキで電話をしていたら、座席でお弁当を食べているはずの朝陽ちゃんが、いつの間に来て、裾をひぱった。
「え、ああ、娘が来て……ではまた明日、よろしくお願いします。失礼します。──どした?」
朝陽ちゃんは、振り向いた熾神月子に、手に持った「それ」を差し出してきた。
「まただめになった」
真っ黒に焦げた割りばし。……ああ、こんなところでも、と熾神月子は一気に地獄に引き戻された。あの隣のサラリーマンに見られただろうか。車両の火災探知機に察知はされていないだろうか。降りようか、このまま乗り続けるか──。必死で思案を巡らせていると。
「ねー、まま。おまじない、してー?」
何も知らない朝陽ちゃんが、無邪気に預けてきた手は、まるで熱病にかかった子供のように熱い。ひのかみさま、ひのかみさま……熾神月子は娘の事が心配で心配で、肺腑が抉られるような思いで、その手をさする。
「当列車は大雨のためしばらく停車いたします。お急ぎのところ誠に申し訳ございませんが……」
熾神月子は、新幹線が停車したので窓の外を見ると、いつの間にか強い雨が降っていた。新横浜を出たばかり。目指す志摩は、まだまだ遠い。
◇
ワイパーがせわしなく左右に動く。雨脚は相変わらずひどいもので、前方はハイビームにしていても見えづらい。この先、十キロ、道なりです。そう案内してからナビも黙り込んでしまっている。朝陽ちゃんは隣で寝息を立てている。ふと、雨の音が静かになっていることに気が付く。……彼女だ。美影が、近くにいる。
『ねえ、おきがみつきこちゃん。わたしにお渡しよ』
「……」
『もう、へとへとなんでしょ。五十六回もお母さんやるの』
熾神月子が黙っていると、美影が容赦なく追撃を続ける。
『ふふ。ひとりぼっちなくせに。あんなにいじめてたくせに。何度もたたいたくせに』
あはは、美影は嗤う。熾神月子は知っている、この子に心を許してはならないと。
『心の奥底では生まなきゃよかったって思ってるくせに……ねえ、その子、とても綺麗に燃えるわ。わたしに頂戴よ』
「だめよっ、だめ!」
んー。朝陽ちゃんが眠たそうに目をこすった。
「まま……でんわ?」
「ううん、何でもないの。起こしちゃってごめん。ちょっと寝ててね」
『ふふ。おきがみつきこちゃんの強情っぱり』
熾神月子は、ブレーキを踏み込む。母娘は目的地についたのだ。
宗教法人 いざなみのいえ。
「ケリをつけてくるから」
そう言って、熾神月子は土砂降りの雨の中、車を降りた。
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頭の中の美影は、高らかに笑った。
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